医師の診断を確率的に考えてみる-Base rate neglect-

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医師の診断を確率的に考えてみる-Base rate neglect-

   私たちは医師の診断を信じてしまいがちです。 しかし医師の診断を確率的に捉えることによって、診断の信憑性に関するイメージは大きく変わります。


   医療の世界を確率的に捉えることによって、私たちがいままで抱いていた当たり前の考えが実は「健康なのに医療を受ける」行為につながってたことを理解できることでしょう。 それによって無駄にお金を支払ったり、最悪の場合はIatrogenesis(医原病)によって別の病気を引き起こしているかもしれないことがわかります。


   知識は力です。 これから紹介する確率的アイデアによって、当たり前を疑える二次的思考を持ってください。

診断を確率的に捉える

   次のような問題を考えてみましょう。


   胃がんは年間で10万人、つまり1000人に1人が掛かる病気です。 医療技術の進歩によって、95%の確率で正しく胃がんを発見できるようになりました。 言い換えれば胃がんでないのに胃がんだと誤診される確率が5%というわけです。


   毎年胃がんの検査を受けていたあなたはいままで陰性でしたが、今年の検査で遂に胃がんだと宣告されました。 このときあなたが本当に胃がんに掛かっている確率はいくつでしょうか。


   ※1 検査結果が陰性だった場合の検査結果は100%正しいと仮定します。

   ※2 あくまでシミュレーションであり、各数値は空想上のものです。


   多くの人は胃がんに掛かっている確率を95%だと答えるでしょう。 何故なら医療技術の進歩によって胃がんを正しく発見できる確率が95%だからです。


   そう思ったあなた、残念ながら確率の魔術師に惑わされています。 本物の胃がんに掛かっている確率は、あなたの直感とは真逆なんです。


   胃がんと診断されて本物の胃がんに掛かっている確率は、何と2%未満なんですよ!

計算方法-何故胃がんの確率が2%未満なのか-

   何故2%未満という、直感と真逆の小さい確率が計算されるのか、その計算過程を説明しましょう。


   診断結果胃がんと宣告された人が、本物の胃がんに掛かっている確率を95%と答えた人は、そもそも求めるべきものが全くの的外れです。 求めなければいけないのは次の式

        (本物の胃がんに掛かっている人) / (胃がんだと診断された人)

の計算結果です。


   ではこの式がどうなるのか、計算してみましょう。 計算するにあたって、1000人が胃がんの検査を受けた状況を考えれば十分です。 このシチュエーションのもとで、上の式の分子と分母、それぞれの人数を求めてみましょう。


   まずは分子の計算です。 いま1000人が胃がんの検査を受けていますが、胃がんは年間1000人に1人が掛かる病気です。 よって分子の「本物の胃がんに掛かっている人」は1人となります。


   続いて分母の計算です。 1000人のうち胃がんだと診断されるのは、果たして何人でしょうか。


   胃がんだと診断されるのは次の2種類の人たちの合計となります。

  1. 本物の胃がんに掛かっていて胃がんだと診断された人たち
  2. 胃がんに掛かっていないにも関わらず胃がんだと診断された人たち

   よって上の2パターンの人数をそれぞれ計算すればよいわけです。


   まず1番目の人たちです。 本物の胃がんに掛かっている人は1人で、胃がんだと診断される確率は95%です。 よって1番目のケースの人数は1×0.95=0.95人となります。


   次に2番目です。 胃がんに掛かっていない人は999人で、そのうち5%の人が胃がんだと誤診されます。 よって2番目のケースの人数は999×0.05≒50人となります。


   よって分母である胃がんだと診断された人は全部で0.95+50=50.95人となります。


   以上から、胃がんだと診断された人が実際に胃がんに掛かっている確率は1/50.95=1.96%。 これが求めるべき答えです。 最初に話したように、胃がんと診断された人が本当に胃がんに掛かっている確率は2%未満になるのです。

何故ここまで実際の確率が低いのか

   何故ここまで低い確率が出るのでしょうか。 それは胃がんに掛かる確率が年間1000人に1人と少ないからです。


   これだけ胃がんに掛かる確率が少ないとなると、検査を受ける人のほとんどが胃がんに掛かっていない人になります。 そのためいくら検査精度が高くても検査精度が限りなく100%に近くない限り、胃がんに掛かっていない人を大量に検査することによるエラーが浮き彫りになってしまうのです。


   これは先ほどの計算過程にも現れています。 上の式の分母で計算した「胃がんに掛かっていないにも関わらず胃がんだと診断された人たち」の人数を思い出して下さい。 1000人中50人もいました。 一方で本当に胃がんだと正しく診断された人はわずか1人(正確には0.95人)。


   50人と1人、ものすごい開きですよね。 これだけエラーが浮き彫りになるのです。

Base rate neglectと人間心理

   では何故私たちの直感はこうした問題に対して、実際の答えとあまりにも正反対な答えを出してしまうのでしょうか。


   これは私たちの心理に働く、Base rate neglectというものが関係しています。 Base rate neglectとは、具体的でイメージしやすい数字には敏感に反応する一方で、統計的な一般的な数字を無視してしまう人間の性質を指します。


   上の問題をイメージしてみましょう。 病院で医者から検査を受けるというシチュエーションを考えると、「医者の診断結果」と「あなたが実際に病気に掛かる確率」は頭の中でものすごくリンクしやすいものです。


   「医者から検査を受ける→診断結果が出る」という流れなので、実際の確率は医者や医療技術の精度そのものと思いがちです。 よってこの95%という数字に敏感に反応してしまいます。


   しかし胃がんの発症確率が年間1000人に1人(これがBase rate)というのは、統計的な数字です。 こんなもの、急にパッと考えるなんて無理ですよね。


   医者から「胃がんです」なんて宣告されて、いきなり胃がんの年間発症人数なんて出てきますか? 医者の宣告と胃がんの統計的数字なんて、到底頭の中で瞬時にリンクできません。


   私たちの心理には、無意識のうちに常に働くSystem1と、意識しないと中々働かないSystem2があります。


   私たちは、System1の役割によって生み出される直感に考えが支配されてしまいます。 頭の中でのリンク、連想、こういったものはまさしくSystem1の役割。 よって上の問題でも、こうしたリンクによって導かれた95%という答えを直感的にしてしまうのです。


   逆に統計的数字のような、瞬時にリンク、連想できないものはSystem2によって考える必要があります。 しかしSystem2はとても怠け者。 確率の計算をする時みたいに、頭を絞って意識的に考えなければ使われません。 だから中々「胃がんが年間1000人中1人掛かる」というBase rateを考えられません。


   このようにBase rate neglectが誤った直感を生み出し、真実と真逆の解答をしてしまうのです。

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