リスクとDomain Specificity-リスクを考える分野、考えない分野-
私たちがリスクを抑える上で重要なのは「最悪な結果を引き起こさないように準備」することです。
しかし私たち人間はフィールドによって最悪な結果を十分に念頭に入れて行動する、最悪な結果を「あり得ない」とバッサリ切ってリスク管理が甘くなる二つが入り混じっています。
つまりリスクに対してもDomain Specificityが働いているのです。
想定外を防ぐ分野、防がない分野
想定外を防ぐ行為を積極的に行っている例が航空業界です。
飛行機に乗る前に必ず荷物チェックが行われます。 飛行機の搭乗者からすれば荷物チェックはものすごく面倒臭いし煩わしいものです。 しかも飛行機に持ち込み不可のものも多いため、その場で没収なんてこともあって嫌なものです。
面倒な荷物チェックを行っているのは、もちろんテロの防止のためです。 2001年にアメリカで起こった同時多発テロで3000人以上の犠牲者を出してから、テロを防止するために航空業界におけるリスク管理が国際的に根付いたのです。
テロが起きる可能性は極めて少ないです。 特定の場所で1日の間にテロが起こる確率なんて、1%どころではなくもっともっと低いです。
しかしどんなに大規模なテロが発生確率が低かろうとも、もしもまた同時多発テロに匹敵する事故が起きたらどうでしょうか。 また甚大な犠牲者が出ますし、以前のように新たな戦争の引き金になり長期的に多大な犠牲者を出すかもしれません。
さらに(これが一番の目的でしょうが)搭乗者が減って航空会社の収益の大幅な減少にもつながります。
こうした考えのもと、各航空会社はどんなにテロの発生確率が低かろうが、限りなくテロが起こる確率を0にするために搭乗者に面倒な荷物チェックをわざわざ行っているのです。
一方で確率にばかり目を向けて、最悪な出来事が起こった時のことを想定しない分野があります。 それは金融分野です。 金融分野では確率・統計といった数学を使って金融に関するモデルをつくって、リスク評価を行うことがよく行われています。
しかしどんなに金融モデルが数学的に正しくても、モデルが現実世界を正確に映し出していない限りモデルと現実との乖離が生まれます。 そしてこうした乖離がときに想定外な最悪な出来事を引き起こして、金融危機を引き起こすのです。
例えば1990年代にLTCMという投資ファンドがありました。 ノーベル経済学賞を受賞した天才も集う投資ファンドであったLTCMは、確率や統計を駆使した独自の数学モデルをもとに、巨額の資金を投資してトレードを行っていました。
その数学モデルによると、万が一のことが起こって破綻する確率は0%でした。 しかしLTCMは1997年に起きたアジア危機と呼ばれる、アジアの通貨が軒並み暴落する出来事が引き金となり一気に資金繰りに苦しくなり、1998年に破綻してしまったのです。
破綻した理由はもちろん、使用した数学モデルが現実世界を反映しなかったからです。 数学モデル上想定していなかったアジア危機という問題が起こったことで、もはや数学モデルは何の役にも立たなくなって一気に歯車が狂ったのです。
リスクとDomain Specificity
上の例からもわかるように、私たちは最悪なことを想定する分野とそうでない分野が存在します。
結局私たちは、分野ごとのイメージ、リアルさによってリスクを考える生き物でしかないのです。
飛行機の搭乗チェックがここまで厳しいのは、いまだに中東やアフリカで過激派組織が活発に動いているからです。 ニュースでも頻繁に取り上げられるので、私たちの頭に過激派組織によるテロというイメージが根付いてしまっているのです。
しかし金融分野ではリスクに対するリアルさというのはいつしか風化されてしまいます。 何故なら一度金融分野で大失敗を犯した人物は追放されるか、精神的に病んで自ら身を引くものだからです。 そのため過去の大惨事は金融分野に根付くことなく、単なる一つの歴史として捉えられるに過ぎなくなってしまうのです。
一方でその間に若くて自信満々なファンドマネージャーや個人投資家といった、新規プレーヤーがどんどん金融市場に参入していきます。
彼らは上のような金融危機によって大ダメージを受けた経験がないため、「俺だったら大丈夫」という自信に満ち溢れています。 こうしたリスクを直接受けていない、アグレッシブで無鉄砲なプレーヤーたちがどんどんリスクを取ることによって、数年経ってまた金融危機が起きるのです。
金融分野に携わる人は、何故か自信満々な人が多いです。 「自分だったらマーケットに勝てる」「この数学モデルにに従えば絶対に間違いはない」、こうした気持ちが根付いているために、「もしも想定外の出来事が起こったら...」なんて疑う必要性すら感じていない人が多いのです。
このように私たちは各分野のイメージによって、リスクに対する考え方がまったく違うのです。 各分野のリアルさによって、リスクに対するDomain Specificity性が働いているのです。
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