EUは新たな「シャドーバンキングスキーム」を通じて不良債権削減を目指す

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EUは新たな「シャドーバンキングスキーム」を通じて不良債権削減を目指す

2018/05/29

 

EUは新たな「シャドーバンキングスキーム」を通じて不良債権削減を目指す

 

 サブプライムローン危機、リーマン・ショック、欧州金融危機を通じて一時1兆ユーロを超える不良債権を抱えた欧州諸国。EUは欧州不良債権削減に取り組んでいるが、その方策があまりにも倫理観の欠如したものであった。

 

欧州不良債権額は減ったものの...

 欧州についての大きな関心事の一つは債権・債務問題です。

 

 債務問題が一向に解決していないギリシャは、2015年8月の合意をもとにした、EUから受けている第3次金融支援が今年8月に切れ、その後の見通しは立っていません。

 

 政治的混迷深めるイタリアでは、上下院ともに議席数が過半数を占める2つの政党、五つ星運動と同盟の(漏洩した)計画によれば、ユーロ離脱、もしくはECBに対しイタリア債務2500億ユーロの踏み倒しを認めるよう求めているようです。

 

 五つ星運動は最低所得保障の導入、同盟は法人・個人所得税の大幅減税を公約に抱えており、対GDP比で132%の政府債務が圧し掛かるイタリア財政のさらなる悪化は必至です。

 

 こうした点を踏まえると、(ユーロから離脱し金融政策の実権を握ったイタリア政府またはイタリア中央銀行による)紙幣の乱発といった過激な手法を使ってでも政府債務を減らす、なくすというのが、五つ星運動や同盟が考えていることなのかもしれません。

 

 いずれにせよ、債権債務問題が欧州の現在、将来の最重要問題の一つであり続けることでしょう。

 

 

 欧州の債権・債務問題で最大の注目点が不良債権問題です。

 

 欧州不良債権問題は、元を辿れば2000年代半ばの低金利を通じた不動産バブルに端を発します。不動産バブルが金融危機勃発とともに崩壊し、不動産融資やサブプライムローンが不良債権化しました。

 

 金融危機でEU経済も不況に陥るなか、2009年にギリシャの財政赤字の粉飾が発覚し、財政規律が守られておらず大きな財政赤字を計上した欧州各国(PIIGS諸国。ギリシャ、アイルランド、イタリア、スペイン、ポルトガル)の長期金利が大きく上昇しました。

 

 長期金利上昇によりPIIGS諸国の国債の一部や中小銀行の融資が不良債権化し、欧州の不良債権総額は一時1兆ユーロを肥える水準にまで膨れ上がりました。

 

 2014年をピークに欧州の不良債権は減少傾向にあり、現在は7600億ユーロ程度にまで減少しました。しかしそれでもなお不良債権総額はリーマン危機時を上回ります。

 

欧州の不良債権総額推移

画像ソース:IMF

 

 最も不良債権が多い国はイタリアで、現在も1850億ユーロの不良債権が残っています。イタリアのすべての融資の11.1%にのぼります。次いでフランス、スペイン、ギリシャの順で、いずれも1000億ユーロを超える不良債権を抱えています。

 

 不良債権比率をみると、イタリアのほかギリシャ(45%)、アイルランド(11.2%)、ポルトガル(16.6%)が10%を超えるものとなっています。

 

欧州各国の不良債権額と不良債権比率

画像ソース:The Economist

 

 

 EUは不良債権問題を解決し、欧州経済の成長や金融の安定化を目指す取り組みを続けています。

 

 2017年7月にEUは財務省理事会で、情報開示の強化や、不良債権を銀行から買い取る仕組みの整備など改革メニューを列記した不良債権処理加速のための行動計画を採択しました。
【2017/07/11 日本経済新聞】EU、不良債権130兆円処理急ぐ 行動計画を採択

 

 EUは不良債権比率の高い欧州諸国が再び債務・金融危機を引き起こし、他のEU諸国にも波及し、EU全体の経済成長や金融不安定化がもたらされることを危惧しています。

 

 EUは金融機関のビジネスを監視・指導するのみならず、EU域内の金融システムの構造改革も同時に行うことで、不良債権減額や今後の不良債権の発生を予防したいと考えています。

 

 そして最終的にはEU域内の金融システムを統合し、EUのさらなる深化(換言すればポピュリズム旋風の封印)を目指しています。

 

 しかしEUの不良債権処理加速のための行動計画は、とんでもない中身となっています。

 

 事実上EU金融システムを「シャドーバンキング化」させることなのですから。

 

 今回の記事はThe Economist誌のこちらの記事をきっかけに作成しました。
【2018/05/26 The Economist】Bad loans remain a concern in Italy and across southern Europe

 

 私はThe Economisi誌を購読して5年ほど経ちますが、時にあまり他のメディアで扱われない(特に金融経済・ビジネス分野の)報道の発掘、分析に大きく役立つことがあります。

 

 ニュースの発掘・分析に興味のある方、The Economist誌の定期購読は下の画像をクリック。

第三者へのリスク転嫁を通じて不良債権処理加速をもくろむEU

 EUの不良債権処理計画、その本質を一言でいえば「第三者へのリスク転嫁」です。

 

 不良債権や破産債権等の高リスク資産と取り扱う流通市場に、欧州の金融機関が保有する不良債権を売却することで、不良債権のリスクを機関投資家・個人投資家に転嫁させたいと考えているのです。

 

 EUが採択した不良債権処理加速のための行動計画とは、この「第三者へのリスク転嫁」を成功させるためのスキーム構築に他ならないのです。

 

 では具体的にEUはどのようなリスク転嫁スキームを構築しようとしているのでしょうか。

 

 その仕組みは、大まかに次のようなものだと考えられます。

 

 EUは「不良債権の処理加速」のみならず「不良債権の将来的発生の予防」を第一に考えています。

 

 そのためEUは欧州の銀行に対し、融資の際に今後不良債権化した場合に備え、あらかじめ引当金を計上することを求めています。

 

 ※ただし現在、イタリアと欧州議会の反対もあり、今年3月に導入予定であったこの不良債権への追加引当金計上義務に関する規則の導入が棚上げ状態となっています。
【2018/04/29 ロイター】コラム:ECB、不良債権処理の「ムチ」に不足なし

 

 そこでキーとなるのが「不良債権流通市場」です。不良債権流通市場があれば、銀行が不良債権をそこに売却することで不良債権処理を加速できるのみならず、今後の融資に対する引当金計上で生じる損失の穴埋めにも活用できます。

 

 現在ドイツにはDebitosという、不良債権、破産債権等の高リスク資産を取り扱う流通市場が存在します。Debitosは欧州危機勃発年である2010年に設立、2012年に流通市場の取引開始となり、現在では1800を超える世界の銀行や企業が取引に参加するグローバル市場となっています。

 

 Debitosでは11の欧州の国々の不良債権等を扱っており、ギリシャやイタリアという不良債権額や不良債権比率の高い国々の不良債権も取引されています。

 

 EUは、不良債権が積もり収益が悪化する欧州の各銀行に対し、すでに存在するこうした不良債権流通市場に不良債権を売却してもらうことで、不良債権額の減少や、各行の不良債権不均衡の是正を目指しているのです。

 

 しかしいくら不良債権流通市場に不良債権を売却しようと思っても、不良債権の買い手が付かなければ誰も買ってくれません。不良債権の価値を担保する仕組みが必要となってきます。

 

 そこでEUが考える仕組みが「Accelerated Extrajudicial Collateral Enforcement(AEOE)」です。直訳すれば「加速した法廷外の担保執行」です。法廷外の担保執行。

 

 要は不良債権化した融資を行った銀行が、融資の裏づけとなる担保を法廷を介さずに取得しやすくする「担保差し押さえ支援策」ということです。

 

 欧州の多くの不良債権は担保付きのため、不良債権の担保をより簡単かつ迅速に差し押さえることができれば、不良債権の下値を担保評価額で食い止められるだろう。それがビッド・アスク・スプレッドの拡大を防止し、流通市場で不良債権の妥当な値での取引が行われるだろう...という算段です。

 

 元々欧州各国にも銀行による担保差し押さえ制度はありますが、そのプロセスが遅く、法的な裏づけも堅固でない、曖昧さが残ることから、EUは新たにAEOEを不良債権処理加速のための行動計画の一つに加えたのです。

 

 EUの不良債権の処理加速、将来の発生予防を目的とした「第三者へのリスク転嫁スキーム」のからくりは、結局こういうことです。

 

  • 「担保差し押さえ支援策」を通じて不良債権の価値を担保することで
  • 「不良債権流通市場」に利回りを求める機関投資家を呼び寄せ
  • 欧州の各行が不良債権を妥当な値で売却しやすい環境をつくることで
  • 欧州の金融システムの安定化!経済成長!EU金融システムの統合!EUのさらなる深化・進化!
  • めでたし、めでたし。

 

EU不良債権処理加速のための行動計画の機構

画像ソース:欧州委員会

 

 EUの不良債権処理の仕組みは「不良債権流通市場の活用」+「担保差し押さえ支援策」のもとで成り立っているのです。新たな形のシャドーバンキングと言えるでしょう。
→[次のページ]EUの不良債権処理本格化、タイミングとしては最悪だ...

 

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