フランスがソフトランディングする道筋は見えない
2017/05/11
フランス大統領選挙で中道右派のマクロン氏が次期大統領に選出されましたね。14日から正式にフランス新大統領に選出されて、5年間大統領職を務めることになります。
しかしマクロン氏の今後は茨の道となりそうです。
まずマクロン氏は国民からあまり支持されていません。決選投票ではルペン氏の2倍ほどの得票数を獲得して圧勝したものの、マクロン氏に投票した有権者の43%はルペン氏を落とすためにマクロン氏に投票したというネガティブなものです。
マクロン氏の選挙公約を投票理由に挙げた有権者は16%、マクロンの人柄を理由に投票した有権者は8%に過ぎず、いかにマクロン氏の人気がないかがよくわかります。
フランスは失業者数が10%前後で高止まりに推移するなど労働環境が悪い状態が続いており、国民の多数は労働環境の改善を求めていますが、労働団体は反マクロンですので、国民目線に立って経済・雇用政策を早急に実行に移さないかぎり国民の支持を広げるのは難しそうです。
しかしマクロン氏は元ロスチャイルド系列の銀行の行員であるグローバル・エリートであり、選挙公約でも欧州-カナダ間の自由貿易協定の推進を掲げるなど、大統領候補者の中で最もグローバル経済のさらなる推進を強調してきた人物ですので、国民目線で物事を考える能力はありそうにありません。
またマクロン氏は政党の支持基盤が弱く、議会とのねじれ状態の中での政権運営を迫られる可能性が高いようです。
マクロン氏は1年前に立ち上げたばかりの政治運動「アン・マルシュ(前進!)」を率いてきましたが、現有議席数はゼロであり、来月6月に行われるフランス議会選挙でアン・マルシュが過半数の議席を獲得する見込みはかなり薄いです。また連立を組めるかどうかも現状不透明です。
そのためフランスの政治は今後停滞を余儀なくされる可能性が結構高そうです。雇用問題や難民・移民問題でフランス国内がすでに大きく揺れ始めているなかで先が思いやられます。
フランスの経済、金融状況は厳しい
ここでざっとフランスの経済・金融状況を簡単に眺めてみたいと思いますが、一言で言えばオランドは5年間でフランスを確実に腐敗させてきたといわざるを得ないような状況となっています。
2017年第一四半期のGDP成長率は年率換算で前年同期比+0.8%にとどまります。オランド政権下でGDP成長率が1.5%以上になった時期は一度もありません(→ソース)。
GDP成長の牽引役である消費の伸びや購買力の伸びも最近は丸天井を帯びてきています。実質賃金の伸びは一応プラス圏ですがほとんどあってないようなものである一方、後述するようにフランスの家計は借り入れを増加させ続けてきたので、購買力や消費の伸びは借金によって見栄えが良くなっている可能性が高いです。そう考えれば購買力や消費の伸びは今後期待できそうにありません。
画像ソース:BNPパリバ
失業率はオランド政権下でずっと10%程度で推移してきました。15-24歳の若年層の失業率に至っては23-4%で推移してきました(→ソース)。
他にも設備稼働率、一人当たりGDP、労働参加率、純輸出、在庫残高等を見ましたが、どれも過去最低レベルにまで悪化しているか、そうでなくても停滞していたりリーマン前の水準に回復していないものばかりで、基本的に前向きな経済指標は見当たりませんでした。
前向きな指標はせいぜい2016年以降に製造業PMIとサービスPMIが上昇し、ここ最近は50後半にあることくらいでしょうか。
残念ながらフランスの経済指標はどれも先が思いやられるものばかりですが、あまり注目されない金融指標もよろしくありません。
フランスは欧州諸国のなかで最も金融資産が多い国なのですが(ドイツよりも上)、リーマンショック後から現在に掛けてフランスは債務を増やし続けてきました。
フランスのGDPに占める政府債務の割合は96%(2016年)と諸外国と比較すればまだ少ないのですが、民間債務はGDPに対して228.93%と世界的にもかなり高い水準となっています。
さらに厄介なのはフランスの債務の多くは対外債務であることです。2016年第3四半期の段階でフランスの対外債務は約4.9兆ドルあり、フランス政府債務2.5兆ユーロのうち約60%が対外債務と言われているので、対外政府債務はおよそ1.5兆ユーロほどあるようです。
よってフランスの対外民間債務は3.4兆ドル程度もあることになり、対外民間債務のGDPに占める割合はGDPの159%ほどもあることになります。
→ウェルズ・ファーゴの調査レポート
→【2017/01/06 Reuter】Le Pen plan raises franc questions over France's euro debt pile
この対外債務にはドイツといった他のユーロ圏の国が保有する債務も多く含まれているので為替リスクは数字ほど大きくありませんが、それでも金融危機が起こったときに弱い立場に立たされやすくなることに変わりありません。
またユーロ圏の国々の保有が多いといっても、イギリスと日本はそれぞれフランス債権保有額でそれぞれ第1位、第3位に付けているので為替リスクは結構あります。
GDPに占める民間債務の多さや対外債務の多さは決してフランスだけの問題ではなく、ユーロ圏の国々全体で言えることなのですが、GDPに占める民間債務は他のユーロ圏の大国と比較しても多いですし、対外債務に至ってはこちらのデータを見る限りではフランスはユーロ圏諸国(欧州全体でなく、通貨ユーロを採用している19カ国)のなかで最大です。
さらにフランスはユーロ圏全体とは異なり、リーマンショック以降の対GDP民間債務が現在まで上昇を続けてきた点に大きな特徴があります。
ドイツ、イタリア、スペインといった国々は、リーマンショックから現在にかけて対GDP民間債務は結果的に減少に向かいましたが、フランスだけは上昇し続けたのです。
画像ソース:Trading Economics
下図は民間債務のうち、家計債務と非金融法人の債務に関するフランスとユーロ圏全体のグラフですが、フランスがユーロ圏全体と比較して債務を増やし続けたことがわかるでしょう。
上図のフランス側の"Households debt outstanding"の赤線のようにフランスはリーマンショック後に可処分所得に占める家計の債務残高は上昇してきており、2016年末の段階では89.4%にまで増加してしまいました。
失業率が高止まりし実質賃金も伸び悩む中で、消費や購買力が上昇してきたと先ほど述べましたが、可処分所得に占める家計の債務残高の上昇を見れば借金によって何とかフランスの消費が維持されてきたというのが現実でしょう。
フランスは高失業率がオランド政権下で改善されなかったことが大きな問題だと言われておりそれは確かに正しいのですが、それだけでなく金融に関する潜在的な問題を無視することはできません。
特に他のユーロ圏諸国の趨勢とは異なり、リーマン・ショック後から現在に至るまでGDPに対する民間債務を増やし続けた点は非常に不気味です。
フランスの金融機関が抱える不良債権比率は2016年末時点で3.65%と他の欧州諸国と比べればまだマシなのですが、再び金融危機が起こってしまえば相当額の民間債務を抱えるフランスはたちまちブラックスワン的苦境に陥る危険性が高いように思えます。
ひとまず下火となったユーロ圏離脱問題が今後再びくすぶり始めたら...
ユーロ圏から離脱して自国通貨フランに戻すとの公約を掲げていたルペン氏が敗れたことにより、ひとまずユーロ圏離脱の問題は脇に置かれることとなりました。
しかし今後ユーロ圏離脱問題が再燃する可能性は否定できません。マクロン氏が経済・雇用問題や移民・難民問題を改善させられずに国民の不満がさらに高まったり、相場が暴落して世界金融大パニックが再度起こるようであれば、その可能性は高まるでしょう。
マクロン氏の若さや政治経験の少なさ、政治基盤の弱さ、それに投資銀行に勤めてきたエリートであまり民衆の側に立って物事を考えることが出来なさそうである彼が、フランスの厳しい経済・金融状況を打開する力があるようには思えません。
マクロン氏が仮に議会選挙で大勝利を収めればグローバリズム推進路線+移民受け入れ路線に進みそうですが、グローバリズム推進路線はフランス国内の経済や雇用の改善に結びつくものではありませんし、移民受け入れ路線はイスラム圏からのさらなる移民受け入れに反対するフランス世論(下図)と大きく反します。
画像ソース:Independent
マクロン氏が議会選挙で十分な議席数を取れなければフランス議会の機能が低下し、オランドの遺産が継承されながら様々な問題が先送りされるでしょうから、先ほど見たような経済・金融状況の腐敗の継続や移民問題の先送りにつながるでしょう。
要は来月のフランス議会選挙の結果がどうなろうが、フランスの困難は今後も続きそうだというわけです。
さらに世界の金融市場は異常な状態が続いており、マクロン氏の大統領の任期5年の間に世界金融危機が起こらずに平穏なまま過ぎ去るという蓋然性は低そうですので、フランスの停滞に追い討ちを掛けるように金融大パニックが生じる未来は考えなければなりません。
そうなると通貨ユーロの信用低下にもつながりかねませんので、フランスやその他欧州各国でユーロ離脱を訴える声が日増しに高まる未来は可能性の一つとして考えなければなりません。
現時点ではユーロ圏からの離脱の動きは完全に下火になったのであまり考えすぎても意味はないですが、もし今後何年か後にでもユーロ圏からの離脱の声が高まってきた場合にどんなリスクがありそうか、個人的なざっくりとした見解を備忘録として残しておきます(憶測も含まれますのでご注意ください)。
ユーロ圏からの一部の国々の離脱というのは、個人的に歴史上最大級の困難な状況を生み出すリスクがあると思っています。
現在の金融システムが使い物にならなくなり銀行閉鎖や預金引き出し制限といった状況が長期で生じたり、政治的な大混乱が生じるといったことがまず考えられます。
しかしそれ以上にマズイと考えているのは債権・債務の整理、清算に関する問題です。
ユーロ圏の各国が自国通貨に戻ろうとすると、自国通貨がユーロと比べて減価される可能性が高く、対外債務の返済がより厳しくなりデフォルトの確率が飛躍的に高まります。
これは非ユーロ圏の債権者にもダメージを与えますし、さらにはユーロ圏の債権者にもダメージを与えます。
ユーロ圏全体では対外債務が13.5兆ユーロ程度ありますが、実はこの数字は非ユーロ圏向けの対外債務のみで、ユーロ圏諸国間の対外債務は含まれていません。ユーロ圏の国々がそれぞれ抱える対外債務の合計は27兆ユーロほどありますので(こちらのデータから計算)、非ユーロ圏向け、ユーロ圏諸国間それぞれで13.5兆ユーロずつの対外債務があるのです。
ユーロから一国が離脱して自国通貨に戻せば、他のユーロ圏諸国が抱える、離脱した国の債権も真の意味で対外債権化するので、残されたユーロ圏の債権者も大きな負担を強いられるようになるのです。
ユーロ圏は離脱する国々が永遠に生じないことを前提としているがごとく、ユーロ圏の国々同士の対外債務を13.5兆ユーロ、GDPの100%以上という相当な高水準まで増やしてしまいましたから、ユーロ圏の離脱が債権・債務整理に関するユーロ圏の国々同士の醜い争いにつながる可能性は無視できないでしょう。カネの切れ目が縁の切れ目というヤツです。
またユーロ圏から離脱して自国通貨を採用すれば、世界中に存在するユーロ建ての債権債務をその通貨単位で再計算しなければならないので、相当な事務手続きが生じるでしょう。
さらに清算に関する話は当然法律も関わっており、ユーロ圏からの離脱によって様々な法律を制定する必要が出てきます。
ユーロ圏から離脱する国が増えれば増えるほど、債権・債務の通貨で見た組み合わせ数は指数関数的に増えていくので、場合によってはあまりにも複雑になりすぎて、ユーロ圏域内外の国際的な交渉を経ながら清算に必要な法律を逐一制定する作業が実務的に不可能になる可能性だって否定できません(この点はまだ全然不透明なので憶測です)。
こうした点を考えると、ユーロ圏の離脱により清算プロセスが行き詰って、それこそカネを巡って骨肉の争いが生じる可能性もゼロとは言えないでしょうし、こうしたリスクを重く見てユーロ圏離脱の民衆の動きを武力的に鎮圧する政治的な動きが出てくる可能性だってゼロとは言い切れないでしょう、テロとの戦いだのなんだのを名目にして。
債権・債務の清算というのはその国が過去の十字架をすべて脱ぎ去って、まっさらな状態で新たな再出発を切るための必要条件ですが、ユーロ離脱に関する問題の混迷化によって短期での清算が不可能となり、ユーロの呪いから抜け出したくとも抜け出せない、絶望的な泥沼状態に陥る可能性はゼロとは言い切れないと思っています。
要はもし仮にユーロ圏の離脱、ユーロ崩壊といった方向に向かったときに、それは腐敗のごとくゆっくりと進み、長期で泥沼化してやり直しのスタートラインにすら立てない可能性がゼロとは言い切れないということです。
(イギリスがEU離脱に舵を切れたのも、ユーロを採用せずにポンドを使い続けたことで債権・債務の整理の必要性が生じないから。イギリスのEU離脱とユーロ圏諸国のEU離脱とは次元がまるで異なるのです。)
**********
現時点ではあまりにも不透明なことが多すぎるので事細かく考えても意味はないのですが、長い目で欧州を見るときにこうした絶望的なリスクがあることを頭の片隅に置いておくのは無駄ではないかもしれません。経済・金融・人口・移民問題、どれをとっても欧州の長期的な未来は見えないですし。
まずは世界の市場が暴落して世界金融危機が生じたときにどうなるのか。ここが直近の最大の焦点です。
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