Fedは利上げ。トランプ政権の経済政策はどうなるのだろう...
2016/12/19
12月14日のFOMCの決定により、米連邦準備理事会(Fed)は政策金利を0.25%引き上げることになりました。全会一致でした。また市場の予想通りの結果でした。
Fedの利上げが行われた週のマーケットは波乱含みの展開となりました。この週に世界の株式・債券市場の価値が1兆ドル以上消え去ってしまいました。世界の株式、債券価格が同時に下落しただけでなく、米ドルが強くなったことでその他通貨のドル建ての価値が下がったことも大きな要因です。
この週にはFedによる利上げだけでなく、中国の債券先物市場が売りの殺到で暴落して一時取引停止となり、中国の中央銀行が短期金融市場に220億ドルの資金供給を行ったというトラブルも起こりました。債券取引を行う中国の中堅ブローカーのデフォルトの噂が市場に流れたことがパニック売りの引き金となったのだそうです。
Fedは来年の利上げは3回程度行う予定であると言っており、今後の利上げ姿勢を市場予想以上に鮮明に出しました。
イエレン議長はFOMC後の記者会見での質疑応答でも、失業率が現時点のように低位安定している場合には財政政策は必要ない、次期トランプ政権や議会に適切な財政政策のアドバイスをするつもりはないと発言していますし、議会に対しては今後GDPと比較して債務が増えていくことを気をつけろとの(脅しとも受け取れるような)発言をしています(→ソース)。
こうした発言からもわかるように、Fedは自身の独立性を暗に顕示しながら、利上げによって米経済が火の車になろうが知らないよという無責任な態度で臨んでいくようです。
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さてFedは利上げを行いました。次期トランプ政権はどのような経済政策をとってくるのでしょうかね。
(以下は現時点での個人的な考えを備忘録的に残したものであり、憶測もかなり含まれることにご留意ください)
トランプ氏が規制緩和、1兆ドル規模のインフラ公共投資、減税によって米経済を回復させようと考えていることは間違いなさそうです。
The Economist誌を読んでいたら、米共和党の法人税改正案に関する記事が載っていました。
→【2016/12/17 The Economist】Republican plans to cut corporate taxes may have unpleasant side-effects
共和党が提案している税制改正案で現在最も具体化されている、共和党下院議長のポール・ライアン氏の案では、法人税率を20%に減らし、支払利息に対する税控除を廃止し、輸入品に税金を掛けるかわりに海外への輸出で得た利益に対しては課税免除を認める内容になっているとのことです。
これは米国での製造を奨励し、米国民の雇用を生み、輸出型経済で利益を増やし、賃金の上がった労働者による消費の拡大によって内需も回復させていくという考えに沿ったものでしょう。また支払利息への税控除廃止はカジノ経済からの脱却を意図したものでしょう。
トランプ政権が経済政策を成功に導くためには、少なくとも次の2つがカギとなるでしょう:
- 財源の確保
- ドル安誘導
この2つの事柄を同時に達成する方法としてパッと思いつくのが、トランプ政権の働きかけによってFedの量的金融緩和を再開するというものです。利下げによって借入による財源確保を簡単にし、ドル安も達成する。
可能性はもちろんあると思いますが、トランプ氏はいままで量的金融緩和に否定的な発言をしてきましたし、何より量的金融緩和を再開すれば、その後金融崩壊が起こったときにトランプ氏が責任を負うリスクが高まるので、本来であればやりたくないはずです。
またすでに世界の金利が制御不能に思わせるような勢いで上昇してきており、欧州の金融危機の再来も現実味を帯びてきていますし、中国やサウジもカネに困って米国債を売却している状況ですから、量的金融緩和を再開してもどの程度効果が現れ持続するかは正直わかりません。
よって量的金融緩和を再開するにしても効果は限定的で、もっと抜本的な方法が求められるでしょう。
もっと抜本的な方法として考えられるのは、例えば財源は多国籍企業が海外に預けてある資金から確保し、ドル安誘導はプラザ合意のように世界的・協調的為替政策の枠組みで行うというもの。
現在アメリカは企業が海外で稼いだ利益に対しても課税していますが、海外であげた利益に対する課税は米国に還流されたお金に対してのみ適用される仕組みのため、アメリカの多国籍企業は租税回避のために海外利益を海外に預けているのが現状です。上のThe Economistの記事によると、ある見積もりでは2.6兆ドルもの現金利益が租税回避のために海外に預けてあるとのことです。
※この見積もりの情報源は示されていないのですが、こちらのページに2015年は累計で2.4兆ドルの租税逃れされた現金利益があるとのことなので、2.6兆ドルという数字はある程度の信憑性があると考えてよさそうです。
租税回避された米多国籍企業の海外にあるカネを米経済の成長促進に利用できればそれに越したことはありません。
トランプ氏の動きを見ていると、多国籍企業との協調による米経済の復活を考えているように見えます。
トランプ氏は閣僚に米多国籍企業の経営陣としての経験のある人物を複数そろえる予定ですし、ちょうどイエレン議長が利上げ発表の会見をしている時間に、トランプ氏はアマゾン、アップル、アルファベット(グーグル)、フェイスブック、マイクロソフト等、大手米IT企業の経営陣たちとトランプタワーで会談を行っていますしね(参加者のなかには、それまでヒラリー・クリントンとつながりのあった人物もいます)。
いままでの租税回避の件(とヒラリーを支持した件(笑))は不問に付すから、米経済復活のための投資に使ってくれよと頼まれれば、アメリカの多国籍企業が断る理由は果たしてあるのでしょうか。法人税減税や海外利益への課税免除もチラつかせてるんですよ。
ロシアもグレンコアといった多国籍企業との協調をしていくようですし、今後は世界的に、国家が多国籍企業を取り込んで国内経済の発展を促す経済体制(自由経済と保護経済のあいだのような経済体制)に移行していく流れに見えます。
こうした点を踏まえると、多国籍企業のいままでの租税回避の罪を許す代わりに海外に預けてある巨額の資金を米経済に利用してもらうような動きが生じる可能性も否定はできないと考えています。
ドル安誘導については、プラザ合意のような世界的な枠組みで行う手もあるでしょう。中国や新興国は最近のドル高でひぃひぃ言っており、今後資本流出の拡大やドル建て債務利払い費の高騰により経済が立ち行かなくなる危険性もありますから、多くの国でドル安は望まれていることでしょう。環境的にドル安方向での世界的・協調的な為替政策はやりやすいはずです。
歴史的に見ても、今後世界的な枠組みで為替政策を行うには良いタイミングに思えるのです。
ブレトン・ウッズ体制での金為替本位制の導入。米国が財政赤字とゴールド流出によって覇権を失いそうになったときのニクソン・ショック~変動相場制の導入。インフレの進展に歯止めが掛かった後、世界が本格的なカジノ経済への道を歩む大きなきっかけの一つとなったプラザ合意。経済の転換点には為替制度の変更もセットでついてきたものですから。
そしてプラザ合意、グローバリゼーションの本格化を経てグローバリゼーションの限界に達してきたのが現在です。
リーマン・ショック以降はグローバルなカネの流れは減退傾向にあり、例えばスポット為替取引高はここ3年で19%も減っていますし、2015年の国際資本移動は2007年から6割以上減少しています(→ソース)。
ブレグジットやトランプ氏の勝利、イタリア国民投票で反対票が上回ったこと、これらはいずれもグローバリゼーションの進展の中で、仕事を失うなど生活が苦しい地方の労働者層が導いたものです。
このようにグローバリゼーションが限界に来ていることを示す証拠や出来事は積み重なるばかりですから、そろそろ現在の変動相場制からの為替制度の転換の話が出始めても良さそうです。そしてそれはドル安を導くものとなるでしょう。
為替制度の変更が起こる場合は、いわゆるトリレンマも踏まえれば、中央銀行の権限低下とセットで生じるでしょう。リーマンショック以降の中央銀行の暴走は大分認識されていると思うので、こうした流れへの布石はすでにあります。
**********
上に書いたことはあくまで一つの可能性で、私自身も当たるとは毛頭思っていません。正直トランプ氏が具体的にどのような経済政策をとってくるのかは現段階ではわかりません。
しかし現状を踏まえながらあれこれ将来を想像してみると、上に書いたこととは違うにせよ、経済環境に大々的な変化が起こることは免れないような気がします。少なくともここ30年の常識だけで将来を考えることはできません。
実際どうなるんでしょうかね。そしてトランプ政権がFedとどのような関係を築くのかも非常に注目です。
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