社会保障の国民負担増加への流れ...シャウプ勧告を葬ったツケがまわってきた
2016/12/05
「年金カット法案」と揶揄されている年金制度改革法案が衆議院で可決し、参議院に送られました。
→【2016/12/02 毎日新聞】年金改革法案 参院で審議入り
年金支給額の抑制を強化する年金制度改革関連法案が2日、参院本会議で審議入りした。与野党議員の質問に対し、安倍晋三首相は「世代間の公平性を図り、制度の持続可能性を高めるものだ」と説明。民進党など野党側は「年金カット法案だ」と強く反対している。
法案は毎年度の支給額の改定ルールを見直し、保険料を負担する現役世代の賃金が下がった場合は年金も必ず減額する内容が柱。少子高齢化に合わせて支給額の伸びを年1%程度ずつ抑制する「マクロ経済スライド」という仕組みも強化する。
実質的にはマクロ経済スライドの強化と言えるでしょう。従来のように物価や賃金が上昇したときに年金額を減額するマクロ経済スライドが発動するだけではなく、賃金の下げ幅が物価の下げ幅よりも大きい場合には、容赦なしに賃金の下げ幅に合わせて年金を減額するスライドが発生するのですから。
下の記事は画像つきで簡潔に説明されているので内容がわかりやすいです。図だけでも見ておくとポイントがよくわかると思います。
背景にあるのは2004年以降、デフレ期間が続いてマクロ経済スライドを発動できず、物価の下落幅に応じて年金を減額することができなかったことがあります(→参考)。今回の法案によってデフレ状況下でも減額できるようになります。
また厚労省が公的医療保険制度の見直しを検討しており、低所得者も含めて保険料等の負担を増やす方向に進んでいます。
こうした動きをみると、社会保障負担増を求める制度改革への動きが目に見えて本格化してきたと言えます。
こうした動きに対し、個人的にはある意味で仕方のない部分があると思っています。日本の財政の歴史をちょっと眺めてみれば、「遂に来るべき道へ来てしまったな」という感が否めないからです。
要は取るべきところからお金をとらず、支出だけがバンバン増えて大盤振る舞いされてきて、経済成長が徐々に低迷し税収不足に陥り始めれば国債に頼って賄おうとしてきたわけですから、社会保障制度が行き詰るのは致し方のないことと言わざるを得ません。
高度成長期には経済成長による富の増加、ならびに労働人口増によって放っておいても税収が増加する環境であったがために、所得税減税や租税特別措置による国民への還元措置をとる余裕すらありました。
しかし経済成長による税収増の恩恵も徐々に陰りが見え始め、1965年に戦後初めての赤字国債を発行、オイルショックからバブル発生までの間の税収依存度の低迷も続き、もはやいままでの税制では十分な財源を賄えなくなっていったのです。
そこで手をつけられたのが消費税です。つまり税収を賄うために、資産や所得が少ない人ほど税負担が増えやすい逆進性の税金の創設が目指されたのです。最初は導入への大きな抵抗があったものの、結局は導入されることに。
さらに所得税率も減税され、所得が大きい人ほど減税幅も大きくなる仕組みに変わりました。80年代の税制改正によって「カネが相対的に少ない人たちから税収不足を賄う仕組み」が確立されていったのです。
その後はバブルの崩壊、不良債権問題、失われた25年へと移るわけですが、抜本的な税制改革が行われるわけでもなく、所得税、法人税収入は減る一方で消費税からの収入増で賄っているのが現状です。
失われた25年の背景には「カネが相対的に少ない人たちから税収不足を賄う仕組み」を継続してきた事実があるのです。
少なくともオイルショックのあった1973年から40年以上にわたってまともな税制(お金のあるところから積極的に税収を賄うような税制)をとってこなかった一方で、社会保障費等の支出や債務はどんどん増えてきたのですから、今回のように年金額の削減や社会保障費の個人負担増加への流れがいつ強化され始めてもおかしくなかったのです。
「シャウプ勧告」の重要指摘を墓場に葬ったツケが日本に本格的にまわってきた
「シャウプ勧告」とは戦後日本において、GHQからの要請で派遣された使節団によって出された、日本の税制に関する報告書のことで、戦後の日本税制の骨格とも言われています。
戦後の日本税制の骨格だとは言われていますが、当時の税制改正の頃からシャウプ勧告の内容を修正した税制を採用しており、高度成長の前の時点で日本の税制はシャウプ勧告を事実上骨抜きにしたものとなっています。
シャウプ勧告では所得税の最高税率を引き下げる一方で、富裕税の導入やキャピタルゲインへの完全な課税をするよう述べられました。背景には当時の財閥解体の流れの中で、少数の個人への富の集中の防止というのがありました。
日本も1950年の税制改正のときには、シャウプ勧告に基づいて所得税の最高税率を引き下げる一方で、富裕税や有価証券譲渡益への課税を導入しました。
しかし53年には早くも富裕税も有価証券譲渡益への課税も廃止されています(譲渡益への課税はその後平成元年に復活しましたが)。一方で富裕税廃止の代替措置として、所得税の最高税率が引き上げられました。
富裕税の廃止の経緯として、税収総額が多くなく、資産の包括的把握の税務執行上の問題が浮上したためというのがあり、確かにそうした旨を当時主税局長を務めた人物も述べています。
しかし数字を見ると、富裕税廃止後の所得税の増収は約6億6000万円程度だったのに対し、富裕税減税に伴う減収見込み額は約19億円だったのですから※、税収総額が多くないという理由での廃止というのは説得力に欠けます。
※『現代税制改革史―終戦からバブル崩壊まで(石 弘光 著)』を参照
一方、シャウプ勧告ではこう述べられています:
「富裕税の税収は、今後数年間は多額にのぼることはない。しかしこれは税を課さない理由にならない。経済復興が進むにつれ、富の集中と蓄積が顕著となってくる。富裕税は将来に対して設けるもの・・・。」
富裕税の導入は長期的視座で提唱されたにも関わらず、勧告の移行を無視して導入からわずか3年程度で富裕税は廃止されたのです。その後日本では富裕税の話は現在までほとんど(まったく?)出てきませんでした。
シャウプ勧告は戦後の日本税制の骨格だとも言われていますが、その重要な中身は事実上、短い間に墓場に葬り去られてしまったのです。
さらにシャウプ勧告ではこうも述べられています:
「富裕階級は、現代においては、その所得の大部分を、政府の歳出を通じて社会全体の福祉のために提供することを求められており、・・・」
シャウプ勧告から65年以上の月日が経ちますが、大企業は内部留保を溜め込む一方で、非正規社員の増加による賃金の低下、社会保障費の国民負担を求める動きの活発化など、格差は拡大し貧困層がどんどん増えてきています。まさにいまの日本はシャウプ勧告の意向とは正反対のブラックホールへと突き進んでいます。
シャウプ勧告の重要指摘を墓場に葬ったツケが、日本の国民に回り始めているのです。
(以上のシャウプ勧告の中身の引用は『富裕者課税論(安藤 実 著)』から行いました)
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社会保障は産業革命以降の近代化の流れで生まれてきました。しかし先進国での少子高齢化や生産性の低迷などにより、これまでの近代化の考えを転換させる必要性が迫られ始めています。
また社会保障の動きは、イギリス・アメリカによる国際政治の単独覇権の歴史とも平行して動いてきました。しかしロシアのプーチン大統領が言うように世界に1極秩序をつくろうとする動きは大きな転換点を迎えているように思います。
その動きが、中東を中心としたロシアの国際政治での影響力の台頭、トランプ氏の勝利、TPP離脱への動き、EU離脱の声が日増しに高まっている状況、ロシアや東アジア・中東の一部国家による現地通貨を利用した複数国間での貿易・経済協定を結ぶ提案などに現れています。
社会保障の発展を包含した、あるいは平行して動いてきた、先進国の近代化や一極秩序の形成が下降局面に入ったいま、従来の社会保障の考え方から制度までもが通用しなくなる未来は、歴史的観点からは必然に思えます。各国の債務残高や最近の長期国債利回りの上昇の動きをみれば、ますます避けがたいと言わざるを得ないでしょう。
現在の社会保障関連をはじめとした日本および世界の動きは、私たち一人ひとりが将来のお金のやりくりから健康に関する事柄まで、根本的に考えを改めるよう要求しているように思えます。政府や国に全てを頼りすぎずともなんとかやっていけるような、将来の生活設計や心身の健康づくりを真剣に考える契機と受け止めるのが良いような気がしてなりません。
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