米国の財布事情から見る、トランプ政権がやらなければならないこと
2016/12/27
以前、トランプ政権の経済政策がどうなるか考えてみたのですが、かなり雑だったので今回はその戒めも込めて個人的にもう少しまともに分析してみました。
喫緊の課題:米ドルの信用維持のために政策の軸を金融・戦争から経済・財政へと転換しなければならない
アメリカの喫緊の課題は、米ドル信用維持のためにも政策の軸を金融・戦争から経済・財政へと転換しなければならないことです。
アメリカは1982年以降、1991年の例外を除いて2016年まで一貫して経常赤字を垂れ流し続けてきました。この間、かつてアメリカ経済を支えてきたアメリカ製造業はジワジワと弱体化していき、財政の不足分は巨額の国債を発行して賄ってきました。
それでもアメリカの信用を維持できた理由は、グローバリゼーションによって米ドルがあらゆる取引で用いられる国際通貨となり、米ドルなしではグローバル経済も金融も成り立たないような環境が作り出されてしまったからです。
そして米国が信用を膨らませても、余剰資金を株式、債券、不動産といった金融市場へ流れさせることができたので、米ドルの信用を維持し続けることができました。
しかしリーマン・ショックにより世界金融は大きな打撃を受け、現在になっても世界の金融システムは脆弱性を克服出来ないでいます。
さらに米ドルの信用維持に極めて大きな力を持ってきたとされる、いわゆるペトロダラーシステムが成り立たなくなってきています。ペトロダラーとはOPEC産の国際石油取引に使用可能な通貨を米ドルが独占するシステムのことです。原油製品は世界中の人々の生活から戦争までありとあらゆる需要があるので、石油取引の米ドルによる独占は米ドルの信用維持の源泉の一つとなったわけです。
しかし近年はOPECの力も弱まり、特にペトロダラーシステムの鍵を握るサウジアラビアの財政が悪化し、保有米国債を売り始めています。
さらには事実上ロシア・イランと欧米・サウジの代理戦争であったシリア内戦が、アサド政権のアレッポ奪還により、ロシア勝利、欧米・サウジ敗北の形で終結しそうであり、現在ロシア・イラン・トルコ主導でシリア内戦の停戦に向けた協議を行っています(もちろん米国抜きで)。
こういった現状から、戦争とも密接につながったペトロダラーシステムをこれ以上続けていくのは困難な様相を呈しています。
つまり1980年代以降、自国経済や財政を弱体化させてきた米国が、従来のように金融・戦争の双方を利用して米ドルの信用を維持することがもはや不可能になってきたのです。
それでは米国が米ドルの信用を維持しながら生き残るにはどうすればよいのか?それは経済回復、財政健全化という目標を掲げて、正攻法でカネを稼いでいくことです。この道しかありません。
米国の財布事情から見る、トランプ政権がやらなければならないこと
米国の直近の債務残高は19.5兆ドル、対GDP比で約105%もあります。対GDP比で見るとこのままでは第二次世界大戦中の最高の120%も超えてしまいます。
下図は1980年から現在までの、四半期ごとの公的債務およびGDPの前年同期比成長率を表しています。青線が債務成長率、赤線がGDP成長率です。
ブッシュ政権以降はほとんどすべての期間において、公的債務がGDPを上回って増えています。この傾向がこれ以上続くと、指数関数的に債務が膨れ上がってしまい、デフォルトによって一瞬のうちに米国家が木っ端微塵に吹き飛ぶ道しかありません。
画像ソース:Fred
一方下図は1999年以降のアメリカの経常収支の推移です。見事に経常収支(青線)がマイナス、つまり海外にドルを"輸出"しているわけです。その主要因は橙棒で示されている巨額の貿易赤字です。2015年の対GDPでみると-4.2%に達しています。
ソース:BEA
つまり米国が経済・財政にフォーカスして復活を果たすためには、少なくとも次のことに着手して結果を出さないかぎりどうにもならないのです:
- 貿易収支の大幅な改善
- 歳出削減
- 税収・財源の確保
貿易収支の改善
貿易収支を改善するためにトランプ氏はまず製造業をアメリカ国内に呼び戻そうとしています。
企業を誘致するための作戦として、トランプ氏は法人税を15%に減税することを考えています。また共和党下院議長のポール・ライアン氏は企業が海外販売で得た利益に対して免税措置をとる案を出しています。トランプ氏がこの案を受け入れるかどうかはわかりませんが、これも輸出企業にとっては法人税減税と合わせて追い風になりそうです。
貿易収支改善のためにもう一つトランプ氏が考えていそうなのがドル安政策です。貿易収支を改善するには当然ドル安の方が有利ですから。上の米国の財政状況、経常収支、そして1980年代以降、金融と戦争を用いて不健全に米ドルの信用を維持してきた事実(インターネットの普及によって世界中に大きく知れわたってきている)を考慮すれば、ドル安に転換しやすい状況だと言えます。
歴史的な大転換があるときには為替政策がセットでついてくるものです。世界恐慌後の金本位制からの離脱、戦後のブレトンウッズ体制下のドル金本位制、金準備の減少+ベトナム戦争戦費拡大による財政赤字増加の帰結としてのニクソン・ショックからの変動相場制への移行、そしてグローバリゼーションの進展のなかで起こったプラザ合意。
ブレトンウッズ会議やプラザ合意のようにある程度世界的な協調のもとで行われるのか、ニクソン・ショックのように不意に行われるのか、はたまた併用になるのかはわかりませんが、アメリカが金融と戦争で生き延びることが出来なくなったいま、ドル安政策は取ってきそうです。
ドル安や通貨戦争に向かいそうな気配は、最近のアメリカと中国関連のニュースから感じ取ることができます。
特に大きなニュースといえば、新設される国家通商会議(National Trade Council)の代表に対中強硬派で知られる経済学者のピーター・ナヴァロ氏が指名されたことです。ナヴァロ氏は共著で"Death by China"という刺激的なタイトルの本を著しており、そこでは中国共産党による為替操作や不正な(Abusive)貿易政策などを批判しているそうです(→Wikipedia)。
アメリカが中国を経済面で敵視しているのはもっともなことです。世界の工場としての地位を中国が現在まで拡大してきたこともそうですし、何よりもアメリカの貿易赤字の半分近くは対中国で生じているのですから。
ソース:BEA
ナヴァロ氏が選出されてから時間を経たずして、中国国家外為管理局の報道官は現在の米国債売りは戦略的な動きではない、米国債は中国の長期戦略的投資ターゲットだなどと述べており、中国商務部の報道官が中米間の貿易の協調の必要性について述べていますが、経済政策(特にドル安政策)への牽制のように見えます。
また中国からの輸入品に対する欧米のアンチダンピング協定に関し、中国がWTOの紛争解決で争う姿勢を示していますが、ナヴァロ氏は中国のWTOへの参加を批判してきた人物です。
こうした動きをみるとアメリカと中国とのあいだで貿易戦争が勃発し、その過程で為替戦争含め様々な経済、貿易関連の動きが起こりそうです。
歳出削減
続いて歳出削減についてですが、社会保障費の削減や軍事費の削減を考えているようです。
トランプ政権下で保健福祉長官に選出されたトム・プライス氏は、社会保障費やメディケア・メディケイドへの支出の削減を支持している人物です。また現在は下院予算委員会の委員長を務めており、11月の終わり公表された議会予算審議の改善提案のなかでも、歳出のコントロールの重要性を訴えています(→実際の提案書)。
軍事費削減については最近、トランプ政権下での安全保障政策に関するプランが書かれたメモがリークされました。そこに書いてある4つの優先項目の一つが無駄な支出の削減とありますし、どうやら軍事費の削減を考えていそうなのです。
また同メモにはロシア敵視について何も書かれておらず、トランプ氏も親ロシアのレックス・ティラーソン氏を国務長官に指名しています。冷戦も終わり、シリア内戦においてネオコンが事実上の敗北を喫したいま、もはや存在意義を喪失しつつあるNATOからの離脱(事実上のNATO解体)もあり得る話かもしれません。
アメリカは他のNATO加盟国の防衛費も肩代わりしている状況で、昨年にもアメリカは6500億ドルという巨額のカネをNATO防衛費として支出しましたから、NATOからの離脱は歳出削減のために極めて重要です。
トランプ氏は元々経営者であり、トランプの閣僚にも企業の経営陣が複数人います。企業の財務状況が危機的な場合に経営者がまず断行するのがコストカットですから、経営論理で言えばトランプ政権は歳出削減に真っ先に取り組まなくてはいけません。
企業経営と政権運営は異なるでしょうし、利権も絡むので歳出削減は容易にこなせるとは思えませんが、どこまで歳出削減の成果をあげられるのかは見ものです。
税収・財源の確保
最後に税収・財源の確保ですが、トランプ氏は所得税・法人税の減税を公約に掲げているので、中長期的には経済回復によって富を増やして税収を増やしていくしかありません。
トランプ氏は1兆ドル規模のインフラ投資も考えているので喫緊の財源確保が必要となります。その中で一番可能性として考えられるのが、米企業が租税回避のために海外に預けてある利益に対する一回限りの課税(レパトリ課税)です。トランプ氏も税率10%でのレパトリ課税を考えています。
2.5-2.6兆ドルの資金が海外に眠っていると言われており、喫緊の財源確保のために大統領就任後にすぐさま実行することはもはや必須です。市場もレパトリ課税の実施を織り込んでいるようです(現状のドル高の理由の一つとも言われています)。
トランプ氏は多国籍企業の経営陣を閣僚に集めており、いままでヒラリー・クリントンを応援してきた大手企業経営者とも会談をこなしていますし、トランプ氏は格差拡大に憤慨している一般市民からの支持を集めて当選したわけですから、少なくとも一回限りであればレパトリ課税はやりやすいのではないでしょうか。
**********
トランプ氏については様々なことが言われていますが、今後トランプ氏を評価するうえで重要なのは、結局のところはアメリカ経済(特に中間層)の復活と公的債務残高の減少をどれだけ達成できるかに掛かっていると個人的に考えています。言い方を変えれば、レーガンと真逆の結果を出せるか否かに掛かっているのです。
それがアメリカの復活、米ドルの信用維持のためのクリティカルな要因であるでしょうし、世界中の人々の将来の生活にも直結する話になると思います。
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