アンカリング効果に潜む二つの要因-不確かさはアンカリングを助長する-
アンカリング効果は非常に強力で、どんな人にも知らず知らずのうちに強大な魔力がかかってしまいます。 それではアンカリング効果の魔力を生み出す要因とは何でしょうか。
アンカリング効果が生み出す魔力の2つの要因
アンカリング効果が生み出す魔力の大きな要因は次の2つです:
- アンカー自体のインパクト
- 人は見えないもの、不確かなものを考えるのが苦手であること
一つはアンカー自体のインパクトです。 私たちは基準として最初に示された情報に対して大きな反応をしてしまう生き物です。
私たちが普段会社に行くときに、途中で乗っていた通勤電車が人身事故で止まってしまったら憂鬱な気分になりますよね。 そうするとその後別に嫌なことがなくても憂鬱気分を引きずって、仕事にも集中できずに最悪な一日だと感じるようになります。
人間は突然起こった大きな出来事や、頭の中になかった新鮮なことに対して大きな注目を向けてしまう生き物です。 そのため最初に見せられたアンカーがどうしても強く頭に残ってしまい、アンカーから生まれる連想によって頭が支配されやすくなるのです。
もう一つは人は見えないもの、不確かなものを考えることが苦手であることです。 例えば私たちは「景気が回復している」というニュースを聞いたとき、ニュースに書いてある内容はすぐに理解することができます。
しかしニュースには書いていないこと、例えば「経済構造の改善による景気回復なのか、それとも外国人投資家が株を買い越しているだけの"偽りの"景気回復なのか」とか「これから不況になるリスクや可能性はないか」といったことを考えようとしてみてください。 途端に頭がこんがらがって埒があかなくなります。
人は目に見えないこと、不確かなものを直感的に考えることができません。 こうしたものを扱うためには、意識的にSystem2を使う必要があります。
しかしSystem2を使うにはそのためのライフを消耗する必要があり、頭に負担が掛かるので怠け者の人間は中々System2をうまく扱えません(→詳細はこちら)。 しかも見えないことや不確かなものは、特にSystem2のライフ消耗が激しいので尚更です。
こうしたことから人は見えないもの、不確かなものを考えるのが苦手なのです。
「アンカー自体のインパクト」と「人は見えないもの、不確かなものを考えるのが苦手である」によって、「アンカーによって生み出す情報によって判断が決まりやすくなる」というアンカリング効果の説明ができます。
アンカーのインパクトによってアンカーが頭の中に強烈にセットされると、上にも書いた通りに人はアンカーに関連する物事を連想しやすくなります。
例えば「人身事故」というアンカーがセットされると、"憂鬱"とか"頭が痛い"といったネガティブなワードや気持ちを連想しやすくなります。 そうすることで、無意識のうちに頭や心が"アンカーとそれに関連するもの"に侵されます。
人はいま頭に浮かんでいるものや確実なものを引っ張ることは大得意ですが、頭に浮かんでいないもの、不確かなものを引っ張ることは苦手です。
こういうことを総合して、アンカーによって生み出す情報によって判断が決まりやすくなってしまうのです。
不確かであればあるほどアンカーは貴重な情報
「アンカーのインパクト」と「見えないもの、不確かなものを扱うのが苦手な人間の性質」がアンカリング効果を生み出す大きな要因だと話しました。
ここから言えることは、「不確かであればあるほどアンカーは貴重な情報」であるということです。
私たちは将来や答えがわからない不確かな状況に対して、無意識のうちにアンカーにすがりつく傾向にあります。
その一例が交渉の場です。 交渉というのは不確かな事案に対してお互い妥協点を見出すための場です。 (不確かでなければそもそも交渉なんてする必要がありません)
交渉の当事者たちは当然、自身の交渉プランや目標といった個人の願望は持っています。 しかし相手のことはわからないため、どういった交渉プロセスを辿るかやどういった決着を見るかはやってみないとわからない不確かなことです。
こうした不確かさ満載の交渉の場での鉄則は"先手必勝"です。 先に自分の願望、例えば「御社の子会社を1億円で買収したい」と言うのです。 そうすれば、相手の願望である「子会社を10億円で売却したい」気持ちを抑えて「1億円」というのが交渉の場でアンカーになり、自分は有利になれます。
相手の願望が「子会社を10億円で売却したい」であったとしても、これは所詮は願望で10億円は根拠のある数字ではありません。 そのため「1億円」というアンカーによって、相手の気持ちが大きく揺らぐことになります。
「うちの子会社が1億円でしか評価されないだと!?バカな!」、「しかし競争が激しく収益性に問題があることは確かだ...」といった、自分の子会社の粗探しをしやすくなります。
こうして子会社を10億円で売却したいという願望が薄れていき、「1億円」という安いアンカーから生じるネガティブな情報に頭が支配されやすくなるのです。
他に何か印象深い情報があればアンカー以外にも人はそちらに意識を向けられますが、いかんせん交渉の場は不確かなものですから他に注目できる情報はあまりありません。 そのため嫌でも「1億円」というアンカーが交渉の場を支配しやすくなるのです。
不確かさに満ちあふれているためにアンカーにすがりつきやすくなる場は、何も交渉の場だけではありません。 それは世の中です。
例えば借金だらけで、将来に大きな不安を抱えている国があるとします。 そうした不安だらけの国で、ニュースで首相や大統領が直々に「いますぐ財政破たんすることはない」と話しているのを聞くや否や、この前向きなニュースがアンカーとなって多くの国民に印象深く残ることになります。
そうして「まだこの国は大丈夫」と期待して、資産の一部を外貨や実物資産に替えるといった最悪を想定した準備もせずに、世の中に期待することとなります。 そんな折、突然ニュースで国の財政破たんが伝えられて、物価は急上昇し自国通貨は暴落、物は買えない仕事もない...
こうした人たちはまさに"洗脳された真の情報弱者"。 アンカリング効果はこうした多数の"洗脳された真の情報弱者"を知らず知らずのうちに生み出すことも説明されてしまいます。
直感に反するかもしれませんが、私たちは世の中が不確かであればあるほど、情報を鵜呑みにせずに、自分で考えて自分で行動することが大切なのです。
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・ランダムな数字、こういった無意味なものに対してもアンカリング効果は働いてしまうのです。
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