帰納とリスク-不確かな分野で歴史を未来に当てはめてはいけない-

投資ブログへのリンク

帰納とリスク-不確かな分野で歴史を未来に当てはめてはいけない-

   過去は私たちに大きな影響を及ぼすものです。 相手の人間性の評価、新しいものを発明するためのヒント、それに未来予測まで。 それほど過去に関する情報は私たちの社会に欠かせない要素となっています。


   そんな過去を判断材料に使うことに関連して、今回は"帰納"という考えについて話していきます。

帰納とは何か

   帰納とは今まで何百回、何千回と観察してきて得られた結果から、常に成り立つ普遍的な結果を抽出する考えのことを指します。


   帰納という考えは科学の分野で広く取り入れられているものです。 例えばニュートンはリンゴが木から落ちたのを見て、万有引力の法則を思いついたという逸話があります。 ニュートンは物体が運動する様子を幾度となく観察することによって、ニュートン力学という普遍的な理論を誕生させました。


   物理や化学といった全うな科学の分野では、幾度もの観察から帰納的に理論を生み出すことによって進化しているのです。


   しかし何も帰納的考えは科学に対してだけ適用されるものではありません。 私たちの日常生活の中にも帰納的考えは当たり前のように浸透しています。


   具体的には「安全性」や「品質」を表す指標として帰納的考えが取り入れられているのです。


   まずは安全性についてです。 私たちの周りには数多くの薬が販売されたり処方されています。 もちろんこれらの薬は臨床試験をクリアして安全性が認められた薬たちです。


   しかし厳密に言えば、これらの薬は決して「安全ではない」のです。 臨床試験や薬の販売後に数多くの患者が服用してきた中で「大きな危険性が見つかっていない」薬に過ぎません。


   私たちは「大きな危険が見つかっていない」というのを安全性として捉えているのです。 「何千人、何万人が長年の間服用してきて、大きな問題が発生していない」ことを「安全な薬」だと断定して認識しているわけです。 つまり帰納的考えによって安全性を判断しているのです。


   何故帰納的に安全性を判断しているのかというと、こうするしか安全性を判断することはできないからです。 私たちは安全かどうかを過去に問題を起こしていないかどうかで判断するしかないのです。


   品質もまた帰納的考えによって判断されるものです。


   例えばアプリケーションといったソフトウェアを作るときに、開発者は必ずテストを実行してプログラムに不備がないかを確かめます。 頻繁に使う操作はもちろんのこと、多少トリッキーな操作や途中でシステムがダウンしないかなど、ありとあらゆる項目を列挙してテストを行います。 テスト中に不具合が見つかったらプログラムを修正して不具合を潰していき、製品の品質を高めていくのです。


   しかしこうした品質も帰納的に高めるしかありません。 つまり「テストを何百回、何千回といった限られた数を行って問題がない=品質に問題ない」と判断するしかできません。


   すべてのありとあらゆるケースをテストしようとすると、膨大なテスト項目が必要になるので時間や人件費といったコストが膨れ上がります。 また似たようなテストを膨大に行うことになるので、テスト効率的にも無駄が生じてしまうのです。


   このように帰納という考え方は、安全性や品質を示す考えとして日常生活に広く浸透しているのです。

帰納的考えとリスク

   しかしすべての分野で帰納という考え方が有効だったり妥当であるとは限りません。 特にある分野では帰納という考え方を誤って用いることで、ときとして最悪な結果を招く恐れがあるのです。


   それはリスクが関わる分野です。 具体的には投資や災害、食品の安全性といったものです。 こうした時として大きな被害を生み出す分野では、帰納という考え方を取り入れることによって悲惨な結末を迎えることがあるのです。


   投資や地震といった自然災害に対して帰納という考え方を誤って導入することは、すなわち過去の歴史を未来に当てはめることを意味します。 そして過去の歴史を未来に当てはめる行為は、心理学的に多くの人間がやってしまいがちなことです。


   しかし過去の歴史を未来に当てはめることは、もし万が一過去に一度も起きなかった出来事が起こったときのことを何も考えないことになります。 つまり「想定外」な出来事をモロに受けるのです。


   具体的にいえば、バブル時の投資やカロリーゼロの食品を摂り続けることです。 こうしたことをする人の多くは、過去の好景気が未来永劫続くとか、過去にずっと安全だったからこれからもずっと安全だと思っている人たちです。


   しかしこうした人々は、やがて突然やってくるバブルの崩壊によって無一文になってしまいます。 やがて発見される甘味依存リスクやがんリスクによって、知らず知らずのうちにこうしたリスクに身を晒していたことになります。


   しかし帰納的考えが引き起こした最も深刻な出来事といえば、何といっても原発事故でしょう。 過去50年にわたって原発の問題が日本で起きなかったこともあり「安全神話」が立てられましたが、安全という虚構に対する慢心が大惨事を引き起こしたのです。


   このように「もしも想定外のことが起これば甚大な影響が起こる」分野に対しては、過去を歴史に当てはめる帰納的考えは大きなリスクを伴うのです。


   歴史は未来に活かすことはできますが、それは未来に当てはめることではありません。 歴史から教訓を学び、それを自分なりにうまく未来に活かすことが本当の意味で歴史を未来に活かすことです。


   投資でいえば、過去のバブルにおける人間の過ちを反面教師として「バブルで熱狂しているときこそ冷静になり、景気低迷で悲観に満ち溢れているときに優良な株を買う」という思考を学ぶこと。 そしてこうした思考をこれから先の投資に生かす。 こういったことが歴史を未来に活かすことの本当の意味です。


   これだって一種の帰納的思考です。 過去の歴史を観察することによって、普遍的な原理・原則を得ることですから。 しかし単純に過去を未来に当てはめるのではなく、過去の普遍性を抽出して"自分なりにアレンジして未来に応用する"ところが決定的な違いです。


   帰納的考えを生かすも殺すも、結局は本人次第なのです。

関連リンク

   ・少ないサンプルから無意識のうちに何となく正しそうと思い込む、少数の法則について

   →少数の法則とは何か-人は大数の法則を無視する-


▲System1、System2関連記事一覧に戻る▲

アボマガリンク


アボマガ・エッセンシャル(有料)の登録フォームこちら


アボマガお試し版(無料)の登録フォーム


このエントリーをはてなブックマークに追加   
 

関連ページ

System1、System2とは-人間心理の最も基本的な分類-
System2はSystem1の審査人-考えてみようスイッチでSystem2が動き出す-
System2の2つの弱点-System1のシグナルをSystem2に変換できるか-
Cognitively Busyとは-不安が負担を生む-
Ego Depletionとは-感情を押し殺すことの代償-
System2は使えば使うほどエコに使える-やり始めは何事も大変-
複数の作業を同時にこなすと負担が掛かる-Switching costとMixing cost-
時間の牢獄から抜け出すことのすすめ-時間を排除し心理負担をなくす-
人間の本質は余剰と無駄にある-効率化を求める風潮へのアンチテーゼ-
不安を紛らわすバカげた対処法-自分で自分を実況する-
プライミング効果とは何か-賢くなる上でとても大切な連想能力-
プライミング効果を英語学習に生かす
3分で理解する財務諸表-賢くなるためのプライミング効果活用例-
人間が連想能力を持つ理由-進化の過程で身につけた人類繁栄のための知恵-
プライミング効果による、言葉や表情と気持ちや行動意欲との結びつき
確証バイアス(Confirmation Bias)とは-自己肯定や社会肯定の根幹-
社会の末期では確証バイアスは我々を地獄に落とす
人間の行動は信じることから始まる?-自ら信じられることを能動的に探すことが大切-
人間の行動は信じることから始まる?-教養は人間社会で豊かに暮らすための道標-
確証バイアスと医者-誤診の裏に自信あり-
アンカリング効果とは-プロにも働く強大な力-
アンカリング効果と洗脳-信頼できる情報を積極的に取得せよ-
アンカリング効果の認知心理的プロセス
アンカリング効果に潜む二つの要因-不確かさはアンカリングを助長する-
ランダムなアンカーの魔力-どんなものにも人は意味を見出す-
「安く買って高く売る」の解釈とアンカリング効果
後知恵バイアス(Hindsight Bias)とは-不当な評価の温床はここにあり-
後知恵バイアス×権威とモラルの問題
Cognitive Easeとは-System1が生み出す安らぎとリスク-
単純接触効果(Mere Exposure Effect)とは-繰り返しが与える安らぎ-
単純接触効果を学習に応用する-まず量こなせ、話はそれからだ-
単純接触効果を学習に応用する-効率を求めず量をこなすことがよい理由-
株価を見続けるリスク-Cognitive Ease祭りが中毒症状を引き起こす-
実力を運と勘違いする-慢心を防ぎ自らを成長させるための心構え-
Domain Specificityとは-人間は何と非合理なのか!-
人間の本質を満たすために、人間は本質を考えるのが苦手である
No skin in the gameの許容-Domain Specificityの無視が引き起こす問題-
Skin in the gameとは-信頼度を測る最適な指標-
Planning Fallacyとは-何故残念な計画が沢山存在するのか-
改善されないPlanning Fallacy-計画の目的はプロジェクトをスタートさせること-
Norm理論とは何か
英語学習のちょっとしたアドバイス-背景を知ることが大切-
因果関係を知りたがる気持ちは生まれつき備わっている
人間は可能性をリアルさで捉えてしまう
想像するリスクと実際のリスクとの間には大きな隔たりがある
リスクに対するリアルさを形成する要因-Availability heuristicと好き嫌い-
人はリアルさでリスクを評価する-地震保険加入比率で見るリスク管理の傾向-
人間の重大な欠陥-時が経つにつれて可能性とリアルさとのギャップが広がる-
平均回帰の無視-客観的事実を無視して直近を将来に当てはめる-
歯のケアと想定外-日常的なものからリスク管理を見直す-
帰納とリスク-不確かな分野で歴史を未来に当てはめてはいけない-
少数の法則とは何か-人は大数の法則を無視する-
少数の法則が私たちに与える影響-コイントスと投資ファンド-
仮定がおかしな結果は無意味-統計結果に対する最低限の心構え-
リスクとDomain Specificity-リスクを考える分野、考えない分野-
心理学の知識を詰め込んでも、投資心理をコントロールできるわけではない
疑う気持ちが情報に対処するための一番の基本
終わりよければすべてよし
何故終わりよければすべてよしと考えるのかその1
何故終わりよければすべてよしと考えるのかその2
System2からSystem1にもっていく

▲記事本文の終わりへ戻る▲

▲このページの先頭へ戻る▲