Cognitive Easeとは-System1が生み出す安らぎとリスク-
私たちに無意識のうちに働いているSystem1。 System1は私たちの人間らしさを表すものです。
このSystem1、実はただ単に使っているだけではありません。 私たちは無意識のうちにSystem1に依存することを"求めている"のです。
何故ならSystem1を遺憾なく発揮することは私たちに"安らぎ"を与えてくれるから。 こういった安らぎを与える働き、認知心理学ではCognitive Easeと呼ばれています。
Cognitive Easeとは何か
Cognitive Easeとは日本語に訳せば「認知的安らぎ」。 私たちの頭の中に安らぎや快適さを与える作用のことをCognitive Easeと言います。
ここでいう安らぎとは、喜び、幸せ、親しみやすさ、自分の考えが正しいことが証明されたときの優越感などを指します。 要は私たちがポジティブに感じられるものをひっくるめて安らぎと呼んでいるのです。
Cognitive Easeによってもたらされる安らぎは誰もが感じているものです。 例えば次のようなシチュエーションを思い浮かべてみましょう。
- 初めて会った人と緊張しながら話していたら、何とお互いジョギングという共通の趣味があることがわかった
- 風呂に浸かりながら仕事のことをぼんやり考えていたら、次から次へとアイデアが生まれてきた
- 若い政治家がはっきりと力強い口調で、将来の日本をよくするための政策を熱く演説している
- 新しく買った経済学の本の文章が平易で読みやすく、さらに紙質が良く手触りや本の香りが良い
- 最近知り合った女性から頻繁にメールが来るようになった
こういった状況に置かれたとき、あなたはどのように感じますか。 何かとてもポジティブな気分になれますよね。 例えば次のように...
- ジョギングの趣味が同じ→急に親近感が湧いて、一気に仲を縮められる気がしてきた
- 次から次へとアイデアが生まれる→何かどんどん前へ進められそうな気がして、風呂から上がったら今すぐにでも仕事に取り掛かりたいくらいだ!
- 政治家が熱く演説→熱心だしきっとこの政治家の言っていることは正しい、投票してあげないと...!
- 本が読みやすく紙質も良い→何て読みやすいんだ!このまま勢いでどんどん読んでいきたい気分だ
- メールが頻繁に来る→俺に気があるのかな!?
こういうポジティブな気持ちが生まれるのはCognitive Easeの力です。 類似性、連想(プライミング効果)、人の熱意や明るさ、理解のしやすさ、良い匂い、繰り返し、こういったものをトリガーにCognitive Easeが無意識のうちに作用して、上のような安らぎ、快適さを感じるのです。
このCognitive Ease、実は私たちにとってある種の"麻薬"のようなものです。
Cognitive Easeは私たちの気分を良くし、モチベーションをあげたり相手から魅力的に見てもらえる効果をもつ"陽"の部分を持ちます。
一方でCognitive Easeが働きすぎて一種の中毒症状に陥ると、System1による直感的な判断に依存しやすくなります。 こうした依存症の結果、心に油断が生じやすくなり、自らの注意力不足によって突然の思いもよらないしっぺ返しを喰らう"陰"の部分も持つのです。
Cognitive Ease 陽の部分
まずはCognitive Easeの"陽"の部分にスポットを当てましょう。 Cognitive Easeがもたらすプラスの作用は、私たちの行動の原動力になってくれることです。
Cognitive Easeが作用していい気分になると、直感的にスイスイと行動できるようになります。 すると例えばプライミング効果が働いて連想しやすくなります。 これによりまたCognitive Easeが働いてさらにいい気分になります。
こういったCognitive Easeが繰り返し連鎖的に働く、例えれば"Cognitive Ease祭り"が開催されることで、無意識のうちにグイグイと作業を進められるようになるのです。
具体例を3つほどあげましょう。 例を見れば、皆さんも実は無意識のうちにCognitive Ease祭りの宴を楽しんでいたかがわかることでしょう。
例1:読書
例えば読書をするとき、たまに不思議とスイスイと内容が理解できる日があるものです。 スイスイと読めているいい感じのときは、一気にガーッと何百ページも読めてしまうものです。
この勢いの大切な原動力になるのがCognitive Easeです。 スイスイと読めているときは、ちょっと文章を少し流しながら読んでも理解できます。 こうしたスムーズに読めることは私たちを快適にさせてくれます。
またプライミング効果が良く働いて、頭を使わなくても文章を読みながら自然と連想できて文章の理解が捗ります。 これもまた気持ちをいい感じにさせてくれます。
読書が捗るときはこうしたCognitive Ease祭りが頭の中で巻き起こっているもの。 何回もCognitive Easeが起こることで頭の中の良い感じが続いて、ガンガン本を読み進めることができます。
例2:資料作り
資料をつくるときもそうです。 普段文章やレイアウトを考えるのが苦手でも、たまにどんどん文章やレイアウトがイメージできて勢いで資料が作れる日ってありますよね。
これもCognitive Ease祭りが開催中のため、頭の中が常にいい感じになれて勢いで書けてしまうのです。 私も記事を書くとき、日によってはさっぱり書けないですがアイデアが湧く日はCognitive Easeによってどんどん勢いで書けています。
例3:トーク
別のところに目を向けると、普段あまりしゃべるのが得意でなくても、たまーによくわからないけれどもものすごく饒舌になれる日があります。 自分でもわけがわからないくらいおもしろい言葉がどんどん浮かんできて、周りの友達大爆笑!なんてことがあります。
こういったものもCognitive Ease祭り開催中。 祭りの熱気が最高潮に達しているので、沸騰した湯の泡みたいに面白い言葉が浮かび上がってきます。
またこうした行動は相手に対してポジティブな印象を与えるものです。 Cognitive Easeを働かせて感覚的に行動できることは、周りのムードを良くする効果もあります。
こういうCognitive Ease祭りになれる日は決して毎日ではありませんし、自分では中々コントロールできないものです。 だけどたまに何か頭がスッキリして、何事もスイスイと勢いよく行けそうな気分になりますよね。
こうしたときはCognitive Ease祭りを頭の中で盛り上げる大チャンスです。 せっかくの機会ですから、逃しては損です。 ぜひCognitive Ease祭りの宴に酔いながら、今まで中々できなかった作業を行ってみてください。
Cognitive Ease 陰の部分
Cognitive EaseによってさらにCognitive Easeが働くというCognitive Ease祭り。 私たちの頭は無意識のうちにCognitive Ease祭りが永遠に続いてほしいと願っているものです。
しかし世の中そんなに甘くない。 Cognitive Ease祭りはあるとき突然の終焉を迎えます。 しかもただ終わるだけではありません。 自分自身に大きなダメージを与える、"望まざる置き土産"を残して消えゆくのです。
これがCognitive Easeの"陰"の部分です。 Cognitive Easeにあまりにも陶酔しすぎると、自らの油断が生む大きなしっぺ返しを喰らうリスクが出てきてしまうのです。
後悔しても後の祭り。 「なんて自分はバカなんだ...!」、祭りの宴に酔いしれば酔いしれるほど、こうした後悔を感じることになります。
例えば次のようなものです:
- 模試の合格判定が常に最高のAで自信満々になって有頂天になっていた私だったが、本番の試験で見事に不合格だった
- 200年間巨大地震が起こっていないため、これからも一生巨大地震は起きないという考えに固執し、両親の「万が一のために備蓄しとけ」という忠告を無視した。その結果巨大地震が起きて危うく飢えで死にかけた。
- 景気が回復して投資ブームになったので、投資初心者の私はブームに乗っかり人気株を大量に購入した。その後バブルが弾けて一気に反落して大損してしまい、借金を背負ったあげく妻から離婚を突き付けられた。
これらはすべて無意識のうちにCognitive Easeの虜になってしまったがために、大きなしっぺ返しを喰らってしまったのです。
最初の例は自意識過剰によって気持ちに油断が生じてしまったのです。 人は成功すればするほど、Cognitive Easeによって「俺だから大丈夫でしょ」という自分に対する変な自信を生み出すもの。 こうした自信の連鎖によってCognitive Ease中毒になり、結果心に隙を生んだのです。
2番目の例は固執。 固執というと固いイメージがありますが、周りの話を聞かずに自分のプライドを守ることは実は人間の本能的な行動。 人は自分が手にしたものや長く信じているアイデアに対しては、主観的な大きな価値を置いてしまいます(Endowment Effect、授かり効果)。
これもやはりCognitive Ease祭りによってどんどん自分のプライドを守る優越感に浸ってしまったがゆえに起こるのです。
最後の例は私たち日本人が特に大好きな人真似。 群集の真似をすることで「きっと自分は正しいことをしている」という心理に陥ってしまい、客観的に株を考えることが出来なくなってしまったのです。 その結果実は高値掴みしたことも知らずに、突然のバブル崩壊、株価暴落によって奈落の底に突き落とされるのです。
私たちはCognitive Easeによって、知らぬ間に自分の行動を何となく正しいと思ってしまいがちです。 これがCognitive Easeの陰の部分の元凶です。
客観的に見れば愚行であるにも関わらず、Cognitive Ease中毒になっている人はそうとは知らずに"見えない爆弾"の上に自ら座ってしまうのです。
心理学者のダニエル・カーネマンはCognitive Easeとは次のようなものだと述べています:
A sign that things are going wellーno threats, no major news, no need to redirect attention or mobilize effort.
(何事も上手くいくはずだ―恐れることはない、重大なニュースもない、注意を再び向けたり努力を結集する必要もない...こうしたサインのことだ)
何の根拠もないが何だか上手く行けそうだし、どんどん前に進めそうに感じる、これがCognitive Easeの特徴です。
こうした気持ちは行動の原動力になる反面、System2による意識的な考えを自ずと避けてしまい、System1による直感を信じすぎることにつながります。 こうして心の中に見えない油断をつくってしまうのです。
そんな最中突然、株価暴落といった大きな嵐を全身で受けます。 そしてようやく我に返るのです、大きな後遺症を残して...
* * * * * *
Cognitive Ease祭りが開催され安らぎに侵されてしまうと、心の油断が生むリスクに晒されやすくなるのです。 神経を興奮させる薬を使わずとも、私たちには自分自身で快楽中毒に陥る力を持つのです。
人間が生み出す誤り、失敗のすべての根底には、このCognitive Easeによる油断であると言っても過言ではありません。 Cognitive Easeがもたらす神経中毒症状の威力の凄まじさを、私たちの誰もが認識する必要があります。
関連リンク
・ただ繰り返し触れるだけでCognitibe Easeが働くという、単純接触効果について
→単純接触効果(Mere Exposure Effect)とは-繰り返しが与える安らぎ-
・Cognitive Easeによって生まれる油断を防ぐために私が実践している「実力を運と勘違いする」ことについて
→実力を運と勘違いする-慢心を防ぎ自らを成長させるための心構え-
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