Ludic fallacyとは-現実世界をゲーム的に捉える考えの過ち-

投資ブログへのリンク

Ludic fallacyとは-現実世界をゲーム的に捉える考えの過ち-

   皆さんは確率という言葉を聞いてどういったものを思い浮かべるでしょうか。 真っ先に思い浮かぶのはサイコロ、コインやギャンブルといったゲームではないでしょうか。


   確率という概念はゲームに留まらず、現実世界にも沢山存在します。 災害が起きる確率、株価が上がる確率などなど。 現実世界は不確かで満ち溢れているので、確率という概念を使って少しでも未来を知る努力が行われています。


   数々の歴史の中で、頭が良い人たちは現実世界を数学を使ってゲーム的に捉えることによって、不確かさな現実を少しでも理解できるように努めてきました。 しかし現実世界はゲーム的に捉えられるほど単純なものではありません。


   むしろ現実世界をゲーム的に捉える考えに支配されればされるほど、大きな過ちに繋がってしまうのです。 それがLudic Fallacyと呼ばれるものです。

Ludic fallacyとは何か

   Ludic fallacyとは、現実世界で確率が関わっている物事をカジノと言ったゲームのようなものと同等に扱う過ちのことを指します。 ナシーム・タレブが著書「The Black Swan」内で提言しました。


   より厳密に言えば、株価の変動など、現実世界で確率的に起こる現象は

  • ある決められた確率的なルールに従っている
  • このルールは数学的に人間が知り得る

と人々が暗黙のうちに誤解してしまっている過ちのことを指します。


   カジノや宝くじ、競馬といったギャンブルには運営者側が設定した決められたルールがあります。 そしてこのルールに則り、数学的に必ず運営者側が得するようにできています。 それはみなさんご存知のことでしょう。


   では地震の発生、経済の浮き沈み、戦争の勃発といった確率が絡むあらゆる物事はすべて、カジノのように確率的なルールが決まっているのでしょうか。 そしてそのルールを人間は正確に突き止めることができるのでしょうか。


   現在まで確率的ルールを探ろうと、数学的、統計的な研究が進められてきました。


   例えば金融の分野ではCAPM、アルファ、ベータといった現代ポートフォリオ理論があります。 この理論に従えば合理的な投資が出来るというのが、現代ポートフォリオ理論のうたい文句でもあります。


   しかしこの現代ポートフォリオ理論に従ったからと言って、必ずしも合理的な投資が出来るとは限りません。 何故ならこの理論では、市場が「正規分布」という確率ルールに則ったゲームであることを仮定しているからです。 しかしこの確率ルールが現実に則った仮定であるとの保証はどこにもありません。


   むしろこうして世の中を「ゲーミフィケーション」することによって、とてつもない影響を与えてしまうのです。

Ludic fallacyがもたらすリスク

   Ludic fallacyに惑わされた人たちが現実世界をゲーム化することで、理論が正しくなかったときにとてつもない大きな影響が起こりえます。


   前にプロスペクト理論の章で、LTCMが理論に従って投資をしたあげくに破産してしまった例をあげました。 →何故プロスペクト理論は重要なのか


   LTCMは年間で40%の利回り、つまり運用資金が1年で40%増えるというすごい成果を上げましたが、最終的には破産しました。 つまり40%の年利回りを得るために自らを死の危険に晒し、そして死んだのです。


   原因はLudic fallacyに引っかかったことです。 理論を100%正しいと思い込み、理論に従って年40%のリターンを得るために1000億ドル以上の巨額の金を借りまくってリスクを取り続けた結果、理論にはない「想定外」のことが起こってリスクが顕在化したあげく破たんしてしまいました。


   Ludic fallacyの何が問題かというと、「理論は現実世界に100%フィットする」という誤った思考に陥ってしまい、その理論を完全に信頼してしまうことです。


   私たちは理論に対して厳格、正確というイメージを持ってしまい、知らぬ間に理論を信じてしまうものです。 特に数学によって記述された理論だと、「数学の証明は一度証明されれば未来永劫正しい」という事実とリンクすることで、益々理論に対する信頼性が高まってしまいます。


   そして一度理論が世に広まるとほとんどの人が理論を信奉してしまい、中々誤りを発見できなくなります。 ダニエル・カーネマンが言うところの「Theory-induced blindness」に陥ってしまうのです。


   理論が現実世界を100%反映していることはまずありません。 物理学といった自然科学で、数々の自然現象、実験結果をリスペクトした上で厳格な数学を用いて理論を展開する学問なら別です。


   しかし経済学といった実験できない学問や、人間心理が潜む学問では理論が現実世界を100%反映しているとは考えないほうが無難です。 むしろ理論が100%正しいと思い込む人間がいることにより現実が歪んでいき、ある時突然壊滅的な出来事が起こるのです(LTCMの崩壊はまさにその典型です)。

問題は生きるか死ぬか

   理論を現実に応用するのは決して悪いことではありません。 しかし理論が現実に100%フィットしているという勘違いのもとで死を招くリスクを平気で行う、これが最大の問題なのです。


   LTCMの例でも、理論を信奉して40%の年利回りを得るために巨額の借金をして死の危険に晒すことは妥当だと思いますか? 「原発の安全神話が正しいとの仮定のもと、火力発電の費用を浮かすために原発を再稼働する」と置き換えれば、もっと直感的に理解できるでしょう。


   大切なのは理論が正しい、正しくないことよりも、あなたが生きるか死ぬかの方が圧倒的に重要だということです。 万が一のことが起こっても死なないようにする、これこそが最重要課題です。


   もしも理論が世の中を正しく反映していなかったらどういった結果を招くのか、その結果は悲惨な結果なのか、そういう目線で物事を見ることが大切となります。

アボマガリンク


アボマガ・エッセンシャル(有料)の登録フォームこちら


アボマガお試し版(無料)の登録フォーム


このエントリーをはてなブックマークに追加   
 

関連ページ

Antifragileとは何か?
何故Antifragileが重要か-ランダムと非線形-
不確実を味方につけて大きな利益を得るための3要素
非線形とは何か-Fragile、Robust、Antifragileを理解するために-
Fragile、Robust、Antifragileとは(理解を深めたい人向け)
職業によってリターンの度合いが異なる-Antifragileをブレンドする-
失敗とテクノロジー-テクノロジーはTrial and errorから生まれる-
ベーコンの線形モデルとは-何故理論あってのテクノロジーなのか-
偶然とテクノロジー-理論とテクノロジーの非対称性-
ランダムだから人生が楽しくなる
「努力は報われる」を考える-漠然を愛する考えの提案-
企業の目標はオプションが多い-企業と個人の目標の置き方の差異-
土壌を広げて成功を待つ-Antifragile的成功への考え-
犠牲と利益-大きな利益を得るためには必ず犠牲が伴う-
犠牲と利益-列車の安全性の裏に乗客の犠牲あり-
失敗は大きな利益を得るための情報
平均は求める場所ではない-尖ったものが合わさってバランスをとっている-
Ludic fallacyとは-現実世界をゲーム的に捉える考えの過ち-
Ludic fallacyと教育-学校で学ぶ確率はすべてゲームの世界-
経済学教-Economics rationalizes us-
Known unknownsとUnknown unknownsとは
1920年代のアメリカバブルから見るバブルの正当化
専門家とFragile-1920年代のアメリカバブルから見える教訓-
つながりの力-独立性の有無が大人数の選択の意味を変える-
自分で自分の文脈をつくる-成功本には必ず文脈がある-
帰納の問題と食品の安全性-被害が出るまで安全かどうかはわからない-
レーシック手術と帰納の問題
Iatrogenesis(医原病)とは何か-医者は別の病気を生む-
血液を医師に抜き取られて死んだ男、ジョージ・ワシントン
女性特有の病気とIatrogenesis-ヒステリー&マンモグラフィー-
スウェーデンの結核死亡率の歴史-寿命を延ばす要因は医療だけではない-
生存率と死亡率の違い-医療と正しく付き合うために-
リード・タイム・バイアスとレングス・バイアスとは
生存率は医療界の生存にプラスに働く
健康基準に根拠があるとは限らない、科学的に決められたとしても
医師の診断を確率的に考えてみる-Base rate neglect-
正しさを追い求めることの罠-正しさとFragile-
正しさを追い求めることの罠-正しさと心理との関係-
一次効果と二次効果とは-何故計画は現実を過小評価するのか-
不安定が安定をもたらす-人工呼吸器とJensenの不等式-
投資の教え、安全域の原則とAntifragile
リスクとボラティリティとの違い-ボラティリティはリスクにも利益にも変化する-

▲記事本文の終わりへ戻る▲

▲このページの先頭へ戻る▲