人間は可能性(Probability)をリアルさで捉えてしまう
"可能性"という言葉があります。 地震が起きる可能性、景気が下向く可能性、様々な場面で可能性という言葉が使われています。
しかし私たちは可能性という言葉を正しく扱うことがとても苦手です。 私たちは可能性を考えるときに、可能性ではなくてどの程度リアルに感じられるかによって物事を考えてしまう傾向にあるのです。
言葉に関する注意
・可能性
ここでは「可能性」とは「不確かな物事が起こる確からしさ」、つまり「蓋然性(がいぜんせい、Probability)」の意で利用しています。 読みやすさの観点を重視し「可能性」という言葉に統一するので気をつけてください。 (「可能性」=「確率」と置き換えてもらっても大きな差支えはありません)
・リアルさ
ここでいうリアルさとは英語でいうところの「Plausibility(何となく正そう)」や「Imaginability(想像のしやすさ)」というニュアンスで使っています。 「Reality(空想ではない真実性、現実性)」という意味では使っていませんのでご注意ください。
可能性をリアルさで捉えてしまう
まず最初に1つ問題を出します。 難しく考えたりせずに、感覚で答えて見て下さい:
【問題】九州地方の山間で家が10件倒壊する可能性と、九州地方の山間で大雨による土砂災害が起きて家が10件倒壊する可能性のどちらが高いと思いますか。
直感で考えると、大雨による土砂災害が起きて家が10件倒壊する可能性の方が高そうですよね。
私たちは梅雨などの雨季に九州地方で大雨が降るというニュースをよく目にします。 さらに短期集中的に大雨が降ることが頻繁にあるので、二次災害として土砂災害が起こるのがもはや普通になってきています。
そんな世の中で、大雨による土砂災害で裏山が崩れて家が土砂に埋もれて倒壊する、こうしたことが容易に想像できます。
しかし「大雨による土砂災害が起きて家が10件倒壊する可能性の方が高い」と思ってしまった人、間違っています。 可能性が高いのは間違いなく前者です。 つまり「九州地方の山間で家が10件倒壊する可能性」の方が高いです。
考えてみれば明らかです。 何故なら「大雨による土砂災害が起きて家が10件倒壊する」のであれば、少なくとも「家が10件倒壊する」わけですから。 「大雨による土砂災害が起きて家が10件倒壊する」というのは「家が10件倒壊する」の特別な場合です。
このように考えれば、単に家が10件倒壊する方が可能性が高いことは明らかです。
何故上のように私たちの直感が間違えてしまったのか。 それは可能性をどのくらいリアルに感じられるかで捉えてしまったからです。
漠然と「山間で家が10件倒壊した」と聞いてもなんとなくボヤけてしまいます。 しかし「大雨による土砂災害が起きて家が10件倒壊した」と聞けば、よりリアルで鮮明に感じられ、情景を容易に想像することができます。
そのため無意識のうちにリアルさの大きい後者を可能性が高いと考えてしまい、小学生でもわかる問題に人間は騙されてしまうのです。
何故可能性をリアルさで捉えてしまうのか
何故私たちは上のように可能性をリアルさで捉えてしまうのでしょうか。
これを理解するポイントはまず、人間心理は無意識のうちに「直感的にわかりやすいものを求め、漠然としたものを避ける」傾向にあることです。
頭で容易に想像できて快活明瞭、こうしたものは直感的にわかりやすいと同時に良い印象を持ったり、記憶に残りやすいものです。 逆に小難しくて漠然と抽象的なものに対してはあまり良い印象を持てず、記憶にも残りづらいものです。
例えば論理的に長々と説教臭く話す政治家よりも、多少の論理不整合はごまかしながらきっぱりはつらつと話す政治家の方が頭に発言が残りやすく、良い印象を持ちやすいですよね。
このように私たちは「明瞭で直感的に理解しやすいもの」を無意識のうちに追っていく傾向にあるのです。(参考:Cognitive Ease)
それでは「可能性」と「リアルさ」、どちらが明瞭でわかりやすいですか。 「関東で地震が起きる可能性」は漠然としてわかりづらいですが「関東で最大震度5強の直下型地震が起こり、住居密集地帯で火災が誘発されるリアルさ」は容易に想像できますよね。
「可能性」は非常に漠然とした概念で直感的に扱うことがとても難しいですが、「リアルさ」は想像によって簡単に肌身で感じることができますよね。
よって私たちは「可能性」を無意識のうちに避ける一方、「リアルさ」を無意識のうちに受け入れてしまいがちなのです。
そしてもう一つ大事なのが、こうした無意識の好き嫌いが「可能性→リアルさ」という無意識のすり替えを引き起こすことです。
実は人間は無意識のうちに概念や言葉をすり替えて、自分にとって直感的に理解しやすいものにすり替える習性があります。
例えば経済成長が大分スローダウンしてきた中で「1年後株価はどうか?」と訊かれて「まぁ大丈夫だろう」と答える人。 こういう人の多くはまともに1年後の株価を客観的に考えているのではなく、単純にいまの株価の状態から何となく判断しているに過ぎないのです。
つまり「1年後株価はどうか?」という質問を、無意識のうちに「いまの株価はどうか?」という質問にすり替えてしまっているのです。
理由は1年後の株価なんて基本的に予測不可能でまともな答えようとすると回答に窮するので、それを避けるために無意識のうちに現在の株価という簡単に回答できるものに心理が誘導されるからです。
「可能性→リアルさ」というすり替えも同じようなものです。
例えば前日に日本で飛行機が墜落して200人の乗客乗員全員死亡というニュースが流れた最中、飛行機に乗りたいと思いますか? 本心では乗りたいとは思いませんよね。
飛行機が墜落する可能性はほぼゼロですが、この事故を受けて「飛行機の老朽化が進んでいるのか」などと想像して飛行機が墜落する可能性が現在高まっているのではないかと感じる。 しかし正確な確率はもちろん瞬時に計算不可能。
そうこう考えても飛行機墜落がリアルで鮮明であることには変わりなく、「いまは墜落の危険性が高そうだから乗りたくない」とつい感じてしまうのです。
つまり無意識のうちに「可能性→リアルさ」とすり替えて飛行機の安全性を捉えてしまっているのです。
このように私たちは"可能性"を"リアルさ"にすり替えることを、何の疑問も抱かずに直感的に行っているのです。
最後にポイントをまとめておきましょう:
- 可能性は抽象的で無意識のうちに避ける一方、リアルさは想像しやすいので無意識のうちにリアルさを受け入れてしまう
- そのため無意識のうちに「可能性→リアルさ」とすり替えて判断してしまう
こうした理由によって、私たちは可能性をリアルさと捉えてしまうのです。
関連リンク
・リスクもリアルさとすり替えることで、実際のリスクとの間に大きな隔たりが生じることもあります
・可能性やリスクに対するリアルさを決める要因についてはこちら
→リスクに対するリアルさを形成する要因-Availability heuristicと好き嫌い-
関連ページ
- System1、System2とは-人間心理の最も基本的な分類-
- System2はSystem1の審査人-考えてみようスイッチでSystem2が動き出す-
- System2の2つの弱点-System1のシグナルをSystem2に変換できるか-
- Cognitively Busyとは-不安が負担を生む-
- Ego Depletionとは-感情を押し殺すことの代償-
- System2は使えば使うほどエコに使える-やり始めは何事も大変-
- 複数の作業を同時にこなすと負担が掛かる-Switching costとMixing cost-
- 時間の牢獄から抜け出すことのすすめ-時間を排除し心理負担をなくす-
- 人間の本質は余剰と無駄にある-効率化を求める風潮へのアンチテーゼ-
- 不安を紛らわすバカげた対処法-自分で自分を実況する-
- プライミング効果とは何か-賢くなる上でとても大切な連想能力-
- プライミング効果を英語学習に生かす
- 3分で理解する財務諸表-賢くなるためのプライミング効果活用例-
- 人間が連想能力を持つ理由-進化の過程で身につけた人類繁栄のための知恵-
- プライミング効果による、言葉や表情と気持ちや行動意欲との結びつき
- 確証バイアス(Confirmation Bias)とは-自己肯定や社会肯定の根幹-
- 社会の末期では確証バイアスは我々を地獄に落とす
- 人間の行動は信じることから始まる?-自ら信じられることを能動的に探すことが大切-
- 人間の行動は信じることから始まる?-教養は人間社会で豊かに暮らすための道標-
- 確証バイアスと医者-誤診の裏に自信あり-
- アンカリング効果とは-プロにも働く強大な力-
- アンカリング効果と洗脳-信頼できる情報を積極的に取得せよ-
- アンカリング効果の認知心理的プロセス
- アンカリング効果に潜む二つの要因-不確かさはアンカリングを助長する-
- ランダムなアンカーの魔力-どんなものにも人は意味を見出す-
- 「安く買って高く売る」の解釈とアンカリング効果
- 後知恵バイアス(Hindsight Bias)とは-不当な評価の温床はここにあり-
- 後知恵バイアス×権威とモラルの問題
- Cognitive Easeとは-System1が生み出す安らぎとリスク-
- 単純接触効果(Mere Exposure Effect)とは-繰り返しが与える安らぎ-
- 単純接触効果を学習に応用する-まず量こなせ、話はそれからだ-
- 単純接触効果を学習に応用する-効率を求めず量をこなすことがよい理由-
- 株価を見続けるリスク-Cognitive Ease祭りが中毒症状を引き起こす-
- 実力を運と勘違いする-慢心を防ぎ自らを成長させるための心構え-
- Domain Specificityとは-人間は何と非合理なのか!-
- 人間の本質を満たすために、人間は本質を考えるのが苦手である
- No skin in the gameの許容-Domain Specificityの無視が引き起こす問題-
- Skin in the gameとは-信頼度を測る最適な指標-
- Planning Fallacyとは-何故残念な計画が沢山存在するのか-
- 改善されないPlanning Fallacy-計画の目的はプロジェクトをスタートさせること-
- Norm理論とは何か
- 英語学習のちょっとしたアドバイス-背景を知ることが大切-
- 因果関係を知りたがる気持ちは生まれつき備わっている
- 人間は可能性をリアルさで捉えてしまう
- 想像するリスクと実際のリスクとの間には大きな隔たりがある
- リスクに対するリアルさを形成する要因-Availability heuristicと好き嫌い-
- 人はリアルさでリスクを評価する-地震保険加入比率で見るリスク管理の傾向-
- 人間の重大な欠陥-時が経つにつれて可能性とリアルさとのギャップが広がる-
- 平均回帰の無視-客観的事実を無視して直近を将来に当てはめる-
- 歯のケアと想定外-日常的なものからリスク管理を見直す-
- 帰納とリスク-不確かな分野で歴史を未来に当てはめてはいけない-
- 少数の法則とは何か-人は大数の法則を無視する-
- 少数の法則が私たちに与える影響-コイントスと投資ファンド-
- 仮定がおかしな結果は無意味-統計結果に対する最低限の心構え-
- リスクとDomain Specificity-リスクを考える分野、考えない分野-
- 心理学の知識を詰め込んでも、投資心理をコントロールできるわけではない
- 疑う気持ちが情報に対処するための一番の基本
- 終わりよければすべてよし
- 何故終わりよければすべてよしと考えるのかその1
- 何故終わりよければすべてよしと考えるのかその2
- System2からSystem1にもっていく