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投資の教え、安全域の原則とAntifragile

   企業価値を軸とした証券分析を世に広め、バリュー投資の父とも称される賢明なる投資家、ベンジャミン・グレアム。 少しでも投資の勉強をしたことがある人ならば、誰でも一度は聞いたことがある名前でしょう。


   グレアムの投資哲学の中でも、一番有名で最も重要なのはやはり"安全域"の原則でしょう。 安全域とは一言でいえば、価値と価格の差分のことです。 価値に比べて価格が十分に安ければ、それだけ安全域の広い優れた投資対象と見なされるのです。


   この安全域の原則とAntifragileの考えには非常に似通った部分があります。

安全域の原則とAntifragile

   安全域の原則で最も大切なのは価値と価格の差分です。 価値以上の値段で株や債券を買った時に安全域は狭く、逆に価値に比べて安値で株や債券を買えれば安全域は広いのです。


   価値は企業がもつ、将来に渡って収益を伸ばす能力などによって決まるものです。 一方価格は短期的な収益やリスク、直近のニュース、憶測、それに人間の心理などといったものが複雑に絡んで決まります。


   価値と価格は大体次の図のように動くことが知られています。


価値と価格の関係


   ポイントは次の二つです:

  • 価格は価値以上にも価値以下にもなり得る
  • 長期的には価格は価値に戻っていく(平均回帰の原則)

   要は価格が高いときに買うと損しやすく、逆に価格が低いときに買えば利益を生み出しやすいということです。


   ここにまさにFragileとAntifragileのエッセンスが含まれています。 Fragileはちょっとの変動によってマイナスに働きやすく、Antifragileはちょっとの変動がプラスに働きやすいものだと話しました(→Fragile、Robust、Antifragileとは(理解を深めたい人向け))。


   下図を見れば、価値以上に価格が高い株や債券を買うことがFragileであり、逆に価格が価値に比べて十分安いときにはAntifragileになることが一目瞭然でしょう。さらに「安全域が狭い=Fragile」、「安全域が広い=Antifragile」であることが一目でわかります。


価値、価格、Fragile、Antifragile


   次の二つのベンジャミン・グレアムの言葉は、まさに投資におけるFragile、Antifragileの考えを表しています:

  • 晴天の景気状況のときに高い価格を払って買ったものの多くは、地平線上に暗雲の兆しが見えたら、時すでに遅く、大きな価値の下落を被る運命をたどる。 さらには、その投資家はその後の回復に確信を抱くことができない。 なぜなら、いずれ下落の一部は必ず回復するが、彼は不況の間を乗り切れるだけの真の安全域を手にしていないからである。
  • 安全域は、計算ミスや運の悪さを十分に吸収する効果がある。

   前者の言葉は安全域を持たない投資がいかにFragileであるかを述べています。 安全域をもたない投資、価値以上に高い価格で買った株や債券は、例え下落の一部が回復してもそれ以上のダメージを受けてしまうと言っています。 つまり価格変動によるプラスよりもマイナスの方が大きいと言っているのです。


   一方で後者は広い安全域がいかにAntifragileであるかを述べています。 価格が価値に比べて十分安ければ、例え景気低迷などの予期せぬことが起こってもダメージを抑えられるのです。 つまり価格変動によるマイナスは限られているのです。


   さらに平均回帰の原則があるので、長期的には価格は価値に向かってグングン上昇していきます。 場合によっては価値以上に価格が上昇することがあるかもしれません。


   総合すると価格変動はマイナスよりもプラスの方が大きいのです。 つまりAntifragileなわけです。


   最後に補足ですが、Antifragileの生みの親であるナシーム・タレブは元トレーダーです。 そしてトレーダーとしての経験がAntifragileの概念を生み出す大きな要因であると彼は語っています。


   そんな彼ですから、もちろん安全域の原則は知っているはずです(何かの著書で「安全域」という単語を使っていたので間違いないです)。


   安全域の原則がAntifragileの概念を生み出す役割を果たしたかどうかはタレブ自身公表してはいませんが、おそらく安全域の原則はAntifragileの概念を生み出す大きな要因になっていることでしょう。

将来性以上に重要な安全域の広さ

   人間は曖昧なことが大嫌いです。 曖昧で先行き不透明ものは断固として拒絶するものです。 だからこそ世の中であれだけ株価や地震といった予測がいたるところで行われているわけでもありますが。


   しかし世の中不思議なもので、不確かで不明瞭なものにこそ、広い安全域が潜んでいるものです。


   グレアムは次のように述べています:


   過小評価された銘柄にはさまざまなものがあり、恐らくその大部分は、確実な将来性が見込まれているわけでも、かつ確実に将来性がないわけでもないというような銘柄なのだ。

   このような銘柄を割安価格で買えば、たとえ収益が少々低下したとしても、それは必ずしもこの投資によって満足すべき成果を収めるための妨げとはならない。 このようなときに、安全域は本来の目的を果たしたといえるわけである。


   言ってしまえば、将来がわからないからこそ広い安全域がほとんど確約される。 モヤモヤして毛嫌いされているものの先に見えないお宝が隠されているのです。


   「町のあちこちで通りが血に染まっているときこそ、買いの絶好のチャンスだ。」という格言もあるくらいですから。 新興国投資では、こうした将来に明るい兆しがない最悪期に株を買うことが王道だとも言われるくらいです。


   もちろん将来に対する見通し、自信があるに越したことはありません。 しかしそれ以上に安全域が広いかどうか、Antifragileな領域かどうかが重要なのです。


   安全域の広ささえ確信がもてれば、例え将来どうなるか不透明でもチャレンジする価値は十分あるのです。


   こういう発想は何も投資の世界だけにはとどまらないと思っています。 例えば私のサイト運営だってそうです。


   私がこのサイトを運営している背景に、サイト作成が安全域の塊だという事実があります。 サイトを作成してもお金はほとんど掛かりません。


   その一方で多くの人に有用になりそうな自分なりの知識や経験をお伝えすることで、多くの人に貢献できるかもしれないという大きなメリットがサイト作成にはあります。 さらにもし多少なりともおもしろいと思ってもらえて、ファンが増えてくれれば私にとって大きな財産になります。


   さらに記事作成のためにいろいろ本や論文を読んで知識を蓄えられますし、記事としてアウトプットすることによってさらに理解が深まるところも見逃せないメリットです。


   そういう意味で私はサイト作成は安全域の塊だと思っているのです。 だからこうやって行動しているのです。


   将来どうなるかはわかりません。 このサイトが多くの人にファンになってもらえる価値のあるものになるか、人知れず永遠にサーバーの隅っこにとどまる存在かどうかはわかりません。 私の努力と運次第です。


   しかし大きく損する可能性がゼロで大きなメリットを得られるチャンスがあるならば、やらない理由なんてないですよね。 それだけ、ただそれだけです。


   皆さんも将来どうなるかまったくわからないことでも、安全域を有しているものをどんどんチャレンジしてみてはいかがでしょうか。 例え将来何も起こらなくても、損が限られているのならばそれだけで行う価値はあるでしょう。 少なくともスキルや知識が増える分のメリットは保障されていますし。


   100%確実に大成功を収められるかどうかを事前に知り得ることは不可能です。 しかし100%確実に大失敗しないで、あわよくば大成功を収められるかもしれないかどうかは事前に知ることができます。 こうした不確実で不明瞭で、広い安全域を有したAntifragileな領域にこそ本当の価値が隠されているのです。

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