Planning Fallacyとは-何故残念な計画が沢山存在するのか-

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Planning Fallacyとは-何故残念な計画が沢山存在するのか-

   現代の世界ではまず進捗スケジュールやコストの見積もりといった様々な計画を事前に行い、計画に沿ってプロジェクトを進めていくことが普通になっています。


   もしも計画通りに物事が進まなかった場合には毎日遅延状況を報告する必要が出てくるくらい、計画はとても重要視されるものです。


   このように計画信奉が進んでいる社会ですが、そもそも計画自体に問題はないのか?と一度でも考えたことがある人はたくさんいることでしょう。 気になるところですよね。


   結論を言うと、計画自体に大いに問題があることは普通にあり得ます。 私たちは計画を楽観的に立てる/立てざるを得ない傾向があり、そのために予期せぬ作業、予期せぬコストが日常茶飯事に生じてしまうのです。

計画と現実との乖離

   残念ながら、計画自体がそもそも残念であることは普通にあり得るものです。


   普段私たちが仕事で関わるような小規模の計画に対しては、強引に期限に間に合わせられることもありあまり目立ちにくいものです。 しかし大規模プロジェクトになると、現実離れした計画をそう簡単に隠し通すことはできません。


   下記は計画と現実との間に大きな乖離が存在することを示す一例です(下記以外にも似たような事例はいくらでも存在します):


  • 1968年から1999年までの間、世界で建造された鉄道のプロジェクトのうち、実に9割ものプロジェクトがコストを過小評価し、乗客の見積もりを過大評価していた。見積もりを45%オーバーしたコスト、予測の半分にも満たない実際の乗客数、現実はそんなものであった(デンマークの経済地理学者であるBent Flyvbjergらによる調査)
  • 2010年に行われた、プロジェクト規模が1500万ドル以上と大きな規模の5400を超えるITプロジェクトを対象とした調査で、見積もりに比べてコストは平均で44%オーバー、期日は平均7%オーバーである一方、実際の利益は見積もりの半分以下だった(マッキンゼーとオックスフォード大学による調査)
  • 1959年に着工したシドニーオペラハウスの建設では、天候不順、政治的な問題など様々な"想定外"の問題が発生し、当初は1963年に完成する予定だったが最終的な竣工は1973年と計画の10年遅れとなった。さらに建設を進めていくうちにコストがどんどん膨れ上がり、最終的に1400%ものコスト超過をした(つまり当初予定の15倍!もの費用が掛かった)

   上の例を見ると、計画と現実との乖離がショッキングなくらい大きいですよね。 だけどこれが現実なのです。


   しかし何故ここまで残念な計画が世に沢山存在するのでしょうか。 そのために計画立案に関連する人間心理を紐解いて考えてみましょう。


   人間心理を理解することで、私たちがふと感じる「計画自体に問題はないのか?」という疑問が、決して計画立案者への当てつけではないことがわかるでしょう。

Planning Fallacyとは何か

   人間にはPlanning Fallacyという性質があります。 Planning Fallacyという性質によって、人は残念な計画を立てやすい傾向にあるのです。


   Planning Fallacyとは、過去の似たような事例を無視して計画立案者が想像する、ベストシナリオやベストストーリーに沿った計画を立ててしまいやすい人間の欠陥、誤謬を指します。


   Planning Fallacyはありふれたシチュエーションで誰にでも働くものです。


   例えば私たちが普段仕事をしているときに、上司から「いつまでに仕事終わる?」と聞かれると、つい「今日中に終わります」と半ば自信ありげに言ってしまいますよね。


   そして夜遅くまで残業するハメになって「今日中に終わるなんて見栄張らなければよかった...」と後悔するもの。


   このようにPlanning Fallacyが、いつどこで働いても不思議ではないくらい、多くの人たちに根付いた欠陥なのです。


   では何故人はPlanning Fallacyという欠陥を持つのでしょうか。


   人間には楽観バイアス(Optimism Bias)という傾向が備わっています。 その名の通り、人間は物事をつい楽観的に捉えてしまう傾向にあるのです。


   楽観バイアスによって、計画を立てるときに自分で考えたベストシナリオに確信をもちやすくなる一方、メールの返信や雑用、その他緊急の作業といった、仕事を邪魔する出来事が起こる可能性を甘く考えてしまうのです。


   何故人が楽観バイアスに掛かりやすくなってしまうのかをもう少し詳しく見てみましょう。


   私たちは元々前向きなシナリオやストーリーを考えるのが大好きな生き物です。 大好きなあの子といろいろ楽しんでいる姿や、お金持ちになって好き勝手に暮らしている姿を妄想しているときを思い出して下さい。 妄想している間は何だか楽しくなっちゃってますよね。


   人間にはCognitive Easeという作用があり、前向きなことを考えたり、好き勝手に連想・妄想することで快適さを得ることができるのです。 しかもCognitive Easeが働いて得られる快適さは、自分のアイデアへの自信や確信へとつながっていきます。


   一方でCognitive Easeにハマりすぎると、マイナスの出来事や可能性の低いことを考えにくくなります。 前向きなことばかり考えやすくなるモードになるので、プロジェクトメンバーの体調不良、突然の顧客要求の変化による作業の手戻りコストといった、向かい風となる出来事を中々思い出せなくなるのです。


   こうした性質があるために私たちは楽観バイアスに掛かりやすくなり、ついベストシナリオに固執して楽観的な計画を立てやすくなってしまうのです。


   計画を立てる人は社会的地位が比較的高いことが多いでしょう。 社会的地位が高い人は、自分自身にある程度自信があり、どこかしら楽観的な傾向があります。 自信に満ちあふれている前向きな人は、周りから「信頼できる」「コミュニケーション能力が高い」「スキルがある」と思われやすくなるからです。


   しかし自信過剰になりやすく、楽観的であればあるほどCognitive Ease中毒にかかりやすくなります。 そのため計画立案時には、前向きさがかえって仇となり現実に即さない残念な計画を立てやすくなるのです。

過去の失敗をバカにする

   Planning Fallacyは「過去の似たような事例を無視して」楽観的な計画を立てやすい人間の欠陥だと話しました。 だったら「過去をしっかりと振り返れば良いじゃん。上司が部下に『同じ失敗をするな』って口酸っぱく言ってるんだから、計画を立てるような偉い人たちも当然過去を反省しているんでしょ。」と思うはず。


   しかし現実はそうであるとは限りません。 それは私たちが計画を立てるときには過去の似たような失敗を"無視"したり"例外扱い"することでバカにしてしまいがちだからです。


   人は計画を立てるときには、過去を振り返ることよりも未来のことばかり考える傾向にあります。 現在の自分の能力、与えられた仕事の量やレベル、こういった過去とはあまり結びつかないものに頭が支配されがちになるので、過去を省みることはせずに未来志向になりがちなのです。


   そのためベストシナリオを考えることに意識を向ける一方で、過去の教訓といったものをついつい無視してしまうのです。


   さらに特筆すべきなのは、人は例え過去を振り返ってもそれを計画に活かそうとしない傾向があることです。 過去に似たような計画で失敗した事例を思い浮かべても、「あれは想定外の出来事が立て続けに起こったからしょうがない」「運が悪かった」というように、例外扱い、特別扱いをしてしまうのです。


   そのため過去の似たような失敗を今回の計画に役立てる、反映させるといった意識に欠けてしまうのです。


   失敗を例外扱いしてバカにすることで同じような失敗を繰り返すことは、不確実な分野に携わる人の共通の特性なのかもしれません。


   ほら、経済や株価が思ってもみない変動をするたびに、頭の良さそうなアナリストやファンドマネージャーたちは毎回毎回「想定外だ」「今回は例外だ」なんてよく言うじゃありませんか。


   「バカは同じ失敗を繰り返す」と言いますが、一見バカには見えない計画立案者という地位の高い人だって例外ではありません。 いやむしろ、計画立案が不確実性を伴うからこそ、より同じような失敗をしやすいのです。


   不確実で中々確信を持てない事柄を取り扱う必要があるため、毎回毎回ついベストシナリオといった根拠のない具体的な希望によりすがりつきやすくなるのです。


   過去の失敗や反省を無視したり例外扱いしてバカにし、楽観的観測にすがりつく。 こうした傾向がPlanning Fallacyという人間の欠陥を生み出しているのです。

参考文献

・R. Buehler, D. Griffin, and M. Ross (1994) Exploring the "Planning Fallacy": Why People Underestimate Their Task Completion Times

・M. Bloch, S. Blumberg, and J. Laartz (2012) Delivering large-scale IT projects on time, on budget, and on value

・B. Flyvbjerg, M. S. Holm, and S. Buhl (2002) Underestimating Costs in Public Works Projects Error or Lie?

関連リンク

   ・Planning Fallacyにはさらに根深い問題が潜んでいます

   →改善されないPlanning Fallacy-計画の目的はプロジェクトをスタートさせること-


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