単純接触効果(Mere Exposure Effect)とは-繰り返しが与える安らぎ-
私たちの心理には無意識の安らぎ、快適さを与えるCognitive Easeという作用があります。 自由に連想したり異性の明るい表情を見たりすることでCognitive Easeが働き、一瞬のうちに何とも言えない安らぎを感じられるのです。
Cognitive Easeは自らの行動意欲を高めたり、マーケティングでお客さんの心を掴むための核心をなすといっても過言ではありません。 よって「どういったインプットがCognitive Easeを誘発するのか」というのはとても気になるところです。
そこで今回はCognitive Easeが働くためのインプットの一つである、繰り返し(Repetition)について話していきます。
繰り返しと単純接触効果(Mere Exposure Effect)
大学や職場で知り合った友達、同僚としばらく会っていくといつの間にか仲良くなるもの。 新しいペンを買ってしばらく使っているとだんだん体に馴染んでいくもの。
こんな風に感じるのは偶然ではありません。 数々の心理学の実験によって、単純な"繰り返し"がCognitive Easeを刺激することが実証されています。 つまり繰り返すだけで勝手にいい感じに思えてくるのです。
他にも具体的な例をいくつか下にあげてみました。 自分に当てはまるものはありましたか?
事例 | 感じ方 |
---|---|
最近知り合った人と何回か会ってみる | だんだん緊張がほどけて親近感がわいてきた |
芸能人のブログを何ページか見てみる | 何となく芸能人との距離感が縮まったような気がする |
面白いCMがテレビで何回も流れていた | CMが流れるたびについつい目がテレビにいってしまう |
株価チャートを繰り返し見てみる | 株価のカオスな変動を見て「すごい!」と感じる |
Cognitive Easeという言葉を本ページでよく見かける | 「でた、Cognitive Ease!」と何となく思う |
繰り返しによって親しみや好感度が高まるのは単純接触効果(Mere exposure effect)と呼ばれます。 1968年に心理学的に初めて発見した心理学者、ロバート・ザイオンスの名からザイオンスの法則(Zajonc law)とも呼ばれています。
単純接触効果のおもしろいところは、初めは自分にとって何の興味もないもの、訳のわからないものに対しても接触を繰り返しただけでも親近感がわいてしまうことです。
例えばある心理学の実験で、アメリカの学生に"kadirga"、"saricik"、"biwonjni"といったトルコ語の言葉をいろいろ見せてみました。 言葉によって学生に見せる頻度を変えて(例えば"kadirga"は1回だけ見せて、"saricik"は5回見せる)、頻度と単語に関する親近感との関係を調査したのです。
その結果、多く見せられた単語ほど親近感がわくということがわかったのです。 例えば"kadirga"を1回、"saricik"を5回見せられた学生は"saricik"により親近感を覚えやすかったのです。
もちろんアメリカの学生ですからトルコ語なんてわかりませんし、どうやって発音するかすらよくわからないでしょう。 にも関わらず、ただ単純に言葉を見ただけで訳のわからないトルコ語に親しみを感じてしまうのです。
単なる繰り返し、されど繰り返し。 繰り返しによる単純接触効果はバカにならないのです。
バカにならないが故に、利益をあげるためなら何でもするマーケティングの世界では単純接触効果がよく使われています。 例えば次のようなものです:
- 同じセールスマンが、断りにも挫けず爽やかな笑顔で何回も家に訪問してくる
- 企業のクリーンなイメージを前面に出したCMをテレビで何回も流す
- メルマガ登録してくれた会員に定期的にメルマガを送る
これらのマーケティング行為は自社の商品をすぐにでも買ってもらうために行っていると思っている人も多いかと思います。
しかしそうした直接的な目的とは別に、単純接触効果によってあらゆる人に無意識に自社に親近感を持ってもらう副次的効果も狙っているのです。 そして「ゆくゆくは自社の商品を買ってもらえるとうれしいな♪」、なんてちょっとした期待を抱いているのです。
補足:ちょっと頭を柔らかくして考えてみると...
上のトルコ語の実験はある一つの学習のアイデアを示唆してくれています。 それは何事も繰り返し晒すことが学習能率をアップさせてくれるのではないか、というアイデアです。
繰り返し晒すことで知らず知らずのうちに英単語などに対する親近感を高めて好奇心を刺激し、自ら積極的に学習する気持ちを生み出す作戦です(→単純接触効果を学習に応用するヒントを知る)。
繰り返しによるCognitive Easeは進化の過程で身につけた
何故私たちは単なる繰り返しによって、Cognitive Easeを働かせて親しみや安らぎを感じるように出来ているのでしょうか。
単純接触効果を発見したザイオンスは、単純接触効果を身につけた背景には進化論的な理由があると述べています。 どういうことかというと、単純接触効果は敵味方を判別するためのもっとも簡便な方法なのです。
言葉や文字が発達する前で、まだSystem2によって意識的に考える能力に乏しかった人間の先祖が敵味方を直感的に判断するにはどうしたら良いか。 そう考えたときに最も原始的で手っ取り早い方法が「繰り返し接触して敵かどうかを見分ける」ことなのです。
何回か接触して、一回でも危ないと感じたらササッと逃げる。 何回も接触していくうちに何も危害を加えられないと感じたら、だんだん安全なものだと認識し始める。
これによって100%確実に敵かどうかを判断できるわけではありません。 それでもすごくシンプルで使いやすいし、確率的にもたぶん大丈夫だろう、そういう考えのもとで生み出された先祖古来の知恵なのです。
もう一つ、単純接触効果が進化の過程で身につけたという主張の妥当性を裏付ける事実があります。 それは単純接触効果は人間以外の動物にも備わっていることです。
動物にも単純接触効果が備わっている? 一瞬不思議に思うかもしれませんが、よくよく考えてみると実は私たちの日常生活にも当たり前のように潜んでいます。
例えば道端でネコを見かけたときです。 ついついかわいいネコを道端で見つけるとちょっと追っかけたくなりますが、臆病者であるネコに向かって近づこうとするとすぐ逃げちゃいますよね。
しかし決してこちらからネコに近づかず、ネコが何回もこっちをチラチラしてきてもこちらはネコを気にせず「興味がないフリ」をすると、だんだんネコの警戒心は薄れていきます。 繰り返しチラチラこちらを警戒した結果、たぶん大丈夫だと思ってくれるのです。
これこそまさに単純接触効果によるものです。 私も昔、相模湖畔のベンチに座っているときにネコと遭遇しました。 何回もこっちに目を向けてきましたが、こっちが気にしないフリをして湖を眺めているうちに警戒心がなくなったのか、10分足らずでベンチに上って私の隣に座ってきてくれたのはちょっとした思い出です。
さらに面白いことに、動物の単純接触効果はなにも敵かどうかを見分けるだけではありません。 人間と同じように、動物に対しても繰り返しは安らぎを与えることがわかっています。 つまり動物にも繰り返しによるCognitive Easeが働くのです。
例えばイヌはいつも同じタイルの上で寝たがるものです。 また孵化する前の卵に音色を聞かせると、生まれてきたひよこは孵化前に聞いた音色を気に入るという実験結果もあります。
このように単純接触効果は人間以外の動物にも当てはまるのです。
種の生存のために動物が様々な能力を培ってきたという進化論の主張はもちろんご存知のことでしょう。 そう考えると、単純接触効果が進化の過程で育まれたというザイオンスの主張は非常に妥当なように感じられます。
関連リンク
・単純接触効果を学習に応用して自らのレベルアップに活かす
→単純接触効果を学習に応用する-まず量こなせ、話はそれからだ-
→単純接触効果を学習に応用する-効率を求めず量をこなすことがよい理由-
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