犠牲と利益-列車の安全性の裏に乗客の犠牲あり-
以前の記事で話したように、大きな利益を得るためには必ず何かしらの犠牲を伴います。 特に階層構造が働いている分野(社会、自然など)では、階層構造の下にあるものを犠牲にすることで階層構造の上にあるものが大きな利益を得るという構図が出来上がっています。
犠牲があっての利益、これは日本の鉄道の安全性にも当てはまります。 現在の日本の列車の安全は極めて高いレベルにありますが、この高いレベルに達したのは数々の乗客の犠牲があったからなのです。
列車事故と安全性向上の歴史
いま私たちが当たり前のように乗車する列車。 人命を奪う事故はほとんど起こっておらず、安全な乗り物として認知されています。
特に新幹線は開業以来、2014年現在で乗客の死亡事故は一度も起きておらず、日本の鉄道の安全性の象徴となっています。
しかし列車の安全が確立されたのは、過去国鉄時代に度重なる事故による多数の乗客の犠牲があったからです。
例えば1951年に起こった桜木町事故では、神奈川県の桜木町駅構内で京浜東北線が火災を起こし、106人の焼死者を出す大惨事となりました。
ここまで焼死者が膨れ上がった原因は乗客が列車のドアや窓を開ける術がなく、車外に脱出できなかったからでした。 当時の車両には列車のドアを強制的に開ける非常用ドアコックがなかったのです。
この事故を契機に、以後すべての列車には非常用ドアコックがつけられることになりました。
その後1962年には三河島事故が起こりました。 東京都の常磐線三河島駅構内で列車が脱線し反対方向の線路に乗り上げ、そこに反対方向の列車が衝突したのです。 この事故で死者160名もの犠牲者が出ました。
脱線した車両から非常用ドアコックを開けて列車の外に出た人たちが、反対方向からの列車に轢かれたのです。 皮肉にも桜木町事故を教訓とした非常対策が、多くの死者を出した要因になってしまったのです。
三河島事故を契機に、いまでは当たり前となったATSと呼ばれる自動列車装置が全列車に取り付けられることになりました。
安全性の裏に乗客の犠牲あり
列車事故の歴史を見ていくと、数々の列車事故による多数の犠牲者のもとに列車の安全が確立されてきたことがわかります。 つまり日本の鉄道という一つの世界が大きな信頼や実績を得てきた裏には、乗客の犠牲が重要な役割を果たしているのです。
もちろんこれは犠牲者が出ることが良いと言っているわけでも、犠牲者を出してきた鉄道会社を擁護しているわけでもありません。 一人一人の命はそれだけの重み、価値があるということです。
日本の新幹線が開業以来50年全く乗客の死者を出さなかったのも、それまでに多くの人が犠牲になったことで安全性に対する十分な配慮があったからかもしれません。 もしもそうでなかったら、開業当時の新幹線の安全対策がもっと疎かにされ、新幹線同士の衝突といったさらに悲劇的な事故を起こしていたかもしれませんから。
安全対策は技術の進歩によるものという側面で見てしまいがちですが、安全対策に高度な技術を導入するきっかけが生まれたのは犠牲があったからです。 もし犠牲がなかったら、そもそも安全対策を十分に行う意識がいまほど大きくないでしょうから、安全技術はここまで確立されてこなかったでしょう。
列車だけでなく、例えば飛行機の事故が減ったのも数々の事故がありより信頼性の高い安全技術が確立されたからです。 信号機の導入によって歩行者の道路横断中の死者が減ったのも、背景には高度経済成長期に信号機のない混雑した幹線道路を横断せざるを得なかった、多くの子供たちの犠牲があります。
システムの安定化のために人間の犠牲が伴うことはなんとも悲しいものですが、犠牲と修繕を繰り返すことで高い安全性が生まれてきたのです。
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