ギュレン運動を巡る対立が背景にある?ドイツ・EUがトルコへの資金提供カットへ
2017/10/31
【2017/10/26 Bloomberg】Germany Tightens the Screws on International Funds to Turkey
The German government is wielding its influence with international development institutions to restrict financing to Turkey over an escalating political dispute between the two countries, people familiar with the matter said.
Germany is actively working to cut funding to Turkey from the country’s state-owned KfW bank, the European Investment Bank and the European Bank for Reconstruction and Development, according to more than a dozen government and banking officials, who asked not to be identified discussing the behind-the-scenes efforts. Some German commercial banks are also reviewing their exposure to Turkey, the officials said.
【2017/10/26 Reuters】EU lawmakers propose cuts in aid to Turkey tied to membership bid
The European Parliament proposed on Wednesday to reduce EU funds to Turkey that are linked to its stalled bid to join the bloc, a call EU leaders are expected to back given a deteriorating relations with Ankara.
Of the 217 million euros set to go to Turkey for reforms, infrastructure and agriculture in 2018, EU lawmakers agreed to cut up to 80 million euros.
a majority of EU countries, led by Germany and the Netherlands, say it no longer makes sense to fund political reforms in Turkey when formal EU membership talks have not taken place since last year.
Aside from money that the EU gives Turkey as part of its 2016 migration deal, Ankara was set to receive 4.4 billion euros from the EU between 2014 and 2020. Some EU governments want that money to go to non-governmental groups in Turkey, not to Ankara.
トルコの経済発展に欠かせない、EUからの資金提供にメスが入ることとなった。トルコとEU・ドイツのギクシャクした関係を唯一つなぎとめていた経済的関係の見直しは、お互いの関係性を決定的に悪化させ、トルコの移民・難民の欧州への放出リスクを高めるかもしれない。しかし何故、トルコとドイツ(EU)の関係はここまで悪化したのか...その原因の一つの可能性として浮かび上がるのが「ギュレン運動」だ。
トルコが頼りにしてきたEUからのマネーにメスが入る
10数名の関係者の話によると、ドイツ政府はドイツ国営の3つの銀行(KfW銀行、欧州投資銀行、欧州復興開発銀行)に対し、トルコへの資金提供を減らすよう要請を受けたとのことです。またドイツの商業銀行の中にも、トルコへの資金提供を抑制する計画を立てているところもあるようです。
少なくとも欧州投資銀行は今年の夏にはトルコへの資金提供の抑制策を実施しており、今年の現時点までの欧州投資銀行からトルコへの資金提供額は5.07億ユーロと、2016年トータルの資金提供額22.3億ユーロから激減しています。また欧州復興開発銀行も昨年はトルコ企業に23億ユーロの資金提供をしています。
さらにその翌日、欧州議会がEUからトルコへの資金援助を減額する暫定案を出しました。その中身は、当初来年にトルコの改革、インフラ、農業支援の目的でトルコに提供されるはずだった2.17億ユーロのうち、最大8000万ユーロを削減するというものです。
トルコはEU加盟交渉をEU側と名目上続けてきており、今後EUに加盟することを前提としたEU側からの資金提供を、2014-20年までに計44.5億ユーロ受ける取り決めとなっています。
しかしトルコのEU加盟交渉は凍結状態であり、現在まで3.6億ユーロしか配分されてきませんでした。
今回の欧州議会の暫定案は、トルコのEU加盟を前提とした資金提供を大幅に削減する、つまり事実上トルコのEU加盟を認めないという立場を示しているものと思われます。
欧州議会の暫定案が出る前に行われた欧州サミットでも、2020年までのトルコへの資金援助を毎年最大で75%ずつカットする提案が出たようですので、欧州サミットで話し合われた線で動いているようです。
【2017/10/16 FT】EU leaders prepare for Turkey showdown
またこの44.5億ユーロの資金提供とは別に、EUはトルコに対し、トルコからギリシャに渡った移民・難民をトルコに戻すための資金30億ユーロの提供を約束しており、2018年末までに支払われることとなっています。
こちらの移民・難民に関する資金提供の取り扱いについては、現時点では不明です。
ドイツ政府やEUのトルコに対する資金提供減額の決定は、今後ドイツやEUとトルコとの関係をさらに悪化させる懸念があります。何故なら、トルコ経済にとってEUはなくてはならないパートナーだからです。
2012-16年のトルコの貿易収支を見てみると、輸出入ともにEUとの関係が強いことがわかります(EUのなかでもドイツがトップ)。特にEUへの輸出額は年々増加傾向にあり、2016年には667億ユーロと、トルコの全世界の輸出額の半分以上を占めるに至りました。
ソース:欧州委員会 ※PDF
トルコへの直接投資のうち最も大きな割合を占める自己資本投資(equity investments)を見てみると、下図から明らかなように大半がEUからの投資です。
トルコへの自己資本投資は2005-8年までに大きく増えましたが、その後のリーマン・ショックおよび2011年の欧州危機により、最近は凋落傾向にあります。2016年はリーマン・ショック後とほぼ同レベルの額にまで減少しました。またEUが自己資本投資に占める割合は63.8%と、2002年以来初めて655を下回りました。
EU諸国別に見ると、トルコへの直接投資額の大きさはまちまちですが、全体的にオランダが最も貢献しています。また最近はイギリスからの直接投資も多いようです。ドイツは2014年以降、トルコへの直接投資を減らしています。
(ただ、今年に入ってからEU各国からの直接投資は順調で、今年1-8月のEUからの直接投資額の合計は38.3億ドルと、前年同期の26.4億ドルから45%以上増えています。オランダ、そしてスペインから大量の直接投資があったためです。ドイツからの直接投資額は2割程度減っています。)
ソース:トルコ中央銀行
また海外からの資金を享受している、トルコの55,639ほどの企業のうち、その4割程度はEU諸国と関係があるということです。
このように、トルコの経済活動はEU(特にドイツとオランダ)にかなり依存している面があるのです。
トルコのエルドアン大統領は今年4月の国民投票を前に、国民投票後はEUとの関係を「AからZまで見直す」とし、欧州への移民流出防止に関しても見直す可能性があると発言しましたが、欧州との経済的関係だけは今後も維持したいと述べています。
【2017/03/24 Reuters】Erdogan says Turkey will review EU ties after April referendum
エルドアン大統領にとっても、EUとの外交的な関係悪化やEU加盟への断念は容認できるとしても、欧州からの資金提供だけは今後も続けて欲しいと思っているのです。
今回のドイツやEUの動きは、ドイツ・EUとトルコの関係を何とかつなぎとめてきた経済的関係にもメスを入れるというものです。
この動きが今後EU各国で広がり、トルコへの資金提供や直接投資、貿易関係に影響が出てしまえば、トルコとドイツ・EUの関係は修復不可能となるでしょう。
そしてそれは、エルドアン大統領がトルコ国内に抱える300万人を超える移民・難民の欧州への放出という、ジョーカー的な外交カードを切り、欧州がカオス化していく悪夢へとつながる可能性まで考えなければいけない、ということです。
すでにエルドアン大統領は昨年11月や今年3月に、移民・難民を欧州に流すぞとEUを脅しています。
トルコ政府によると、これまでシリア国境付近の20を超える難民キャンプに対し、年間平均40億ドル程度を支払っているようです。2016年の財政赤字は78億ドルですから、仮に欧州からの資金援助が今後切れてしまえば、トルコは財政的に300万人超の移民・難民を世話することがかなり厳しくなります。
今回のトルコへの資金提供減額要請をしている中心人物がドイツのメルケル首相ですが、彼女の発言は欧州、特にギリシャ、イタリアといった南欧のカオス化へと導く危険性を孕むのです。
トルコ、ギュレン運動、ドイツ
ドイツ(およびEU)とトルコの関係は以前からよくありませんでした。
2005年から始まった、トルコのEU加盟申請が遅々として進まないこともお互いのギクシャクした関係を示すものです。
昨年もトルコ政府はEUに対し、トルコ国民のEU諸国へのビザなし渡航を認めるよう要請してきましたが、EU側はトルコに対し、反テロ法といったトルコの法律をEUのガイドラインに沿うよう変更することをビザなし渡航の許可の条件として突きつけました。トルコ側はEU側の要求に断固拒否の姿勢を示し、折り合いがつきませんでした。
EUおよびドイツとトルコの関係が大きく悪化したのは、2016年7月15日にトルコで起こった、エルドアンに対するクーデター未遂事件です。
EU高官はエルドアン政府が大量の軍人、学者、ジャーナリストらを拘束(結果的に15万人ほどの高官が解雇となり、5万を超す人々が投獄された)したことを非難し、ドイツも逮捕・投獄された人々の中にドイツ人も含まれていたことから、トルコを非難しました。
一方トルコ側はEU参加国がエルドアン政府の支援を示す姿勢が欠如しているとして、EUを非難しました。
特にトルコはドイツを非難、その背景には直前の6月、101年前に起こったオスマン帝国によるアルメニア人虐殺をドイツが認める立場を示したことがあると言われています。
【2017/08/15 Sputnik】One Month On, Turkey's Failed Coup Sees EU Relations Go From Bad to Worse
その後、トルコとドイツ(EU)の関係が改善することはありませんでした。トルコは昨年11月や今年3月にシリア難民など自国に抱える300万人以上の難民をEUに放出するぞと脅したり、トルコの憲法改正を問う(事実上、エルドアン大統領による独裁を認めるか否かを問う)国民投票のとき、オランダ政府やドイツ政府が自国内のトルコ政府系集会開催を禁止し、エルドアン大統領が「西側にはナチズムがまだ生きている」と、オランダやドイツを痛烈に批判する発言をしたのもこのときです。
【2017/03/13 BBC】欧州首脳らがトルコに反発強める エルドアン氏は「ナチス」発言
こうした関係悪化の流れがさらに続き、今回のドイツやEUからトルコへの資金提供減額の話につながっていったのです。
しかし何故ここまでトルコとEU、ドイツの関係が悪化したのでしょうか。
表向きの流れを見ると、ドイツのアルメニア人虐殺に対する歴史認識や、トルコでのクーデター未遂事件がお互いの関係悪化に大きく寄与したように見えますが、それだけでは腑に落ちません。
何が関係悪化の背後にあるのか調べていくと、一つ奇妙な流れが見つかりました。
それは、トルコ南部のインジルリク空軍基地に関する話です。
インジルリク空軍基地はトルコ南部の地中海沿岸に位置し、冷戦時代から米軍といったNATO加盟国の軍人らによって国際的な軍事活動に利用されてきた、国際的に非常に重要なトルコの空軍基地で、シリア内戦のときもIS退治の名目で2015年から米軍やドイツ軍が同基地に派遣されました(ドイツ軍は同年12月に派遣された)。
【Wikipedia】Incirlik Air Base
現在はトルコとドイツの関係悪化により、今年6月にドイツは同基地からすべてのドイツ軍を撤収することを発表、9月終わりまでに撤収が完了し、ヨルダンの空軍基地に再派遣されたとのことです。
昨年4月25日、ドイツ空軍はインジルリク空軍基地に6500万ユーロを投資し、同基地に約400人のドイツ軍が長期滞在できる収容基地を建設すると発表しました。この時点でトルコとドイツ(EU)の関係はまだ何とか保たれていたことがうかがえます。
【2017/04/25 RT】Germany to invest €65mn into own section at Turkish air base for Tornado jets
そのわずか1ヶ月あまり後、ドイツがオスマン帝国によるアルメニア人虐殺を正式に認めトルコ政府を怒らせることになります。
その3週間ほど後の昨年6月22日、トルコ政府はインジルリク空軍基地へのドイツ連邦国防省副大臣の訪問を拒否する姿勢を見せていることが報道されました。
【2017/06/23 Reuters】Turkey blocking German official's visit to Incirlik base: Germany
それから1ヶ月も経たない、昨年7月15日にトルコでクーデター未遂事件が起き、トルコとドイツ(EU)の関係がさらに悪化することになりました。
時系列で見ていくと、昨年の4月25日~6月のあいだに、トルコとドイツ(EU)の関係を悪化させた、何かしらの引き金があったと考えるのが自然です。
この期間に、一つ気になる報道がありました。それは昨年5月の終わり、エルドアン大統領はギュレン師の団体をテロリスト認定したことです。
【2017/05/31 Reuters】Turkey officially designates Gulen religious group as terrorists
ギュレン師は現在米国に亡命している、イスラム主義勢力「ギュレン運動」の指導者で、昨年7月のトルコのクーデター未遂でエルドアン大統領がクーデターの首謀者だと主張する人物です。
2002年から10年程度にわたりエルドアン大統領とギュレン運動は同盟関係を結んでいましたが、2012年にギュレン氏の支持者たちがエルドアン大統領の政権運営に不満を持つようになり、同盟関係は崩れ、以降両者は敵対関係を続けてきました。
【2016/08/09 ハフィントンポスト】トルコ・クーデター未遂の首謀者?「ギュレン運動」について知っておくべきこと
一見してドイツと無関係に見えますが、ギュレン運動はドイツ国内でも活動が行われています。そしてこれまでドイツ政府はギュレン運動を擁護する立場をとってきました。
トルコの国民投票を前に政治がヒートアップするなか、今年3月の終わりにドイツのトーマス・デメジエール内務大臣は、エルドアン政府がドイツに300名以上のスパイを派遣し、クーデター未遂に関わったとされるギュレン運動員に対するスパイ活動を行っており、容認できるものではなと非難しました。
【2017/03/28 Independent】German official accuses Turkey of 'unacceptable' spying against Gulen supporters
実は、報道の前日である今年3月27日、トルコ国家情報機構(トルコの諜報機関)がドイツ連邦情報局(ドイツの諜報機関)に対し、ドイツ国内のギュレン師支援者300名超と約200の支援団体の名簿リストを渡したと、ドイツメディアが報道しました。
名簿には名前だけでなく、住所、電話番号、盗撮写真も含まれていたことから、「トルコがドイツでギュレン運動に対するスパイ活動をしている!」との疑惑が生じ、ドイツ内務相の発言につながっていったのです。
ドイツ内務省の発言と同日の28日、ドイツ政府はトルコのスパイ活動疑惑に関する二回目となる捜査を開始しました。
ドイツ政府にとって、トルコ政府によるギュレン運動の取り締まりは断固容認できないようです。
【2017/04/01 newsbud】Newsbud Exclusive- Germany Protects Gülen Movement from Erdogan
上の記事での終わりには、ドイツでは長年、米国によるドイツ国内のスパイ活動は容認してきた事実を引き合いにだし、今回のトルコに対する対応を皮肉っています。
さらに今年9月、ドイツ週刊誌シュピーゲルは、トルコ政府が今年4月の終わりにドイツ外務省に対し、ギュレン師の支援団体およびその参加メンバーがドイツで保有する資産の凍結を要請していたと、匿名ソースからの情報を報道しました。トルコ側が用意した資産凍結対象名簿には、80名の名前が載っていたということです。
トルコ側の要請に対し、ドイツ政府は2017年6月の終わりに要請を正式に拒否したようです。資産凍結をしなければならない法的問題がないことがその理由のようです。
また2017年に入り、トルコ政府がギュレン師関係者の身柄引き渡しをドイツ政府に要請した回数は53回で、この時点で昨年1年間の要請回数を上回っていたということです。
【2017/09/02 Reuters】Germany declines Turkish request to freeze Gulen assets - Spiegel
こうした一連の出来事を眺めると、どうもギュレン師およびギュレン運動に関して、トルコとドイツ(EU)が極めて敵対していることがわかります。
トルコにとってはクーデター未遂に関与したと断定している人物の身柄引き渡しに応じないドイツ(EU)を許すことは出来ないですし、ドイツ(EU)からすればトルコにこれまで資金提供してあげて、インジルリク空軍基地からドイツ軍を撤退させてあげたにも関わらず、一切トルコ側は譲歩しない、というわけです。
もしギュレン師やギュレン運動がトルコとドイツ・EUの関係悪化の原因であることが事実だとすれば、両者の関係修復は、ドイツ政府がギュレン運動擁護の崩す、またはエルドアン政権やメルケル政権が弾け飛ばないかぎり、100%あり得えないでしょう。時間が経つにつれ、さらに悪化していくだけです。
それにしても、何故ドイツ政府はギュレン運動を擁護する姿勢を示してきたのでしょうか?(より本質的には、一体、ギュレン運動は誰から資金提供を受けているのでしょうか?)
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