2017年以降、欧州銀行の不良債権処理が本格化しそう
2016/12/29
→【2016/12/27 ロイター】伊銀モンテ・パスキ、88億ユーロの調達が必要=ECB
→【2016/12/27 ブルームバーグ】ドイツ銀行の最低資本基準引き下げ、ECBの検証・評価プロセス
ECBという組織のあり方がはっきりと現れている二つの記事です。
最初のモンテ・パスキのニュースは、同銀行がECBに対し「予備的資本増強」の承認を正式に求めたところ、88億ユーロの資本不足を補う必要があると返答してきたというのものです。
元々モンテ・パスキは50億ユーロの資本を今年中に調達する必要があり、当然ECBも知っているはずですが、ECBは今年のストレステストの結果と、ここ1ヶ月の流動性ポジションの悪化を理由に88億の資本を今年中に調達しろと言ってきたのです。しかも12月23日という、資本調達期限の1週間前になって。
これによりモンテ・パスキはイタリア政府から65億ユーロの公的資本を注入され(ベイルアウト)、残りは債券の株式への転換(ベイルイン)で賄うことになりそうですが、このプランの実行にはECBの承認が必要のため、ECBの政治判断がモンテ・パスキの生死を決定付けそうです(→ソース)。
もう一つのニュースは、要はECBがドイツ銀行に対する特別規制緩和措置を施したというものです。ドイツ銀行は訴訟をいくつも抱えており、今後いくらまで訴訟関連費用が膨らむかわからないため、時間のあるうちに出来る限りの増資をする必要性に迫られています。
そんな中で、今回のECBによる特別規制緩和措置。ドイツ銀行の第三四半期の決算結果も利用して計算すると、今回の措置でドイツ銀行は実質的に45億~50億ユーロ程度、資金調達に余裕ができそうです。
また住宅ローン担保証券の販売をめぐる米司法省の調査についても、ドイツ銀行が72億ユーロの支払いをすることで合意しています。当初は140億ユーロとも言われた支払いですが、約半分の68億ユーロも浮かすことができました。
これでドイツ銀行は110-120億ユーロ程度カネが浮きそうで、ボーナスの支払いや配当支払いに充てられるそうです。
ECBのモンテ・パスキとドイツ銀行に対する態度を見比べてみれば、ECB(の少なくとも一部の組織)がいかに腐敗した組織であるかが一目瞭然でしょう。自分たちの権限一つで銀行の救済、破綻をコントロールできてしまうのですから。
さらに欧州の銀行は不良債権の山で、ECBのマイナス金利政策により十分な収益を得られなくなってきており、ROEも経営効率も悪くなっており、預貸率も高めで、マイナス金利政策のせいで今後の収益拡大も見通せません。
短・中・長期どのスパンで見ても未来が見えないなか、ECBは一向にマイナス金利政策を撤廃せず継続中で、上のニュースが示すように自分たちで好き勝手にルールを突然決めてくるわけです。こんな腐敗した欧州の金融システムが平穏を保てると誰が思うのでしょうか?
2017年以降、欧州銀行の不良債権処理が本格化しそう
今年に入ってECBの銀行監督システムである単一監督メカニズム(SSM)が、欧州銀行の本格的な監査を行うための準備として、欧州の各銀行からの意見聴取を実施してきました。SSMとは欧州のすべての銀行(ECBを含む)に対する統一的な銀行監督業務を行うために設置された銀行監督システムです(→参考1、→参考2)。
その中には欧州の銀行に積み重なった不良債権処理も当然含まれており、具体的なことはまだわからないものの、どうやら厳しいものとなりそうなのです(→参考)
2017年に向けてのSSMが掲げる銀行監督業務の優先事項を見ても、"Credit risk, with a focus on NPLs and concentrations"と不良債権(NPLs)にフォーカスすることを前面に出していることがわかります。2016年ではまだ控え目な表現でした。
さらにSSM理事会の理事長を務めるダニエル・ヌイ氏は40年以上銀行監督業務をこなしてきたベテランの人物で、1998-2003年にはバーゼル委員会の事務局長を務めた人物でもあります(→ヌイ氏の経歴)。
彼女は時期的にバーゼル2の策定に携わっていたと思いますが、2007年以降の金融危機によってバーゼル2の欠陥が露になったとされ、現在までバーゼル2よりもかなり規制の厳しいバーゼル3への完全移行へと動いてきました。
バーゼル2の末路や、今回の欧州の銀行に対する監督業務は彼女のキャリアの集大成となるかもしれませんから、現在の彼女は相当気合が入っているのではないでしょうか。かなり本格的な銀行の合併・廃業につながる可能性があります。
2019年に完全実施されるバーゼル3は欧州の銀行にとってかなり厳しい規制となる見込みですから、経営体力のない欧州の銀行はバーゼル3に完全移行する前に淘汰したほうがよいというインセンティブも働くでしょうし。
ヌイ氏のSSM理事長としての任期は2018年末までで、直後にバーゼル3が完全導入されるという絶妙なタイミングも考慮すれば、2017-18年にかけて欧州銀行業界に本格的な粛清の波が襲うかもしれません。
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上で述べた欧州銀行業界で考えられそうな動きから個人的に連想したのが、昭和金融恐慌前後から終戦にかけての日本です。第一次世界大戦後の1920年、大蔵省は当時あまりにも増えすぎて手が回らなくなった日本の金融機関を自らの傘下に置くために、当時の銀行条例改正を皮切りに銀行合同運動(つまり銀行数減少を目的とした運動)を開始しました。
1923年に関東大震災が起こり、震災手形問題によって第一次世界大戦以降の放漫な銀行経営の実態が明らかになり、程なくして昭和2年に当時日本で最大の金融危機である昭和金融恐慌が起こりました。国民は預貯金を安全な金融機関に預けようとし、五大銀行(三井・三菱・住友・安田・第一)や郵便貯金に預貯金が集中するようになりました。
同年、大蔵省主導で新銀行法案が可決されて、大蔵省の監督権限強化が強化されました。さらに厳しい資本規定を定めて弱小銀行を淘汰させることに成功し、銀行合同運動の推進を加速させることにつながります。
銀行合同運動は1933年の三和銀行設立をもって一旦は締めくくられましたが、その後も銀行数は減少し続け、戦時中には大蔵省主導による金融機関の再編成を進められました。
その結果、1927年には1300行程度の普通銀行がありましたが、その後の合併や廃業による淘汰が20年近くにわたって趨勢的に進み、1935年には466行、1945年には61行までに減り、戦後の護送船団方式につながっていったのです。このように銀行数の減少は大蔵省の権限強化につながっていったのです。
欧州の銀行も似たような道筋をたどるかもしれません。弱小な銀行が欧州に多数存在するなか、EU離脱問題や何らかの大手銀行の破綻などがトリガーとなって欧州金融危機が再来、そこにSSM主導の不良債権処理の本格化が重なり欧州銀行の本格的な淘汰がはじまる。そして生き残った一部の(特に大手)銀行もバーゼル3という強力な規制によって束縛され、ECBや国際機関の実質的な権限増大につながる。
ヌイ氏の任期が2018年末に切れ、2019年初からバーゼル3の完全実施が始まるという偶然とはとても言えないような絶妙なタイミングを見ると、上のようなシナリオは単なる憶測とは言い切れないように思えるのですが...
2017年以降、欧州の金融環境は一変するように思えます。それは当然世界の金融・経済・市場にも何らかの形で影響は波及するでしょう。他人事とは思わず、今後の欧州のニュースにはしっかり注目することが大切です。
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