米国のTPP離脱による日本の迷走...試算が示す悲観的な未来はまだまだ楽観的。本当の底はもっと深いだろう
2017/01/28
トランプ大統領がTPP離脱を表明し、大統領令に署名してから、なんだか日本の歯車が一気に狂い始めてきた印象があります。
安倍首相はトランプがTPP離脱の大統領令に署名した後にも、TPPの戦略的、経済的意義について腰を据えて理解を求めていきたいと発言。
トランプのTPP離脱発言を受けて、TPP交渉を進めてきた日本政府関係者は「予想されていたこと」と発言。 経団連の榊原会長は「TPPは完全に死んだわけではない」と発言。
日本政府はトランプがTPP離脱の大統領令に署名した後、現在のTPP対策本部を改組し、通商交渉全般を統括する省庁横断の組織を立ち上げる方向で調整するとあります。
こうした経過をみれば明らかなように、日本の政・官・民はいずれもTPP発効ありきで考えてきており、米国のTPP離脱は「ありえない」と目を瞑り、そのシナリオが現実化したときの戦略を何も考えてこなかったことがわかります。
トランプのTPP離脱に関する大統領令署名のあとに出てきた日本関連のニュースといえば、次のようなものです:
- 【2017/01/24 Youtube】安倍首相、云々(うんぬん)を「でんでん」と読んでしまう痛恨のミス
- 【2017/01/25 ブルームバーグ】日銀オペめぐり「テーパリングの可能性」との声、 債券一時急落
- 【2017/01/25 日本経済新聞】金利1%上昇で20年度の国債費3.6兆円増 財務省試算
- 【2017/01/25 日本経済新聞】20年度基礎収支、想定外の赤字拡大 8.3兆円
- 【2017/01/27 東京新聞】17年度年金額0・1%引き下げ 物価下落反映
上記報道はいずれも米国のTPP離脱とは直接関係ありませんが、流れを見ているとどうも米国のTPP離脱を受けて、日本のたがが外れてしまった感があります。
特に上の2番目~4番目のニュースが1月25日にまとまって出てきたことは、何だか少し将来への嫌な予感を感じました。
米国のTPP離脱は日本の今後の動きに極めて大きな影響を与えることが予想されます。通商交渉全般を統括する省庁横断の組織を立ち上げる方向で調整という時点で、内部は大混乱であることを匂わせますから、今後日本は入念な戦略に沿って動くのではなく、その場その場の決定で生じた流れによって未来が決まっていきそうです。
試算が示す悲観的な未来はまだまだ楽観的。本当の底はもっと深いだろう
上に「20年度基礎収支、想定外の赤字拡大 8.3兆円」というニュースリンクを貼りましたが、このニュースの情報源となる一次情報は、内閣府が1月25日に発表した中長期の経済財政に関する試算です。
この中身をちょっと見てみて、いくつか個人的な発見があったのでメモしておきます。個人的に重要だと思った点は3つあります。
まず、試算されている社会保障費の年度ごとの増額度合いが、今後の少子高齢化のペースと比較すると明らかに少ないです。実は内閣府の試算の数字をもとに計算するとわかるのですが、各年度の社会保障費の見積もり額は、税収見積額の55%後半~58%前半の狭い範囲にキレイに収まっているんですよね。
前回の2016年7月の試算と比較して、今回の試算では税収見積額が減っているのですが、それに呼応して社会保障費の見積額も減っていました。
これから暗示されるのは、税収が減れば国が出せる社会保障費も減り、さらなる年金減額や高齢者の社会保障費負担増加が今後待ち構える可能性が十分あることです。
2つ目のポイントは、現実的な経済成長のケース(ベースラインケース)では、2021年度以降に名目長期金利が名目GDP成長率を上回る趨勢であることです。すでに日本の債務残高がGDPの2.32倍ありますから、単純に考えれば2021年度以降は新たな借入を全額経済に投入しても借入金を返済することは無理、ということになります。
別の視点でみたときに「名目長期金利>名目GDP成長率」で何が問題なのかというと、財政健全化のための拠りどころになっている理論である「新・ドーマー定理」(ドーマー条件)を満たさなくなってしまうからです(「新」とつけたのは後述)。
新・ドーマー定理とは「(プライマリーバランスの赤字がGDPの一定割合のとき)、経済成長率が利子率を上回れば財政は破綻しない。」というもの。内閣府の試算によると、2021年度以降は「名目長期金利>名目GDP成長率」となる趨勢のために、日本が財政破綻しないと主張し続けるための拠りどころを喪失してしまうのです。
ここで「新」と付けたことについて。実は本当のドーマーの定理は「国債発行(財政赤字)がGDPの一定割合であれば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束し、財政破綻は生じない。」というものなのです。本当のドーマーの定理を利用すれば、日本が財政破綻しないなどと主張することなど、とうの昔に出来なくなっていたのです。
しかし1979年から80年あたり、ちょうど石油ショックで経済停滞を招き政府債務対GDPが上昇していたころ、日本の経済学者が新・ドーマー定理のルーツなるものを生み出し、1982年(1985年に金利自由化する前)に大蔵省が新・ドーマーの定理導入を喧伝し、現在まで利用されているようです(→ソース)。
この新・ドーマーの定理導入に関する実際の記事の見出し、すごいですね。「大蔵省、利上げ圧縮へ新理論――国債の金利水準が名目成長率上回ると財政破たんへ」ですって(赤字は私がつけました)。
仮に事実であるとすれば、2021年度に日本は財政破綻することになりますが。なんてね。
まぁ35年前のことは見逃すにしても、本物のドーマーの定理を都合よく修正した新・ドーマーの定理でさえ、2021年度からは拠りどころにできなくなるのですから大変です。今後どうするのでしょう。また別のドーマーの定理をつくりだすのでしょうか?(笑)
いずれにせよ、少なくとも東京オリンピック後の日本において、必ずどこかで大きな痛みを伴うやり直しに迫られることは間違いなさそうです。
最後に一番重要ポイントがあります。それはこの内閣府の試算は(というか基本的にどの試算も)楽観的なシナリオのもとで見積もられているということです。
何が楽観的なのかというと、今後日本が大きな経済不況に見舞われることはなく、現在の低失業率水準を仮定していることが一つ。また長期金利が1.5%を超えることはないと考えていることが一つ。
ニュースで報道される「想定外の赤字拡大 8.3兆円」などという表現や数字は、まだまだ楽観的で可愛いものなのです。
今後日本を大不況が襲ったり、ここ30年の金利減少の債券市場のトレンドが反転して長期金利が上昇してしまうというブラックスワンが起これば、「想定外を大きく上回る想定外」に見舞われる可能性は決して排除できないのです。
そうなれば当然税収も減るでしょうから、私たちが想像する以上の年金カット、国民が支払う社会保障費負担増といった将来も想定外とは言えなくなります。
上にリンクを貼ったとおり、1月25日には国の財政が中長期で厳しい状況に置かれ、金利が1%でも上昇するとより厳しい状況になるという報道が出る前に、日銀がテーパリングするのではないかという報道が出ましたよね。
今後日銀が金融緩和の出口戦略を取った結果として長期金利が上昇して、政府の財政を支えきることがもはや困難になる...こういった最悪の結末も考えなくてはならない時期に入ってしまったのです。
**********
米国のTPP離脱を受け、今後日本は大きく迷走していくかもしれません。最悪を見越して、個人的に何らかの対策をしていくことが重要となっていきそうです。
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