リスクに対するリアルを形成する要因-Availability heuristicと好き嫌い-

投資ブログへのリンク

リスクに対するリアルさを形成する要因-Availability heuristicと好き嫌い-

   今回は私たちが想像したり感じたりする可能性やリスクはどのようにしてその強さが決まるのかについてです。


   私たちが直感的に感じる可能性やリスクは実際の可能性やリスクとかけ離れる場合があります。 可能性やリスクを無意識のうちに「リアルさ」で評価する傾向にあるからです。


   それではこうした「リアルさ」はどういったことから形成されるのでしょうか。 今回は可能性やリスクに対するリアルさを形成する要因について、いくつか説明していきます。


   ※「可能性」、「リアルさ」という用語は独自の意味合いで使用しているのでご注意ください。 それぞれの意味についてはこちらをどうぞ

Availability heuristicとリスクに対するリアルさ

   リスクに対するリアルさにおそらく最も影響を与えるのが、私たちの頭の中に強く鮮明に植えつけられた物事です。 強く鮮明に植えつけられた物事をリスク判断の際に無意識のうちに頭から引っ張り出しているのです。


   私たち人間にはAvailability heuristicと呼ばれるルール(ヒューリスティック)が備わっていることが知られています。


   Availability heuristicとは私たちが意思決定を行う際に、パッと頭に浮かんだものを判断基準に利用するという人間に生まれつき備わっているルールのことです。


   つまりリスク判断の際に、頭に残っている鮮明な出来事がAvailability heuristicによって無意識のうちに引き出されているのです。


   例えばニュースで連日中国の脅威を伝えられている最中に中国人の印象に関する世論調査が行われると、決まって中国人に対して悪い印象が高かったり高まっているものです。


   これはまさにAvailability heuristicによるものです。 マスコミによって中国の悪いところばかり連日報道されることで、無意識のうちに中国の悪い部分が頭の中に残ってしまう。


   これにより「中国」というワードを聞くだけで、Availability heuristicが働いて中国に関するネガティブなことを瞬時に思い出して、中国や中国人に対する嫌悪感や脅威を抱いてしまうのです。 中国や中国人に対する事実をほとんど知らないにも関わらず。


   リスク判断に無意識のうちに利用する、頭の中に鮮明に残る出来事や物事は何もメディアからのニュースだけではありません。 自ら経験した出来事や、影響力の大きい人物による発言といったものも頭の中に鮮明に残りやすいものです。


   こうしたものによっても、私たちのリスクに対する感覚、リアルさも変わっていき、行動にも影響を与えていくのです。 例えば次のようなものです:


  • 上司が「うちの会社はもうこの先何年持つかどうか...」というのを聞くと、将来が不安になる
  • 直近に大きな地震を経験した後に、地震保険への加入を検討する(→参考)
  • 一度株で失敗すると、株が怖くて出来なくなる

   上のようなリスク判断は必ずしも妥当だとはいえません。


   上司が「うちの会社は持たないかも...」といっても、もちろん会社が倒産する根拠にはなりません。 直近に大きな地震を経験した後に地震保険への加入を検討するのは悪いことではありませんが、本来であれば地震が起きる前から検討すべきものです。


   また株で失敗しても、失敗を糧にしてもう一度真剣に取り組めば今度は上手く行くかもしれません。


   しかしそれでも私たちは鮮明に残る記憶によってリスクを判断してしまい、決して合理的とは限らない思考や行動をとってしまうのです。

好き嫌いでリスク判断が変わる

   また私たちは好き嫌いでリスクを判断する傾向があります。 好きなものはリスクが少ないと判断し、逆に嫌いなものはリスクが高いと判断する傾向にあるのです。


   例えばゲームのリスク。 ゲームをほとんどしたことがない両親なんかは「ゲームをすると目が悪くなるからやめろ」「ゲームをするとバカになるからやめたほうがよい」という、ゲームに関するネガティブな側面ばかり指摘してきます。


   逆にゲームをしてきた若者は「ストレス解消も大事」「ゲームをすると脳が活性化するから良い」「実際にゲームをすると状況判断力が養われる気がする」など、ゲームのポジティブな側面にスポットを当てて擁護する傾向にあります。


   こうした傾向は単純にゲームの好き嫌いによるものが大きいです。 ゲームが好きな人はゲームのリスクをあまり考えない傾向にあって、ゲームが嫌いな人はゲームのリスクを探そうとする傾向にあるのです。


   原理は単純です。 好きなものに対しては無意識のうちに好きなもの、ポジティブなものを連想する傾向にあります。 その結果リスクに対しては自然と無頓着になってしまう。


   逆に嫌いなものに対しては無意識のうちにあら捜しをするような連想をしてしまうので、結果としてリスクのある部分に多くのスポットを当ててしまう。 よって「悪い、リスクが高い」というリアルさを感じてしまうのです。(参考)


   好き嫌いによってリスク判断が変わるというのは、分野によっては非常に危険なことです。


   その典型が国家に対する好き嫌い。 国民全体が国家に対して好意的な感情をあまりにも持ちすぎてしまうと、国家に対する監視が緩んで逆にその国家に大きな禍根を生み出す事だってあるのです。


   最悪のケースはナチスドイツ。 第二次世界大戦やユダヤ人大虐殺の大戦犯として知られるナチスドイツですが、実はこうした残虐行為が起こなわれる背景にはドイツ国民のナチスドイツに対する圧倒的な支持がありました。


   ヒトラーが独裁政権を発足させた当時はナチスに対する支持が9割にも上っており、国民の大多数が自国ドイツに対して好意的な印象を持っていたことをうかがわせます。


   またヒトラーが就任してからは、過去にハイパーインフレも経験して疲弊しきったドイツ国内の経済、雇用問題が改善されていったので、ドイツ国民は政権に対してますます好意的だったことでしょう。


   その結果ドイツ国民の政権への監視能力が著しく弱まり、ナチスが悲劇への準備を粛々と行うことができた... 人間心理を考えると、こうした見方だって出来てしまいます。


   国家権力が長い間国民の声に応え続けるというのは歴史上ありません。 一時的に国家が良い施策を行ったからといって、それによって国家に絶対的な好意を寄せることは、国家に対する監視能力を弱らせて国家の暴走を助長することにつながり得るのです。


   好き嫌いによってリスク評価が変わるという人間の性質は、非常に大きな過ちを生む原因となることをぜひ覚えておいてください。

関連リンク

   ・リスクをリアルさで評価することで、突然の大きな出来事にうろたえて人生に大きな惨禍を残す可能性が高まります

   →人間の重大な欠陥-時が経つにつれて可能性とリアルさとのギャップが広がる-


▲System1、System2関連記事一覧に戻る▲

アボマガリンク


アボマガ・エッセンシャル(有料)の登録フォームこちら


アボマガお試し版(無料)の登録フォーム


このエントリーをはてなブックマークに追加   
 

関連ページ

System1、System2とは-人間心理の最も基本的な分類-
System2はSystem1の審査人-考えてみようスイッチでSystem2が動き出す-
System2の2つの弱点-System1のシグナルをSystem2に変換できるか-
Cognitively Busyとは-不安が負担を生む-
Ego Depletionとは-感情を押し殺すことの代償-
System2は使えば使うほどエコに使える-やり始めは何事も大変-
複数の作業を同時にこなすと負担が掛かる-Switching costとMixing cost-
時間の牢獄から抜け出すことのすすめ-時間を排除し心理負担をなくす-
人間の本質は余剰と無駄にある-効率化を求める風潮へのアンチテーゼ-
不安を紛らわすバカげた対処法-自分で自分を実況する-
プライミング効果とは何か-賢くなる上でとても大切な連想能力-
プライミング効果を英語学習に生かす
3分で理解する財務諸表-賢くなるためのプライミング効果活用例-
人間が連想能力を持つ理由-進化の過程で身につけた人類繁栄のための知恵-
プライミング効果による、言葉や表情と気持ちや行動意欲との結びつき
確証バイアス(Confirmation Bias)とは-自己肯定や社会肯定の根幹-
社会の末期では確証バイアスは我々を地獄に落とす
人間の行動は信じることから始まる?-自ら信じられることを能動的に探すことが大切-
人間の行動は信じることから始まる?-教養は人間社会で豊かに暮らすための道標-
確証バイアスと医者-誤診の裏に自信あり-
アンカリング効果とは-プロにも働く強大な力-
アンカリング効果と洗脳-信頼できる情報を積極的に取得せよ-
アンカリング効果の認知心理的プロセス
アンカリング効果に潜む二つの要因-不確かさはアンカリングを助長する-
ランダムなアンカーの魔力-どんなものにも人は意味を見出す-
「安く買って高く売る」の解釈とアンカリング効果
後知恵バイアス(Hindsight Bias)とは-不当な評価の温床はここにあり-
後知恵バイアス×権威とモラルの問題
Cognitive Easeとは-System1が生み出す安らぎとリスク-
単純接触効果(Mere Exposure Effect)とは-繰り返しが与える安らぎ-
単純接触効果を学習に応用する-まず量こなせ、話はそれからだ-
単純接触効果を学習に応用する-効率を求めず量をこなすことがよい理由-
株価を見続けるリスク-Cognitive Ease祭りが中毒症状を引き起こす-
実力を運と勘違いする-慢心を防ぎ自らを成長させるための心構え-
Domain Specificityとは-人間は何と非合理なのか!-
人間の本質を満たすために、人間は本質を考えるのが苦手である
No skin in the gameの許容-Domain Specificityの無視が引き起こす問題-
Skin in the gameとは-信頼度を測る最適な指標-
Planning Fallacyとは-何故残念な計画が沢山存在するのか-
改善されないPlanning Fallacy-計画の目的はプロジェクトをスタートさせること-
Norm理論とは何か
英語学習のちょっとしたアドバイス-背景を知ることが大切-
因果関係を知りたがる気持ちは生まれつき備わっている
人間は可能性をリアルさで捉えてしまう
想像するリスクと実際のリスクとの間には大きな隔たりがある
リスクに対するリアルさを形成する要因-Availability heuristicと好き嫌い-
人はリアルさでリスクを評価する-地震保険加入比率で見るリスク管理の傾向-
人間の重大な欠陥-時が経つにつれて可能性とリアルさとのギャップが広がる-
平均回帰の無視-客観的事実を無視して直近を将来に当てはめる-
歯のケアと想定外-日常的なものからリスク管理を見直す-
帰納とリスク-不確かな分野で歴史を未来に当てはめてはいけない-
少数の法則とは何か-人は大数の法則を無視する-
少数の法則が私たちに与える影響-コイントスと投資ファンド-
仮定がおかしな結果は無意味-統計結果に対する最低限の心構え-
リスクとDomain Specificity-リスクを考える分野、考えない分野-
心理学の知識を詰め込んでも、投資心理をコントロールできるわけではない
疑う気持ちが情報に対処するための一番の基本
終わりよければすべてよし
何故終わりよければすべてよしと考えるのかその1
何故終わりよければすべてよしと考えるのかその2
System2からSystem1にもっていく

▲記事本文の終わりへ戻る▲

▲このページの先頭へ戻る▲