官製相場にかなり近づいた国債市場:日銀の八方美人的な振る舞いに潜む「テーパリング」への道
2016/10/18
→【日本経済新聞】金利上昇時の含み損、日本国債は大きく 財務省試算
→【朝日新聞】金利1%上昇で国債価値67兆円ダウン 財務省試算
財務省の試算によると、銀行や生命保険会社など日本国債の保有者が抱える含み損は日本のGDPの13.5%(約67兆円)に達するとのことです。米国が4.2%、ドイツが2.5%ですから、諸外国と比較しても金利上昇リスクがかなり高いことがわかります。
その大きな原因として、すべての国債が満期を迎えるまでの平均期間は日本の場合は8.4年と米国(5.7年)やドイツ(6.6年)に比べて長いとのこと。満期が長い分だけ金利変動による損失幅が大きくなるというわけです。
財務省による試算はこちらのページからご覧になれます。特に「資料2」、「資料3」に重要なデータが載っています(以下、本記事内で引用しているすべての画像はこの「資料2」または「資料3」に載っているものです)。
私もこれら資料をざっと眺めてみましたが、国債市場の官製相場化が趨勢的に進んでしまったことがデータから非常によくわかります。
資料からまずわかることは、国債市場の流動性が時とともに悪化していることです。投資家の国債取引高や回転率は、まだ量的金融緩和が始まる前の2012年をピークに趨勢的に下落しており、現在はリーマンショックの頃よりも悪化しています。
国債売買動向や国債先物市場の流動性指標をみても国債市場の流動性が低下していることがわかりますし、市場関係者も債券市場の機能度の低さをかなり危惧していることがわかります(特に日銀によるマイナス金利政策導入以後は顕著)。
銀行や証券会社、公的年金も2013年3月末からの3年半の間に国債保有額を計162兆円減らしてきており、日銀が金融機関から購入できる国債の量もだんだん限られてきています。よって短中期債や長期債の取引高は今後も減少していくでしょう。
このように国債市場の流動性の低下はジワジワと進行してきており、今後もどうやら続きそうなわけなのです。
もう一つ資料からわかる重要なことは超長期国債(満期が10年超の国債)の入札額や発行額、取引高が特にリーマンショック以降安定して伸びていることです。
超長期国債の発行残高は年20~30兆円ペースで拡大が続いており、2000年には25兆円にも満たなかった超長期国債の発行残高は現在250兆円に到達しそうな水準にまで増えてしまいました。
量的金融緩和開始前までは生保を中心とした金融機関が超長期債を購入していましたが、量的緩和開始以降は日銀が超長期債の購入の中心役となる一方、生保を中心とした金融機関の買い越し額は大きく減少していったのです。生保に関して言えば、より高い利回り確保を目指して超長期債から外国債へのシフトが量的緩和の少し前から急激に進んでいるのです。
2015年度の超長期国債の発行額は29兆円ですが、このうち日銀買入・財務省買戻による買い越し額は22.5兆円だったのに対し、生損保の買い越し額はわずか3.2兆円しかありません。これは3年前より56%以上も減っているのです。
残存期間が10年以下の国債については日銀が最大の保有主体であるわけですが、超長期についても日銀が最大の保有主体へと向かって突き進んできたわけです。
それでは何故超長期国債の入札や発行、日銀による買い入れが顕著に進んできたのでしょうか。それは政府・日銀のそれぞれの思惑の妥協ラインに沿っているからでしょう。
政府としてはできるだけ国債の発行を少なくしたいわけで、日銀としては年間80兆円前後の新規国債の購入(借換分は除く)をしないといけないわけです。
しかし年間の国債発行の多くは借換債が占めており、日銀のベースマネーを増やす国債の新規発行額は80兆円に届いておらず不足しています。例えば平成27年度は借換債の発行が114.2兆円だった一方、借換債以外の国債(日銀のベースマネーを増やす国債)の発行額は49.7兆円しかないわけです。
日銀としては借換債以外の国債をできるだけ購入して、年間80兆円前後の買い越し目標を達成しないといけない。市中の国債残高も減少してきているなかで、政府には出来るだけ借換債以外の新規国債を発行してもらいたい。
一方政府としては借金は出来るだけ増やしたくないわけですし、借換債の発行も国債発行の増額につながるわけですから、借換債の発行がすぐには増えないようにできるだけ満期の長い国債を発行するのが妥当というわけです(2016年に2年債を20兆円発行したら2018年には新たに20兆円を借換債として発行しなければならないが、40年債であれば2055年までは20兆円を借換債として発行しないで済む)。
「国債発行を出来るだけ減らしたい政府」と「ベースマネーを増やすために借換債以外の国債を発行してほしい日銀」を考えれば、新規国債発行を出来る限り超長期メインで行くことがお互いの妥協ラインとなるのです。
今回の財務省の試算でこうした妥協的行動が極めてフラジャイルなリスクを含んでいることが改めて明らかになったわけですが、当事者たちはそう簡単には引くにひけないでしょう。少なくとも自分たちが務めている間にはそんな大爆発は起きないだろうと、心の中で祈り続けているのではないでしょうか。
国債市場の流動性の低下、10年以下の国債を日銀が抱えられるだけ抱えてしまいつつあること、超長期国債についても日銀の存在感が急激に増してきたこと、できるだけ超長期国債を発行したい政府、これらを勘案すると、国債市場はもはや官製相場にかなり近いものだと思っても仕方ないのでしょうか。
法律に抵触しない範囲でのヘリコプターマネー(隠れヘリコプターマネーとでもいうもの?)は既に行われてしまっていると言っても良いのかもしれませんね。
日銀の八方美人的な振る舞いに潜む「テーパリング」への道
日銀は9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和政策」を導入し、10年債利回りが0%の水準になるようコントロールすることになりました。この政策により、これまでのような超長期国債の購入が出来なくなる可能性も出て来ています。テーパリング(緩和縮小)に向けた動きと見られても仕方ないです。
これは銀行や生保といった国債を運用する金融機関が、長期債の運用で少しでも利益を得られるような配慮が背景にあるものとされています。
一方で10月8日に黒田総裁がワシントンのブルッキングス研究所で講演を行った際に、黒田総裁はヘリコプターマネーは法律で禁止されているから出来ないが、長期金利を特定のレベルにコントロールすることで、政府がアグレッシブに借入を行うことが潜在的に可能になることは認めています(→ソース)。
こういったことを踏まえると、いまの日銀は物凄くどっちつかずの状況であり、かなり八方美人的な振る舞いをしているように見えてきます。具体的にいえば、次のような一見矛盾するような政策のバランスを維持しようとしているように見えるわけです。
- 超長期国債利回りをプラス水準に安定的に維持(主に運用側である銀行や生保に対する配慮)
- 隠れヘリコプターマネーの実施(政府やバーナンキ元FRB議長に対する配慮)
- テーパリングに向けた準備(日銀自身のため)
9月発表の新金融政策で日銀にかなり柔軟な裁量を与える政策を導入しましたが、これらをうまーく利用しながら上の一連の相異なる政策を同時にこなそうとしているのではないでしょうか。
ただ上の一連の政策は、日銀がテーパリングに向かっているというレンズで見ると実は整合性が取れてるとも見えなくもないんですよね。
金融緩和の規模を縮小すればその分国債利回りの低下も抑えれるかもしれないので、超長期国債利回りのプラス水準の維持とも整合性が取れなくもないです。
また国債買い入れ額(借換債除く)を年間80兆円ペースから減らしたとしても、ベースマネーを増やす新発国債の発行額は上で話した通り50兆円程度しかないわけですから、市中からの国債購入が難しくなってきた現状も踏まえると、実は隠れヘリマネの実施との整合性も取れていないわけではないのです。
黒田総裁も言ってますよ。「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」については2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続するって。つまりいざとなったら日銀の独自判断で金融緩和の拡大路線に待ったをかけられるようになるわけですよね(→ソース1、→ソース2)。
長短金利操作付き量的・質的金融緩和の真意に関するより詳細な分析によっても、追加緩和路線から大きく舵を切ったことの妥当性が伺えます。
→【BLOGOS】日銀総裁挨拶文から追加緩和の文字が消えた
10月初めのG20開催前にも、黒田総裁は金融緩和限界説は否定したにしろ、財政政策や構造改革も経済成長を牽引するために必要と言っています。金融緩和だけでは経済の復活は厳しいことを認めてるようなものですよね。
ブルッキングス研究所での講演でも黒田総裁は、日銀の信認について「目標達成の是非で完全に決まるものではない」みたいなこともおっしゃっているようですから...(→ソース)
「テーパリングに向かっている」という目線で見ると、いま日銀がやっていること、黒田総裁が言っていること、実は意外と辻褄が取れてしまうんです。
この先どうなるんでしょうか。具体的に何が起こるかどうかは私にはもちろんわかりませんが、良い方向に向かわないことだけは確かでしょうね...
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