人はリアルさでリスクを評価する-地震保険加入比率で見るリスク管理の傾向-
人間はリスクをリアルさにすり替えて評価する傾向にあります(詳細はこちら)。 これによって私たちは未来のリスクを、過去の経験からどのくらいリアルに感じられるかによって評価してしまうのです。
今回は地震保険加入比率を見て、こうした傾向が強いことを見てみましょう。
※「可能性」、「リアルさ」という用語は独自の意味合いで使用しているのでご注意ください。 それぞれの意味についてはこちらをどうぞ。
地震保険加入比率で見た、人間がリアルさを感じる度合い
多くの人はここ数年、数十年の間に特別大きな地震に見舞われていないときに、地震に対するリスクを過小評価しているはずです。
家の耐震補強、地震保険の加入、地震が起きたときに生き延びるための食料品、備蓄品の確保など、地震に備えた事前準備はいろいろあります。 しかし何年も大きな地震に見舞われていない場合は、このような事前準備をほとんどしていない人が多いでしょう。
一方で大きな地震に見舞われた直後の地震に対するリスク評価はかなり高くなります。
実際、宮城県の地震保険加入比率を見てみると2010年度末→2011年度末の加入比率の増加が非常に大きいことがわかります。 2010年度末では33.6%でしたが、2011年度末では43.5%に増えています。
実に3割程度、地震保険加入比率が増加しています。
理由は紛れもなく、2011年に起こった東日本大震災です。 このときに宮城県は津波による壊滅的な被害を受けました。 元々地震保険加入比率の多い宮城県ですが、東日本大震災が起こってからはさらに加入比率が高まっています。
2011年度に極端に地震保険加入比率が増えていることを見れば、直近の壊滅的な地震のリアルさが私たちのリスク評価に大きく関わることがすぐわかります。
しかし時間が経過するごとに地震に対するリスク評価は低減していきます。 どんどん巨大地震に対するリアルさが小さくなってしまい、やがて頭では微かにリアルな感覚は残っていても行動は巨大地震が起きないものだと考えてしまいます。
これを確かめるために今度は兵庫県の地震保険加入比率を見てみましょう。。 図を見ると、1994年度末→1995年度末にかけて地震保険加入比率が大きく増えていることがわかります。 これは1995年の1月に阪神淡路大震災が起こったからです。
しかし徐々に地震保険加入比率が下がっていき、2000年度末から数年はほとんど変化がないことがわかります。 これから地震に対するリスク評価が徐々にフェードアウトしていることが見て取れます。
地震に対するリアルっぽさが減り、地震に対する備えという行動が伴わなくなってしまったのです。
前に散髪をしに美容院にいったときに、少し地震に関する話を美容師の方としたことがあります。 美容師の方曰く、東日本大震災が起こった直後に備蓄品を購入して部屋に置いていたそうです。
しかししばらく経った後に備蓄品が邪魔だからと、どこか別の場所に備蓄品を移してしまったそう。 しかも現在はどこに移したか覚えていないということでした。 (場所は東京です。東日本大震災のときには東京でも震度5弱程度の大きな揺れがありました。)
このように大きな地震に見舞われた直後は備えをする人が増えますが、時間が経過し地震に対する記憶が徐々にフェードアウトしていくとそれに応じて地震に対するリスク評価も徐々にフェードアウトしてしまうのです。
地震のリスク評価に大きく関わってきているのは、紛れもなく私たちの記憶から簡単に引き出せる印象です。 直近の出来事など、直感(System1)によって簡単に引き出すことができる記憶によって地震のリスク評価は行われているのです。
リアルさが減って行けば行くほど、私たちの直感は地震が起きないものと考えるようになります。 そうすることでだんだんと地震に対する備えをすることが面倒くさくなっていくのです。 この間、見えないところで地震が起きる確率はちょっとずつ高まっているにも関わらず...
関連リンク
・リスクをリアルさで評価することで、突然の大きな出来事にうろたえて人生に大きな惨禍を残す可能性が高まります
→人間の重大な欠陥-時が経つにつれて可能性とリアルさとのギャップが広がる-
関連ページ
- System1、System2とは-人間心理の最も基本的な分類-
- System2はSystem1の審査人-考えてみようスイッチでSystem2が動き出す-
- System2の2つの弱点-System1のシグナルをSystem2に変換できるか-
- Cognitively Busyとは-不安が負担を生む-
- Ego Depletionとは-感情を押し殺すことの代償-
- System2は使えば使うほどエコに使える-やり始めは何事も大変-
- 複数の作業を同時にこなすと負担が掛かる-Switching costとMixing cost-
- 時間の牢獄から抜け出すことのすすめ-時間を排除し心理負担をなくす-
- 人間の本質は余剰と無駄にある-効率化を求める風潮へのアンチテーゼ-
- 不安を紛らわすバカげた対処法-自分で自分を実況する-
- プライミング効果とは何か-賢くなる上でとても大切な連想能力-
- プライミング効果を英語学習に生かす
- 3分で理解する財務諸表-賢くなるためのプライミング効果活用例-
- 人間が連想能力を持つ理由-進化の過程で身につけた人類繁栄のための知恵-
- プライミング効果による、言葉や表情と気持ちや行動意欲との結びつき
- 確証バイアス(Confirmation Bias)とは-自己肯定や社会肯定の根幹-
- 社会の末期では確証バイアスは我々を地獄に落とす
- 人間の行動は信じることから始まる?-自ら信じられることを能動的に探すことが大切-
- 人間の行動は信じることから始まる?-教養は人間社会で豊かに暮らすための道標-
- 確証バイアスと医者-誤診の裏に自信あり-
- アンカリング効果とは-プロにも働く強大な力-
- アンカリング効果と洗脳-信頼できる情報を積極的に取得せよ-
- アンカリング効果の認知心理的プロセス
- アンカリング効果に潜む二つの要因-不確かさはアンカリングを助長する-
- ランダムなアンカーの魔力-どんなものにも人は意味を見出す-
- 「安く買って高く売る」の解釈とアンカリング効果
- 後知恵バイアス(Hindsight Bias)とは-不当な評価の温床はここにあり-
- 後知恵バイアス×権威とモラルの問題
- Cognitive Easeとは-System1が生み出す安らぎとリスク-
- 単純接触効果(Mere Exposure Effect)とは-繰り返しが与える安らぎ-
- 単純接触効果を学習に応用する-まず量こなせ、話はそれからだ-
- 単純接触効果を学習に応用する-効率を求めず量をこなすことがよい理由-
- 株価を見続けるリスク-Cognitive Ease祭りが中毒症状を引き起こす-
- 実力を運と勘違いする-慢心を防ぎ自らを成長させるための心構え-
- Domain Specificityとは-人間は何と非合理なのか!-
- 人間の本質を満たすために、人間は本質を考えるのが苦手である
- No skin in the gameの許容-Domain Specificityの無視が引き起こす問題-
- Skin in the gameとは-信頼度を測る最適な指標-
- Planning Fallacyとは-何故残念な計画が沢山存在するのか-
- 改善されないPlanning Fallacy-計画の目的はプロジェクトをスタートさせること-
- Norm理論とは何か
- 英語学習のちょっとしたアドバイス-背景を知ることが大切-
- 因果関係を知りたがる気持ちは生まれつき備わっている
- 人間は可能性をリアルさで捉えてしまう
- 想像するリスクと実際のリスクとの間には大きな隔たりがある
- リスクに対するリアルさを形成する要因-Availability heuristicと好き嫌い-
- 人はリアルさでリスクを評価する-地震保険加入比率で見るリスク管理の傾向-
- 人間の重大な欠陥-時が経つにつれて可能性とリアルさとのギャップが広がる-
- 平均回帰の無視-客観的事実を無視して直近を将来に当てはめる-
- 歯のケアと想定外-日常的なものからリスク管理を見直す-
- 帰納とリスク-不確かな分野で歴史を未来に当てはめてはいけない-
- 少数の法則とは何か-人は大数の法則を無視する-
- 少数の法則が私たちに与える影響-コイントスと投資ファンド-
- 仮定がおかしな結果は無意味-統計結果に対する最低限の心構え-
- リスクとDomain Specificity-リスクを考える分野、考えない分野-
- 心理学の知識を詰め込んでも、投資心理をコントロールできるわけではない
- 疑う気持ちが情報に対処するための一番の基本
- 終わりよければすべてよし
- 何故終わりよければすべてよしと考えるのかその1
- 何故終わりよければすべてよしと考えるのかその2
- System2からSystem1にもっていく