複数の作業を同時にこなすと負担が掛かる-Switching costとMixing cost-

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複数の作業を同時にこなすと負担が掛かる-Switching costとMixing cost-

   私たちは仕事を行うときなど、当たり前のように複数のタスクを同時にこなしています。 誰でもメインの仕事をこなしながらメールが来たら即対応することで、複数のタスクを同時にこなしているわけです。 複数のプロジェクトに参画している有能な人もたくさんいることでしょう。


   またパソコンで作業を行うとき、一つのディスプレイに表計算ソフトやエディタなどを同時起動して、Alt+Tabで画面を忙しく切り替えている人もいることでしょう。


   ITの発達や少子化による労働人口の減少によって、一人が様々なタスクをこなすことが増えてきた昨今。 しかし複数のタスクを頭を切り替えながら同時にこなすことは、心理学的に負担が掛かることが知られています。

タスクを行う前に必要なタスクセット

   私たちが仕事や勉強など意識的な行動を集中して行う前には必ず"タスクセット"が必要になります。 「一日30個の英単語を覚える」「今日中にプレゼン資料を完成させる」といったタスクを頭の中に設定する必要があるのです。


   タスクセットを行うときには私たちの頭には負荷がかかります。 例えばいますぐ私がサイトにアップしている記事数を今すぐ数えてみてください。 本当にやってみてください(→サイトマップ)。


   ・・・


   どうでしょうか、ちょっとでも数えようとするだけで一気に頭の荷が重くなってイライラしてきませんか? あっ、もちろんもう数えてもらわなくて結構ですよ。 本当にやってくれてわざわざありがとうございました。


   これがタスクが頭の中にセットされたという証拠です。 タスクセットをするためにはSystem2を意識的に働かせる必要があるため、頭の中が重くなってしまうのです。 特にいきなりアップしている記事数を数えるといった慣れないタスクをセットすると、一気に頭がズシーンと重くなります。


   タスクセットを直感的に理解するためには、リュックの中に荷物を入れる行為を考えてみるのが良いです。 リュックを私たちの脳みそ(認知心理学的には"Working memory"と言います)、リュックに荷物を入れる行為をタスクセットだと思ってください。


   リュックに靴とか水筒とか入れるときって疲れますよね。 こうしたリュックに荷物を入れるときの疲れがタスクセットするときの疲れなのです。

タスクを切り替えることの3つのコスト

   いまタスクセットをするときにはエネルギーが必要であることを話しました。 しかしタスクに関してエネルギーを使うのは、何もタスクセットの時だけではないです。


   私たちは複数のタスクを切り替えたり、複数のタスクをセットしたまま一つのタスクをこなそうとすると、頭の負担が増えてミスも多くなってしまうのです。


   こうした負担に関して、心理学的に次の3つのコストがあることが知られています: (2番目のコストは実質1番目の特別なものです)


  1. Switching cost(切り替えコスト)
  2. Residual cost(残余コスト)
  3. Mixing cost(混合コスト)

   それではこの3つのコストについて説明しましょう。


   ※上の3つのコストの日本語訳は、正確な日本語名がわからなかったため私が独自に訳したものです。 日本語名は専門的に正しくない可能性がありますのであらかじめご了承ください。

1. Switching cost

   Switching costとは文字通りの切り替えコストのことです。 メインの仕事に没頭しているときに要返信のメールが届いた時に、頭を仕事モードから返信モードに切り替えようとするとイライラしたり、頭が混乱したりしますよね。


   このようにタスクを切り替えるときには頭に負担が掛かります。 この負担のことをSwitching costと言うのです。


   Switching costを直感的に理解するために、先ほどのリュックの例を再び考えてみましょう。 Switching costとは、既に荷物でいっぱいのリュックの中身を一度すべて取り出してから新しい荷物を入れるときのエネルギーのようなものです。


   リュックの中身をすべて取り出してから、新しい荷物を入れなおすのってどうですか? めちゃくちゃ面倒臭いですよね。


   特に荷物をすべて取り出すのが面倒くさいですよね。 最初から空のリュックに荷物を入れるならまだしも、リュックを見たら前の登山のときに持っていった荷物がそのまま入っていたら最悪ですよね。


   これがSwitching costです。 リュックを詰めなおすときの面倒臭さが、私たちが頭の中でタスクを切り替えるときにも同じように成り立つのです。


   Switch costは難しいタスクをこなしている人に簡単なタスクを依頼するときに特に大きくなります。


   例えばある実験で、バイリンガルの人に数字を見せて母国語と得意な外国語でそれぞれ答えさせました。 すると母国語で答えた後に外国語で答えるよりも、外国語で答えた後に母国語で答える方がより時間が掛かったのです。


   私も似たような経験があります。 リスニングの勉強のために数時間英語のニュースを聞いたあとに日本語のニュースを聞くと、10秒くらい日本語が英語のように聞こえて日本語が全く聞き取れなかったことがあります。


   意外に聞こえるかもしれませんが、次のような例を考えれば難しい→易しいへの切り替えに時間が掛かることをすんなり納得できることでしょう:


  • 集中して仕事に没頭したいときに、総務から書類の不備があったため早急に書類を直してほしいと言われるとイライラする
  • 仕事や勉強を頑張っている最中の息子に対して、母親がちょっと会話しようと声を掛けたら「うるさい、黙っててくれ」と真顔でキレられる
  • 一旦将来の不安を真剣に考えてしまうと、中々気持ちを切り替えられない

   以前の記事でCognitively Busy状態というものを紹介しました。 Cognitively Busyとは何か一つの物事に意識があるために、中々別の物事に意識を持っていきにくい状態のことでしたね。


   上のことは、人は難しいことを考えれば考えるほど強いCognitively Busy状態になりやすいことを意味します。 人は一度難しいこと、肉体的にも精神的にも負担が大きいことを始めてしまうと、中々簡単なことを考えられなくなる生き物なのです。


   難しい→易しいへの切り替えがしにくいことの原理を直感的に理解するために、ここでもリュックの例えが役に立ちます。 簡単なタスクは軽い荷物、難しいタスクは重い荷物だと思いましょう。


   簡単なタスク→難しいタスクに切り替えることは、軽い荷物を取り除いた後に重い荷物を入れなおすこと。 一方難しいタスク→簡単なタスクに切り替えることは、重い荷物を全部取り出した後に軽い荷物を改めて入れることです。


   どっちが精神的にキツいですか? 軽い荷物を入れるためにわざわざ重い荷物を取り出す方が気持ち的に萎えますよね。 これが言わんとしていることです。

2. Residual cost

   Residual costとはタスクを切り替えることによってどうしても発生してしまうコストのことです。


   Residual costを説明するためには、上のSwitching costについてもう少し説明しないといけないことがあります。 それは準備期間を与えることでSwitching costを減らすことができること。 タスクを切り替える猶予を与えてあげると多少はSwitching costを緩和させることができるのです。


   仕事に没頭している最中に「16時からの会議用の資料を早急に作れ!」と言われていきなり作業を切り替えると、物凄く嫌な気分になりますよね。


   それに比べて会議まで時間があるときに「キリが良いところで16時からの会議用の資料を作ってくれないか?焦らなくていいから。」と言われれば、気持ち的にはまだ楽です。 頭を切り替える準備をちゃんとして会議用資料の作成に取り掛かれますから。


   しかしそれでも実際にいままでの仕事を止めて資料作成に取り掛かろうとすると、ちょっと気持ち悪い感じが残ります。


   このようにある程度の猶予があれば、Switching costをある程度緩和させることができます。 しかし残念ながらこうした負担を完全になくすことはできません。 このなくすことが出来ずに残ってしまった負担のことをResidual costと言うのです。


   心理学の実験からたとえ簡単なタスクに対しても、タスクを切り替えることによる無視できない大きさのResidual costが生まれてしまうことが知られています。


   つまり私たち人間はどんな策を講じようとしても、作業を切り替える負担を完全にゼロにすることはできないのです。

3. Mixing cost

   Mixing costとは、複数のタスクを同時並行的に行った時に生じるコストのことです。 同じタスクでも、集中して一つのタスクを行うことに比べて、他のタスクと並列に切り替えて仕事をすると時間が掛かるし仕事のミスも増えるのです。


   例えば普段仕事をしていると、メインのタスクをこなしながら常にメールに気を配らないといけません。 特にメールのやり取りをしている最中は、例えメールを受信したときに知らせてくれる機能を設定しても、何かとメールの方にチラチラ意識を向けてしまいます。 この時点でMixing costが掛かってしまっています。


   私もITの仕事をしていますが、平日はメールの返信や突発的な資料の作成に追われて全く本来の仕事に集中できず、休日出勤して本来の仕事を集中してなんとか仕事をこなす人を何人も見ています。 彼らはまさしくMixing costの被害者なのです。

ちょっとだけ独り言...

   上の3つのコスト(Residual costはSwitching costの特別なものなので、実質2つ)から言えることは、私たちが複数の作業を同時にこなすときの負担は絶対に免れることができないことです。


   複数の作業を同時並行的にこなすだけでMixing costが掛かりますし、さらにタスクを切り替えるときに毎回Switching costが掛かるため、ダブルパンチで影響を受けてしまうのです。


   数学的に表現すると「(Mixing cost) + N * (Switching cost) (Nは切り替える回数)」だけ負担がかかるとでも言えるでしょう(この表現に科学的根拠はありません)。


   残念ながらITの発達や人手不足により、一人が複数の仕事をこなすのがだんだん当たり前になってきています。 私のIT会社でも管理職と開発を同時にこなす人が普通にいるくらいです。


   これがどういうことを意味するのかと言うと、Mixing costとSwitching costを受けやすい世の中に変わってきているということです。


   そこで世の中で普通に働くにはMixing costとSwitching costを減らす工夫が必要になってくるでしょう。 よく「優先順位をつけて仕事をすること」を勧める人がいますが、これはSwitching costとMixing costを出来るだけ減らすための知恵だといえます。


   しかしこのように優先順位をつけて一方通行的に作業をすることは、物事を行っていくうちにいろいろとアイデアが広がっていくクリエイティビティ、セレンディピティ的な考えに反することにもつながりかねません。


   優先順位をつけて仕事をこなすことは「タスクを効率よくこなす」だけにとどまり、範囲を超えた作業を社員が自発的に行う自由が制限されてしまう可能性があるからです。


   ITが発達してクリエイティビティの重要性が叫ばれる一方で、ITの発達によりMixing costとSwitching costが増大してクリエイティビティを発揮しにくい世の中になっている。 何たる皮肉なものです。


   管理者がタスクを細かく分けて複数のタスクを社員にやらせるのではなく、社員全員が仕事の全体像を共有して必要なタスクを社員自ら発見して行動していくことが、Switching costやMixing costを減らしつつクリエイティブな仕事を行うためには必要なのではないでしょうか。

参考文献

   Stephen Monsell, "Task switching" (2003)

関連リンク

   ・無駄な心理的負担を少しでも抑えるために、時間を排除するのはいかがでしょう

   →時間の牢獄から抜け出すことのすすめ-時間を排除し心理負担をなくす-


   ・効率を求め過ぎず、ときに無駄に思えることもやっていくことが大切です

   →人間の本質は余剰と無駄にある-効率化を求める風潮へのアンチテーゼ-


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