少数の法則とは何か-人は大数の法則を無視する-

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少数の法則とは何か-人は大数の法則を無視する-

   今回は少数の法則についてです。


   確率、統計の分野の有名な定理に大数の法則(The Law of Large Numbers)というものがあります。 これはコイン投げで言えば、何百回、何千回とコインを投げれば投げるほど、表が出る確率も裏が出る確率もどんどん1/2に近づき"やすくなる"ことを指す定理です(必ず1/2になるわけではありません!)。


   つまり大量に試行を繰り返せば繰り返すほど、結果として得られる確率は理論的な確率に近づきやすくなるという定理です(本当はさらに独立性という重要な仮定が必要です)。


   大数の法則は統計学では基本中の基本で、統計データの信憑性にも関わる大切な法則です。 信憑性の高い結果を得るためには、十分な数のランダムなサンプルを取る必要があるのです。


   逆にサンプルが不足していると、データから得られた結果が妥当なのか、はたまた単なる運によるものなのかが判断できなくなります。


   しかし皮肉なことに、私たち人間は無意識のうちにこの大数の法則を無視してしまう生き物なのです。 具体的には、私たちが統計的な情報を判断する際に"数"という要素を無視して解釈してしまうのです。

少数の法則とは何か

   心理学者のエイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンは、この大数の法則をもじった「少数の法則」(The Law of Small Numbers)を提唱しました。


   少数の法則とは少ないサンプルによって得られた統計的な結果を無意識のうちに正しいと思い込んでしまうという人間の性質を表します。 コイン投げで言えば、たった10回だけコインを投げて表が8回、裏が2回出たら「このコインは表が出やすい特殊なコインだ」と決めつけることを意味します。


   少数の法則が生まれた背景はとてもおもしろいです。 何故面白いかというと、統計を扱う学者が誤った統計の使用、解釈をしていることが明るみになり少数の法則が生まれたからです。


   要はその道のプロである専門家でさえも、統計を扱うときに心理的なバイアスが掛かってしまうのです。


   少数の法則というのは、元々は心理学者に対して行った実験がもとになっています。 心理学の世界では元々、統計的な実験を行うときに使うサンプルサイズが伝統的に少なかったのです。


   少数の法則の提唱者であるダニエル・カーネマン自身も、昔は心理学の世界の伝統に倣ってサンプルサイズを気にせず統計を扱っていました。 しかし彼はあるとき、「心理学者が行う実験ではサンプルが少ないため、統計結果の信憑性を下げる」という記事を読んで、ハッと思い知らされました。 自分の研究結果の中にもサンプルサイズの不足していたことがわかったのです。


   これが発端となって、カーネマンとトベルスキーは他の心理学者もサンプルサイズを意識せずに統計を行っているのではないかという実験を行いました。


   結果は、過半数の心理学者は統計を扱うときにサンプルサイズを気にしていなかったというものでした。 サンプルサイズが不足しているため本来は信頼性に乏しい統計結果に対しても、信頼のあるデータだと思い込んでいたのです。


   少数の法則は1960年代の心理的実験やアンケートに基づいた古い概念ですが、ダニエル・カーネマンによると現在でも専門家の中には少数の法則にハマッてしまっている人もいるのだそうです。


   もちろん論文では審査者のチェックが入るので統計の基本的なミスはないでしょうが、一般の書籍だと専門家のチェックが入りにくいので、うっかり信頼性の低い統計データが入り込む余地は十分あるとカーネマンは述べています。

少数の法則が成り立つ理由

   少数の法則が成り立つ理由は大きく分けて二つあります。


   一つ目は私たちは目に見えるものを考えるのは得意ですが、目に見えないものを考えるのがとても苦手だということです。


   私たちはSystem1によって無意識のうちに直感的に引き出せる考えによって意見や感情が左右されがちです。 例えばニュースで「飛行機が墜落して乗客乗員300人全員が死亡した」というのが流れると、私たちは飛行機に乗るのが怖くなってしまいます。


   このとき私たちは飛行機事故に遭遇する確率がものすごく少ないことが全く見えていません。 実際、飛行機に乗った時に事故に遭遇する確率は0.0005%とめちゃくちゃ少ないです(国際民間航空機関(ICAO)による2006年~2013年までの調査結果を元に個人的に計算)。


   これが統計結果に対しても当てはまるのです。 「30人の男女に3ヶ月間毎日リンゴを食べさせた結果、9割以上の人の体重が3kg減少した」という調査結果があったときにどう思いますか。


   「単なる偶然だ」「もしかしたら彼らはダイエットの一環としてそもそも食事の量を減らしていたのかもしれない」なんてパッと考えられますか?


   普通考えられないですよね。 目の前にある情報を見せられたときに、私たちは情報の正確さ、信頼性を第一に考えることはほとんどありません。 目の前の情報が見せられたら、見せられた情報を元に考えるのです。 それが私たちです。


   もう一つは人は何事にも因果関係を求める生き物であるということです。 以前の記事にも書いたように、人は無意識のうちに因果関係を考えてしまう生き物です。


   そして原因がわかると気持ちがすっきりします。 逆に原因がわからないままだと、気持ちがモヤッとしてしまって何だか気持ち悪さが残ってしまいます。


   上のリンゴの例をもう一度振り返りましょう。 第一の理由によって私たちは「リンゴを食べた男女のほとんどがダイエットに成功した」という情報に頭がいっぱいになっています。


   こうした状況の中で私たちはこれをどう解釈しますか。 どういった原因を考えますか。


   答えは一つですよね。 「リンゴを食べたからダイエットに成功した」、つまり「リンゴに体重減少させる効果があるためにダイエットができた」と考えてしまいますよね。


   別に因果関係は論理的にまったく合理的でなくても構いません。 「何となく正しそう」な因果関係さえ見つけられれば、人間は満足します。


   これが少数の法則が成り立つ理由です。 目に見える情報や知っている情報から何となく正しそうな因果関係を見つけて満足してしまうため、少数の法則が成り立つのです。


   理由を見るとわかる通り、少数の法則の理由に"数"という要素はありません。 私たちが情報を判断するときにはサンプルサイズという数を無視するのです。


   数が多かろうが少なかろうがお構いなし、与えられた目に見える情報だけを頼りに原因を究明して、自分なりに納得できればそれでいい。 こうした気持ちが人間心理の根底にあるのです。

関連リンク

   ・お金に関する分野で少数の法則が生み出すリスクについて

   →少数の法則が私たちに与える影響-コイントスと投資ファンド-


   ・有限の事実から普遍的な考えを導こうとする帰納の考えとリスクについて

   →帰納とリスク-不確かな分野で歴史を未来に当てはめてはいけない-


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