権威性と数学その2
前回の記事で数に対して権威性が働く要因の一つとして、数がもつ客観性をあげました。 しかし数に対して権威性を感じるようになった要因があると思っています。 それはピタゴラスの成果です。
(以下、サイモン・シン『フェルマーの最終定理』を参考しています)
ピタゴラスの定理でお馴染みのピタゴラスは、数学のもつ神秘性を私たちに知らしめた最初の人間です。 彼は世の中の自然現象は法則に支配されていて、これら法則は数式によって表されることを見抜き「万物の根源は数である」と考えました。
彼は数と自然界の法則とのつながりだけではなく、数自身も特別なものと考えていました。 ピタゴラスはピタゴラス教団という数学、音楽、哲学の研究を行う結社を創設しました。 ピタゴラス教団は一種の宗教結社であり、特に数学に対して思想の基礎を置きました。 数と数との関係を理解することで、宇宙の神秘を知り神々に近づけると考えていたのです。
中でもピタゴラスは「完全数」(Perfect Number)と呼ばれる数を特別視していました。 例えば6や28は完全数です。 6の約数は1, 2, 3, 6の4種類です。 自分自身の「6」以外の約数をすべて足すと1+2+3=6となり、自身と同じになりました。 同じように28の約数は1, 2, 4, 7, 14, 28の6種類で、自分以外の約数を足すと1+2+4+7+14=28となり、自身と一致しています。
このように自分自身以外の約数をすべて足すと、自分自身に一致する数を完全数と呼ぶのです。 ピタゴラス学派の人たちは、完全数のこうした数学的な性質を神秘的なものと考え特別視したのです。
またピタゴラス学派の外でも、「月が28日で地球を周回する」「神が6日で天地を想像したと主張する」と信じていた文化が存在するなど、完全数が宇宙、神とつながっている神秘的な数だと一部では知られていたのです。 (ちなみに本当の月の周期は約29.5日ですので、実際は誤りだったことがわかります)
後に古代キリスト教の神学者であるアウグスティヌスは、著書『創世記逐語注解』の中で次のように述べています:
「6はそれ自身として完全な数である。それは神が万物を6日で創造されたからではなく、むしろその逆が正しい。 神が万物を6日で創成されたのは、この6という数が完全だからであって、例え6日の業がなかったとしても6の完全性は揺るがないであろう」
つまりアウグスティヌスは、完全数は神によって与えられたのではなく、完全数それ自身が特別な力を持つと考えたのです。
このように昔から数自身が、神とは異なる絶対的なものとして見られていたのです。 こういうところからも、数が権威性をもつことが伺えます。
さらにもう一つ、数学の権威を確固たるものとしたピタゴラスによる重要な成果があります。 それは数学的証明の開発です。
数学的証明とは公理という前提条件を立ててスタートし、公理からどんどん論理的に議論を展開することによって結果を得るというアプローチのことを指します。
公理は普通、私たちが当たり前だとすぐに認識できるものが採用されます。 例えば「10時に家を出る」が正しければ、「10時に家を出る、または11時に家を出る」も正しいですよね。 これも一つの公理です。 (一般的にいえば、命題Pが成り立てば、命題Pまたは命題Qが成り立つ、ということです)
こういった当たり前の公理からスタートして、そこから論理的に話を進めていろんな定理を得ることが数学的証明なのです。
数学的証明の最も重要な性質は、一度証明されたら永遠に真実であるという普遍性です。 これは他の科学の分野では絶対に使えないアプローチです。 何故なら他の科学の分野では、理論が正しいかどうかは無限にある自然現象すべてに対して理論が100%当てはまることを言わなければいけません。 しかしこれには無限の時間が必要です。
数学は、他の科学分野での理論の証明に必要不可欠であった「無限の時間」を排除して、一度示されれば永遠に正しいという普遍性をもつ唯一の分野なのです。 そしてこの普遍性を見出したのが、数学的証明を開発したピタゴラスというわけです。
- 永遠に正しい→誰にも逆らうことはできない
- 数学以外の分野で永遠に正しいことを証明することはできない
この二つが最終的に数学の権威性を決定付けたのではないかと思っています。
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