市場は低インフレと緩やかな金融引き締め政策の継続を見込んでいるが

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市場は低インフレと緩やかな金融引き締め政策の継続を見込んでいるが

2017/12/22

 

 市場は低インフレ信仰にドップリ浸っており、来年以降のFedの金融引き締め策は緩やかに進むと予想しているが、果たしてそうなのか。短期的にインフレ率が意外と上昇する可能性、Fedの金融引き締め策が意外と厳しくなる可能性は、決してゼロではない。

 

市場は低インフレ信仰に陥っているが...

 今年も米国株は順調に価格を上げてきました。長期的な企業利益の平均に基づくPERであるCAPEレシオが90年代後半のITバブルに次ぐ水準であることや、株価暴落前によくある現象である異常なまでの低ボラティリティが続きましたが、そんなことはなんのそのです。

 

 今回やけに長く米国株の上昇が続く大きな要因となっているのが、インフレ率の伸び悩みです。

 

 先進国の中央銀行は2%のインフレ率目標を掲げて大規模金融緩和をしてきましたが、先進国のコアインフレ率(食料・エネルギーを除いたインフレ率)は2%未満に停滞したままでした。

 

米国、欧州のコアインフレ率

画像ソース:OECD ※PDFファイル

 

 インフレ率が2%に達しないことが先進国中央銀行の金融引き締め策実行を渋らせ、引き締め方向に転じるにしても非常に緩やかな移行にとどまっているのが現状です。これが米国をはじめとした先進国のダラダラ続く株高の大きな要因となっています。

 

 賃上げや消費が活性化しないことが先進国のインフレ率上昇を阻む要因としてあげられますが、今後も先進国の生産年齢人口の減少ないしは微増にとどまること、労働生産性が上向かない構造的な要因もまた、市場のインフレ期待、気分を押し下げる要因となっています。

 

 今後世界的に経済が上向くとみられていますが、市場はそこそこの経済成長だがインフレ率は低いままであるという「ゴルディロックス経済」になると予想しています。市場における低インフレ信仰が根強いのです。

 

市場のグローバル経済コンセンサス

画像ソース:Zero Hedge

 

 ただ、短期的にはインフレ率(特に米国)が、市場が考えるよりも上昇する可能性は無視できません。

 

 現在米国の失業率が4.0%程度と歴史的な低水準にあることをはじめ、先進国の雇用状況は良いと言われています(正確には悪いのですが、企業経営者や市場参加者等が参照するデータでは雇用状況が良いと信じられているのが現実です)。OECD諸国に中国を加えた国々(GDPの大きさで重み付け)のうち8割が完全雇用状態にあり、過去10年でかなり雇用が進んだ状況となっています。

 

OECD+中国のうち完全雇用状態にある国々の割合、GDPウェイト

画像ソース:Vanguard

 

 雇用が進み労働市場が供給不足状態になると、歴史的に企業は設備投資を増やす、もしくは賃上げを行う傾向があります。これらはインフレ率上昇要因になります。

 

 労働市場の需給バランスからインフレ率が上昇する可能性のあるタイミングで、米国は1.5兆ドル規模の減税となる税制改革法案の成立が決定的となっています。よって短期的に米国のインフレ率は(低インフレ信仰漬けの)市場が驚くくらいには上昇する可能性はゼロではありません。

 

 税制改革法案の中身は米国に資金を呼び込むことが意図されています。いずれも2018年から適用開始です。例えば

 

  • 法人税率が21%に減税となり、地方税を合わせても米国の法人税率は日本、ドイツ、フランスを下回る
  • 海外子会社の配当課税を原則廃止
  • 多国籍企業が抱える海外留保利益を米国に還流した場合の減税措置(いわゆるレパトリ減税)
  • 設備投資の全額を課税所得から差し引ける「即時償却」の導入

 

 これらはいずれも米国への資金流入や投資を促すものです。最後の即時償却は5年間の時限措置で、その後は課税所得から差し引ける設備投資額が減額されていくので、米国で設備投資するなら早めにすることが企業にとってお得になります。

 

 米国の税制改革がどれだけのインフレ率上昇を生み出すのかは正直よくわかりませんが、市場がインフレ率の上昇を疑問視している現状では、市場を驚かせるくらいのインフレ率上昇が達成されるのは一つの可能性として頭に入れておきたいです。

短期のインフレ率上昇もあなどるなかれ

 米国一国だけでもインフレ率が市場予想を上回る上昇をすることは、ブラックスワンとなる可能性があります。何故なら、それはFedの金融引き締め政策をダイナミックに進める方向につながり得るからです。

 

 Fedは先日、政策金利を1.5%に引き上げました。今後も2020年まで緩やかに利上げを進め、2019年までは0.6%ずつ政策金利を引き上げていく予定ですが、インフレ率が上昇すれば政策金利の引き上げ幅はもっと大きくなるかもしれません。

 

 政策金利の引き上げ幅が市場予想を上回るスピードで進めば、低金利、量的緩和に支えられてきた金融バブル環境にドップリ浸かってきた市場参加者の不安が一気に高まるリスクがありますし、信用リスクがより深刻に顕在化するかもしれません。新興国市場・経済にも大きな悪影響を与える可能性もあります。

 

 どんなにインフレ率が上がりにくい環境であっても、短期的にインフレ率がサプライズ気味に上昇すれば、中央銀行の利上げ等の金融引き締め策もまたサプライズ気味に行われ、それが市場にブラックスワンを招くことにつながり得るのです。

 

 インフレ率は中央政策の金融政策を決定付ける、ある種の「神」のようなものです。というのはインフレ率の安定が中央銀行の最大の役目だからです(中央銀行はインフレ率の安定のために金融政策を行うのであり、我々の生活を安定させるために金融政策を行うのではありません。そこは誤解なきよう)。短期的にでもインフレ率が上昇すれば、各国の中央銀行は神の啓示に従い、粛々と金融引き締め策を実行するでしょう。

 

 短期的にでもインフレ率が上昇すると、これまでの金融環境とは正反対の金融政策が実行され、やがては金融市場の死へとつながり得ることだけは、頭に入れておくと良さそうです。

 

ポスト・イエレンのFed金融引き締め策に対する変な予感...

 米国に関する金融市場へのブラックスワンリスクとして、もう一つ、今後のFed人事に関する話をしましょう。

 

 来年2月3日にイエレン議長の任期が切れ、その後ジェローム・パウエル氏が新Fed議長に就任します。ただ個人的にはパウエル氏よりも、Fed副議長に指名されると言われているモハメド・エラリアン氏が気になっています。というのは、彼のこれまでの発言をみると大胆な金融引き締め政策も辞さないのでは?という予感がしないでもないからです。

 

 まだエラリアン氏がFed副議長になると確定したわけではないのでいま書くのは早いかもしれませんが、エラリアン氏の経歴や経済・金融に対する彼の考えなどを簡単に述べておきます。

 

モハメド・エラリアン氏の写真

次期Fed副議長と噂されるモハメド・エラリアン氏

 

 エラリアン氏は現在、保険・資産運用業などを営む欧州のグローバル金融サービス企業アリアンツの主席経済アドバイザーを務めており、その前はアリアンツ子会社の資産運用会社であるPIMCOのCEO兼共同CFOを務めていた人物です。1990年台にはIMFでの勤務経験があり、その当時は前Fed副議長のスタンレー・フィッシャー氏に師事していました。
【2017/09/07 FT】Stanley Fischer resigns as Fed vice-chairman

 

 フィッシャー氏といえば前Fed議長のバーナンキ氏や現ECBのドラギ総裁らの師匠でもある、経済・金融界の重鎮中の重鎮であり、Fed副議長時代もイエレン議長を支え、実質的にFedの金融政策をリードした人物だと言われています。

 

 エラリアン氏は2011年、次期IMF専務理事候補としてフィッシャー氏を支持しており(結局ラガルド氏が専務理事となった)、今年のフィッシャー氏のFed副議長辞任発表の際も彼の功績を称える発言をするなど、フィッシャー氏に敬慕の念を寄せていることがうかがえます。

 

 こうしたバックグラウンドから、もしエラリアン氏がFed副議長に指名され就任した場合、彼の理念や意見が2018年以降の米国の金融政策に大きく反映される可能性があります。

 

 エラリアン氏は利上げやバランスシート縮小という金融引き締め政策に賛成するタカ派ですが、他にも以下のような見解を述べています。

 

  • 現在の株価や社債価格は現実から遊離している
  • 現在のような相場の熱狂が続けば、市場の急激な調整が突然起こるリスクがあり、消費や投資の勢いも削ぐ可能性がある
  • "ローフレーション"という悪魔が実在し、多くの人々を不安にさせている(ローフレーションとは、長期的な低インフレ状態をあらわすエラリアン氏による造語)
  • ローフレーションが続くと、消費や経済成長、政策有効性に悪影響を与える

 

【2017/06/19 FT】Markets must grasp that the Fed is no longer their best friend
【2017/08/23 Bloomberg】The Lowflation Demon That Vexes Central Banks

 

 またこちらのフォーブズの記事をみると、エラリアン氏はマイナス金利政策に反対であると同時に、企業が米国経済の将来に確信が持てず、生産施設の新設や機器の新規導入への投資を抑えていることや、就業率の低さを嘆いており、米国経済の力強い回復が見られない現状を危惧しています。
【2017/02/01 Forbes】投資と経営のプロ、モハメド・エラリアンが読む2017年

 

 つまりエラリアン氏がもしFed副議長になれば、米国経済回復を最優先課題にすると同時に、金融バブルの大幅下落は厭わずにインフレ率を上向かせるような金融政策の導入を主張し、実行に移す可能性が結構高そうなのです。

 

 さらに注目したいのは、エラリアン氏は次のような旨の発言をしていることです。

 

  • 中央銀行は積極的な金融政策をもってして2%のインフレ目標が達成できていないのに、(一部経済学者たちが主張するような)より高いインフレ目標を掲げてそれを達成できるなんて考えにくい
  • 金融政策でインフレーションはそんなに決定的な要因であるべきなのか?

 

【2017/08/23 Bloomberg】The Lowflation Demon That Vexes Central Banks
【2017/09/08 Bloomberg】El-Erian Says It's a `Tricky Time` for the Fed

 

 エラリアン氏はインフレターゲットという目標なんか立てるからインフレ率が低いままなんだ、そんな目標なんか取っ払ってしまえ、との考えを持っているように見えます(インフレ率の安定という中央銀行の基本的役目を達成するために)。

 

 以上を総合すると、エラリアン氏は利上げをはじめとした金融引き締め策に非常に積極的な人物に見えます。いままでのFedのようにインフレ率や雇用に関する指標をもとに慎重に金融政策を決定するというよりも、もっとアグレッシブに金融引き締めを行うのではないか、そんな印象を受けます。

 

 慎重に利上げ(やバランスシートの縮小策)を行うのではなく、利上げ等ができるときに積極的に利上げ等をして、不況入りしたときに再び十分な金融緩和ができるだけの幅を持たせておくことが大切だ、そんな考えの持ち主だという印象を受けます。

 

 実際、米国企業のハイイールド債務残高をみると、あと1-2年くらいは満期を迎えるハイイールド債務はそこまで多くないのです。2020-21年あたりからは金融引き締めによる信用リスク顕在化が米国経済を大きく冷え込ませるのは間違いないでしょうが、長くて2019年までは信用リスクが顕在化しても米国経済を大きく不況入りさせるまでには至らない可能性があるのです(相場に影響がないとは言っていない)。

 

満期を迎える米国のハイイールド債券、融資総額の推移

 

 米国税制法案の中身からトランプはまずは数年掛けて米国に投資を呼び込む、米国にマネーを呼び込むことを経済政策の最優先に掲げていることがわかりますが、これは利上げと親和性の高いものです。利回りを求める投資家が米国債券に投資するインセンティブを高めるからです。

 

 Fedの金融政策が、現在市場が考えるよりももう少し強めの引き締め方向に向かう可能性、それが米国への投資を呼び込み米国インフレ率上昇圧力を与える可能性は、一つのシナリオとして考えたいものです。

 

 このシナリオが実現すると、世界の相場に大きな悪影響を与えることになるでしょう。

 

**********

 

 北朝鮮と中東での地政学リスク(戦争勃発、油田の破壊等)や各国の政治リスク(メルケル女史が首相の座から降りる、なんて話もありますし)といった、市場不安要因も今後ますます大きくなる可能性があります。

 

 米国株をはじめ先進国株の相場は一見してこのまま好調を維持するように見えますが、非常に脆弱な足場の上に成り立っていることだけは忘れてはいけないでしょう。

 

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