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専門家とFragile-1920年代のアメリカバブルから見える教訓-

   前回の記事で1920年代のアメリカバブルを簡単に振り返ってみました。 このときに起こった様々な出来事には、専門家に関する、私たちをFragileにする要素が沢山詰まっています。


   今回は1920年代のアメリカバブルから見える、私たちをFragileにする専門家に関する要素について考えていきましょう。 ポイントとして取り上げるのは次の4種類です:

  • 現在の状況に都合の良い理由付けをする
  • 平均回帰の無視
  • 権威性
  • 多くの専門家の一番の関心ごとは富と地位を守ること

   これら私たちをFragileになる要素を理解することで、自身をFragileにしないよう努めていきましょう。

現在の状況に都合の良い理由付けをする

   ニュースを見ていると、必ず各ニュースについて理由付けがされます。 政治、経済、社会的ニュース、どんな出来事に対しても"何故"という考察がされるものです。


   前回の記事で紹介した1920年代のアメリカでも、経済の成長が様々な"理由"によって正当化されたことがわかります。 テクノロジーの発展、生産性の向上、経営の進歩...こういった理由によって、アメリカ中の人々がバブルを至って自然な現象と捉えていたのです。


   元々私たちは何に対しても理由付けをしたくなる生き物です。 因果関係を求める心理は人間に生まれつき備わっているのです。 そう考えると、何に対しても理由を求めることは至って自然です。


   しかしその理由付けが本当に正しいかどうかは全く別です。 特に経済や金融と言った、人間の心理が複雑に入り組んでいる領域では、現状に対する理由付けは決して根拠のあるものとは限りません。


   面白い例をナシーム・タレブが著書「The Black Swan」で紹介しています。 2003年にイラクの元首相サダム・フセインが捕まった時、ブルームバーグニュースが次のように速報しました:


   U.S. TREASURIES RISE; HUSSEIN CAPTURE MAY NOT CURB TERRORISM.

   (アメリカ国債上昇 フセイン捕獲はテロの抑制にはつながらないだろう)


   しかしその30分後、同じくブルームバーグが今度は次のように伝えました:


   U.S. TREASURIES FALL; HUSSEIN CAPTURE BOOSTS ALLURE OF RISKY ASSETS.

   (アメリカ国債下落 フセイン捕獲がリスク資産の魅力高める)


   つまりアメリカ国債の上昇と下落という、互いに相反するニュースの根拠を、同じフセイン捕獲だと報じたのです。 要はフセインの捕獲とアメリカ国債との結びつきは全く根拠がないのです。

平均回帰の無視

   平均回帰の無視は私たちのあらゆる場面で働く、とてもFragileな心理です。


   私たちは本当に過去、現在を未来に当てはまることが大好きです。 直近の5試合で打率.667のバッターに対してはめちゃくちゃ期待してしまいます。 しかし大体のバッターの打率がせいぜい良くて.300という事実を考慮すれば、むしろ今後必ずスランプに陥るという考えの方が根拠があります。


   日本政府だって、直近の3ヶ月で工業生産が上がっていれば「これから景気は上向く」と予測します。


   1920年代のアメリカのバブルでも、平均回帰の無視が平気で行われてきました。 一番顕著なのは、やはり暴落3日前のフィッシャー教授の発言でしょう。 過去10年程アメリカの経済がずっと上向き続けたことに対して、永遠にアメリカ経済が反映し続けるという発言をしたわけですから。


   つまり専門家ですら、平均回帰の無視という非論理的な人間心理が平気で働くのです。


   平均回帰の無視にしばしば影響を与えるのが"New"です。 新しいテクノロジー、新しい手法といった"新しい"に対して、私たちは無限の可能性を信じてしまいがちです。


   1920年のアメリカバブルでも、ラジオや大衆車といった新しいテクノロジーが一生経済が反映し続けるという主張の一員を担いました。


   また1990年代半ばに起こったドットコムバブルのときも、ITが普及したことから永遠に成長できると思われていました。 しかし結果は予想通り、21世紀の初めに暴落してしまいしました(平均回帰の原則を頭に入れれば予想通りの結末です)。 しかも2014年現在、これから世界の経済成長率は20世紀後半と比べて下がるだろうと多くの投資家や有識者は考えています。


   ITの爆発的普及によって経済が永遠に成長すると思われ始めたのが1990年代半ばになってから。 それから僅か20年足らずで、あまりにも成長が早すぎて速攻で成長のパイを喰ってしまったからなのか、成長マージンがなくなってきているのが現状なのです。


   もちろんこれから新しいテクノロジーが生まれれば、どうなるかはわかりませんが・・・


   平均回帰の無視の一番の問題は、この無視によって生まれるムードが一つの群集心理を生み出してしまうことです。


   悲しいことに、バブルの時代はバブルを正当化する人たちが称賛され、バブルに否定的な人たちがコケにされるものです。 1920年代のアメリカでも、アメリカ全土が平均回帰の無視に陥って、永遠に成長すると思ってしまったのです。


   一度群集心理が形成されると、もはや歯止めが効かなくなります。 あらゆるバブルでは、平均回帰を無視することで生まれる「未来永劫成長し続ける」という幻想を抱き、熱狂し、そして最後に泡と化すのです。

権威性

   私たちは学者や理論と言った「頭がいい」「地位が高い」とか、そういうイメージをもった意見に対して無意識のうちに従ってしまいます。 「へぇ、頭の良い人はそう考えているんだ」「専門家が言っているのだから正しいだろう」と暗に納得してしまうのです。 このような人間の性質を権威性と呼びます。


   Fragileにならないために是非覚えておいてほしいのは、学者や理論の言い分が必ずしも正しい保証がないということです。 特に経済とか金融とか、そういった関連の学者の意見や理論をむやみに信用してはいけません。 万が一誤っていた時に、こちらが大損する可能性があるからです。


   上で見たとおり、経済の専門家でさえも、直近の事実を現実に当てはめたり平均回帰の無視という手法をとっています。 特に直近の事実を現実に当てはめるというのは、経済学の考えが正しいことを示す唯一の方法でもあります。


   しかし権威性が働いてしまうために、こうした完全なる根拠がない発言に対しても疑うことなく信頼してしまうのです。


   また理論に対しても権威性は働いてしまいます。 特に統計と言った客観的な数字やデータが使われていると、それだけ権威性は増します。


   政府の雇用統計とか、年金調査とか、そういった数字が使われているデータをニュースで見ると疑いを持たずに「へぇ、そうなのか」とうなずいていませんか? このとき無意識のうちに権威性が働いているんですよ。


   前回の記事に書いたように、1920年代のアメリカでは株式投資がリスクが少ないことを示す理論や文献がブームの牽引役となりました。 ここでも人々の権威性が働いて、株式投資はリスクが少ないものだと安易に受け取ってしまったと考えられます。

多くの専門家の一番の関心ごとは富と地位を守ること

   残念ながら多くの専門家の一番の関心ごとは、専門知識で世界を良くすることではありません。 一番の関心ごとは、富と地位を守ることです。


   1929年にバブルが崩壊して株価が暴落した後も、いままでバブルを正当化してきた経済学者たちは最後の抵抗をしていました。


   1920年代のバブルを絶大に正当化してきたフィッシャー教授は、バブル崩壊直後の1930年に出した著書「The Stock Market Crashーand After」の中で、この株価暴落は一時的なものでこれから株価はまた回復するだろうと述べています。


   フィッシャー教授は次のような理由によって、株価はまた回復すると考えていたのです:

  • 企業の合併による生産性の向上は時間が掛かる→しばらく経てば合併企業の生産性が増して経済は回復する
  • 科学的手法によって、経営効率は改善してきている
  • 車は発達したが、そのための道路整備や高速道路の建築が遅れている。整備が進めばさらに人やものの流動性が増して経済効果が出てくる。
  • 科学の発達や製品の発明のスピードが前にも増して早くなっている

   ・・・


   つまりまたもや都合の良い理由付けをして、経済、株価の回復を正当化しようとしたのです。


   しかし残念ながら、今度ばかりはフィッシャー教授の理由付けは全く経済や株価に反映されませんでした。 それどころか世界恐慌が起こり、世界経済に大打撃を与えることになったのです。


   だけれども最後まで抵抗したい気持ちはわかります。 人にはLoss aversionという、絶対に損したくない気持ちが宿っています。 自分の富や名誉を守るために、今までの自分を正当化し続けるのも無理はありません。


   あれだけ散々バブルを正当化しておいて、メディアにも大々的に取り上げられて一躍有名となった経済学者が、当時世界最大規模の株価暴落が起こって意見を翻したら、たちまち都合の良い人物だと思われて経済学者としての信頼が失墜することでしょうから。


   しかもフィッシャー教授は株価の暴落によって自身も大損してしまいました。 バブルが崩壊した後も経済は復活すると言い続けたのは、自身の富を失いたくなかったからかもしれません。


   専門家は所詮、人間なのです。 私たちはこの事実をしっかりと頭に入れた上で専門家を見なくてはなりません。 専門家を権威のある絶対的な人物だと勘違いすると、Fragileになりかねません。

階層構造とAntifragile、再び

   結局フィッシャー教授は自身が所属するエール大学によって救済され、富も経済学者としての地位も完全に失うことはありませんでした。 バブル崩壊後もアメリカ経済学会会長やエール大学の名誉教授としての地位も得て、安泰に暮らしていったのです。


   バブル崩壊によって多くのアメリカ国民が大損したにも関わらず、その先導役である人物がバブル崩壊後も暮らしを維持し続けたのは皮肉としか言いようがありません。


   ここにも地位の高いものが国民を犠牲にしてAntifragile的な利益を得る、階層構造の仕組みが働いているのです。

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