人間の本質を満たすために、人間は本質を考えるのが苦手である
人間には特定の状況によって言動や感情がコロコロ変わり、ときに矛盾した行動すら引き起こす、Domain Specificityと呼ばれる性質があります。
Domain Specificityの一つの特徴は、複数の物事に共通した本質を考えるのが苦手であることです。 こうしたことを皆さんに実感してもらうため、まずはちょっとしたクイズを解いてもらいましょう。
Wasonの4枚カード問題
私たちが無意識のうちに物事を共通化して考えられないことを示す有名な問題に「Wasonの4枚カード問題」があります。 では早速次の二つの問題に答えて見て下さい。
【問題1】 表にはアルファベットが、裏には数字が書かれているカードがあります。 このカードのうち、いまテーブルの上に4枚のカードが置かれています。 「E、6、K、9」の4種類です。
あなたはこのカードには次のルールがあると聞かされます: 「表に母音が書かれているカードの裏の数字は偶数である」
このルールが正しいかどうかを確かめるために、上の4種類のカードのうち少なくともどのカードをめくって確かめれば十分でしょうか。
【問題2】 あなたは居酒屋のオーナーです。 未成年者の飲酒を防ぐ気持ちが強い、近年まれに見るまっすぐな性格をしたオーナーです。
いまあなたの居酒屋に4人が客がいて、あなたは客に関する次の情報を知っています:
- ビールを頼んだ年齢不詳の客
- 21歳の客
- ウーロン茶を頼んだ年齢不詳の客
- 19歳の客
未成年者の飲酒を防ぐために、あなたは4人のうち少なくとも誰に尋ねる必要があるでしょうか。
この問題を解いた感触はどうだったでしょうか。 おそらくほとんどの人は問題1を答えるのには時間が掛かり、問題2はすぐに答えがわかったと思います。
正解は問題1は「E、9」で、問題2の答えは「1人目と4人目」です。
さてここからが本題です。 実は問題1と問題2、二つの問題は本質的に「全く同じ」であることにお気づきでしょうか。 おそらくほとんどの人は全く気付いていないことと思います。
問題1で「母音か子音→アルコールを飲んでいるか飲んでいないか」、「偶数か奇数→成年か未成年か」と置き換えてください。 そうすると問題1が問題2にそっくりそのまま変わることにお気づきになるでしょう(回答も順番通りにそっくりそのまま置き換わります)。
このように本質的には全く同じ問題にかかわらず、私たちは中々それに気づくことができないのです。 しかも問題2はすんなり答えられるのに、問題1は頭を使えないと解けないのです(問題1は答えを間違えた人もいるかと思います)。
これは私たちのDomain specificityという性質を裏付けています。 本質は同じ問題なのに、それぞれ使う頭が全く違うのです。
問題2は日常的にありふれていて、具体的にイメージしやすいシチュエーションです。 こういったものは人間の直感を司るSystem1によって感覚的にわかるので、すんなりと答えが出せます。
しかし問題1は抽象的でイメージしにくいものです。 人間の直感に関わるSystem1は元々抽象的な物事を考えることが苦手です。
数学の経験があるなど、普段から論理的に考える訓練をしてきた人でない限りはSystem1だけで対処するのは難しいです。 意識的な思考に関わるSystem2によって頭を使って考えないといけないのです。
よって私たちのSystem1は、あらゆる共通の問題を同じように考えることはできないのです。 一つ一つ考えることは出来ますが、本質は同じでも全く別だと考えてしまうのです。
それとそもそもですが、System1は本質を抜き出すことが苦手であることも付け加えておく必要があります。
問題1と問題2が実は本質的に同じだと気づいた人もごく少数いると思いますが、それを一瞬のうちに見抜けたでしょうか。 ちゃんと見抜けた人も、少し意識的に考えた末に気づいたのではないでしょうか。 (ちなみに私もこの問題を初めて見たとき、本質的に同じであることは気づきませんでした)
表層部分が変わるとたちまち別のものであると瞬時に判断してしまい、本質的な部分は簡単に見逃してしまう。 それが人間なのです。
本質をすぐに見つけ出せないことのプラスの側面
本質は同じなのに別々に感じてしまう、これは何とも残念な人間の性質です。
しかし本質的なところを直感的に見つけることが苦手であることは、見方を変えればプラスに作用しているとも考えられます。
それは人生に退屈しないことです。
本質的な部分をすぐに見つけだすことができないからこそ、いろいろな経験が楽しくなるのです。 見せ方を変えられるだけで別々だと思えることによって、私たちは新しく触れたものに対して常に新鮮で刺激的な印象を感じられるのです。
例えばネットや本でいろんなお金を儲けるための情報を見ても、結局これらすべての情報の本質が「ローマは一日にして成らず」だということを一瞬のうちに認識出来たらどうですか。
はっきり言ってつまらないですよね。 みんな結局本質は同じ事を言っているのですから、何の変わりも感じられなくなるのですよ。
新しく本を読んだとき、本の内容を全部自分が知っているものだったらものすごくがっかりしますよね。 もし人間が本質を一瞬で見抜く能力を持っていたら、きっとこうしたがっかり感を常に感じることになっていたでしょう。 これってものすごく退屈ですよね。
私たちはお金を儲けるための具体的な方法、成功に至るまでの道筋、文章の表現方法などが人によって千差万別だからこそ、いろいろな情報を見ても楽しく新鮮に感じられます。 本質を見抜くのが苦手だからこそ、世の中の多様性を楽しめているのです。
こう考えれば本質を考えるのが苦手である人間の愚かさも、私たちに生きがいを与えるための能力と見ることができます。 そして生きがいを感じられることはある意味で人間の本質です。
"人間の本質を満たすために、人間は本質を考えるのが苦手である。"
何だかパラドックスな感じがしますが、こういうところも人間らしいとは思いませんか。 人間非合理なんですから。
関連リンク
・人間は立場によって平気で言動を変えることができる生き物なのです
→No skin in the gameの許容-Domain Specificityの無視が引き起こす問題-
・自らの言動にどの程度のリスクを背負っているか、これこそが人間の信頼度を測る最適な指標です
→Skin in the gameとは-信頼度を測る最適な指標-
・人間の非合理性を象徴するDomain Specificityとは何か
→Domain Specificityとは-人間は何と非合理なのか!-
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