ドイツ銀行の破たん懸念増幅・時間の問題となった欧州危機の再来
2016/09/28
→【ブルームバーグ】ドイツ銀株が過去最安値、高リスク債も下落-健全性に懸念
26日にフランクフルト市場でのドイツ銀行の株価が一日で7.5%も下落しました。先週金曜日に発売された雑誌が「メルケル首相がドイツ銀行への政府支援の可能性を否定している」という報道を行ったことが背景にあります。
いま、ドイツ銀行は窮地に立たされています。
ドイツ銀行はリーマンショック以降、欧州危機やフォルクスワーゲンの排ガス不正問題の賠償に対応するための資金の工面、LIBORの不正操作による17億ユーロの制裁金の支払いといった相当な困難に直面してきました。
さらにECBのマイナス金利政策によって今後も利ザヤの拡大が難しくなり、本業を立て直すこともままならない状況です。
そんな中、アメリカがさらにドイツ銀行を窮地に追い込みました。米司法省(DOJ)がドイツ銀行に対し、住宅ローン担保証券(RMBS)の販売を巡る調査を決着させるために140億ドルもの支払いを要求してきたのです。
フォルクスワーゲンの排ガス不正問題が取りざたされて米司法省が調査に乗り出したのもちょうど一年前のこの時期です。これによりドイツ銀行がフォルクスワーゲンに100億ユーロを融通することになりました。
いまにして思えば、アメリカが何らかの意図の目的にドイツ銀行を計画的に潰しにかかっている、そういう見方もできるかもしれません。
6月現在で、ドイツ銀行の法的制裁金に対する準備金はたったの55億ユーロ(約61億ドル)しかありませんから、これだけでは米司法省の要求に応えられません。当然ドイツ銀行側はあまりにも高額すぎると抗議しています。金額は今後の政府間での交渉次第でしょう。
しかし例え米司法省からの制裁金が数十億ドル程度に減額になったとしても、ドイツ銀行の困難は続きます。米司法省からの訴え以外にも、不正取引や金利等の不正操作に関する訴訟リストが幾重にものぼっており、最終的に訴訟関連費用がいくらにまで膨れ上がるか全くわからないのです。少なくとも現状の55億ユーロの準備金だけでは到底賄い切れないでしょう。
そうなると資産を売却したり資産を担保に借り入れるなどして資金を増やさないといけなくなりますが、この部分が果たしてどの程度円滑に進むのかは全く不透明です。日本円で数兆円レベルの超巨額の資金を賄うのですから、そう簡単ではないでしょう。
そう思っていたら、ドイツ政府とドイツ金融当局が秘密裏に、米司法省からの制裁金に対するドイツ銀行の救済案を練っていたとの報道が出てきました。
→【ロイター】ドイツ銀救済案、独政府などが準備 和解金不足に備え=独紙
報道によると、現在検討されている救済案は次のようなものみたいです(現状ではまだ不確定事項です)。
- ドイツ銀は問題を緩和する価格での金融機関に対する資産売却が可能となり、追加的な負担は求められない。
- 緊急時には政府が25%のドイツ銀株式を取得することができる。(時価総額換算で約48億ユーロ)
ただこの報道が出た直後、ドイツ政府は救済案を準備していないと真っ向から否定しています。
とにかく、今後ドイツ銀行が存続できるかどうかのカギは、必要となる巨額の資金をかき集められるかどうかに掛かってきます。もし新たな巨額の賠償請求やデリバティブによる巨額損失といったリスクが顕在化すれば、たちまち絶望の淵に立たされるでしょう。
ドイツ銀行のシステミックリスクとドイツ政府のジレンマ
ではもしドイツ銀行が破綻してしまったら?
今年夏のIMFのレポートによると、ドイツ銀行は世界の銀行で最もシステミックリスクの高い銀行だそうです。つまりもしドイツ銀行が潰れてしまえば、世界中の金融機関がバタバタと倒れていき、世界金融がメルトダウンを起こしてしまうことに繋がりかねないのです。その影響の規模はリーマンブラザーズの破綻とは比べ物にならず、もしかしたらあの1930年代の世界恐慌をも超えるかもしれません。
画像ソース:Zero Hedge
ここまでフラジャイルなリスクがあれば、公的資金を注入(ベイルアウト)してでもドイツ銀行の破綻を防ぐのが通例でした。
しかしメルケル首相やドイツ政府はドイツ銀行に対して政府支援はしないと表明してきました。ドイツ政府がドイツ銀行に対する公的支援の案を計画しているという報道にも真っ向から否定しています。
この背景には、金融機関が破綻寸前になっても税金を投入すべきではないという名目で、出来る限りベイルアウトをせず、公的資金を注入する前に破綻寸前の銀行の債権者(株式保有者、債券保有者、高額の預金を預けている人など)の資金を利用すべきとの世界的な流れが出来ていることがあります(ベイルイン)。EUでは2016年初からベイルインルールが導入されています。
ドイツ政府もEUもこのスタンスをこれまで取ってきており、イタリア政府が自国のフラジャイルな銀行であるモンテ・パスキが今後もし破綻寸前になった場合の救済案として、公的資金の利用も考えたいと述べた際も、ドイツ政府は公的資金を利用するなと突っぱねています。
さらに過去5年でメルケル首相の支持率は最低レベルに達しており、ドイツでは2017年秋に連邦議会選挙が控えていますから、保身のためにも銀行救済のために莫大な税金を投入するなんて言えないのです。
つまりドイツ政府はドイツ銀行だけ税金投入して救済するなんていまの段階では言えないのです。もしそんなことを発言したら、ドイツ国内だけでなくEU諸国から総スカンを喰らってしまいますから。EUの分裂にもつながりかねません。
ただ上のようにドイツ銀行が破綻した場合の世界に与えるインパクトが想像を絶することは否めないので、公的資金を注入せざるを得ない状況に追い込まれる可能性はあります。
その場合、既に欧州でとんでもない事態が起こっていて、欧州存続の危機だとかなんだとかの理由をつけて、ベイルアウトしないと国家が、世界が滅びるみたいな印象を(メディアも総動員して)つくったうえで税金投入されるのかもしれません。
また今後多くの金融機関でベイルインが実施された結果、EU国民に対する想像以上の悪影響が生じてベイルイン反対の世論が巻き起こった上で、やっぱりベイルインはマズイからベイルアウトにしようぜとのことでドイツ銀行に対して税金投入される、なんてこともあるかもしれません(事実、すでにベイルインにより資産を失った高齢者が自殺したケースがあります。ソース)。
リーマンショック以降、長年ベイルインの導入を推し進めてきた以上、保身のためにもここまでの印象づくりができないかぎりはベイルアウトはしたくないのが本音ではないでしょうか。
EUの気になった動き
最後にEUの気になった動きをちょっとだけメモしておきます。
8月30日、欧州委員会はEUステート・エイド・ルールに違反するとして、アイルランド政府に対してアップル社から追徴課税金等130億ユーロ(約147ドル)を徴収するよう求めました(→ソース)。これに対してアイルランド政府は徹底抗戦の構えです。12.5%という安価な法人税で多国籍企業を誘致してきたことが、アイルランド経済発展の源泉なのですから。
一つの見方として、実はドイツ銀行の救済にも絡んでいるというのもあります。その後発表された米司法省からの140億ドルという金額と比較してもしても、確かに数字上は近いですね。
さらに9月14日、同じく欧州委員会のジャン・ユンケル委員長が突然EUの軍事的統合を示唆する内容の発言をしています。
この発言の前にEUの軍事的統合に関する非公式の会談が行われており、今後EUの国防相が集まって会談を行い、今年12月に提案内容の合意に取り付けることを目標としているそうです。
そもそもEUは歴史的に経済面での統合が目的であり、軍事的な統合は1950年代に欧州防衛共同体(EDC)の設立を目指したものの、最終的には断念しNATOの枠組みに入ることになったという経緯があります。
それを今更持ち出す(表向きはEUの軍事的統合に反対してきたイギリスが、国民投票でEU離脱へと舵を切ったからとしています)というのは、一体何を意味するのでしょうか。
現段階での個人的な見方としては、EUの崩壊を力づくでも止めるという目的があるのではと考えています。欧州の経済が行き詰まり、ドイツ銀行はじめ金融環境がかなり危険水域に達していること、オランダ・フランス・イタリアなどEU離脱を訴える世論が高まってきていること、難民問題やテロ、少子高齢化の問題など、EUを取り巻く環境は短期・中期・長期で見てどれも酷いものです。文字通りEUの存続を揺るがしかねない状況なのです。
こうした背景を踏まえて為政者の立場で考えてみると、欧州全体で国民の不安が噴出してもはや抑えきれなくなる前に、力づくでも抑え込んで統制でも何でもするしかないですよね。日本を思い起こせばそういう見方が決して非現実的とは言えないですよね。
とはいえ現段階ではどのように進展するかはもちろんわからないので、今後の動きを注視していくのが良さそうです。
またECBが欧州の金融機関の監督者を募集し始めました。以前の記事でECBが不良債権処理に関する指針案を公表し、欧州の各銀行に対してタイムリーな不良債権処理を行うよう要請したと話しました。今回の監督者募集も不良債権処理を推し進めるための準備だと思われます。
欧州金融機関に対する包囲網は着実に狭まっているようです。
EUに関する様々な報道を見ていると、もうこれからすぐ~2017年初めあたりまでに欧州を取り巻く環境は一気に変化するように思います。何が起こるかはわかりませんが、何かしらの大きなショックが欧州で起こるのはもう時間の問題という段階にあると考えます。
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