EV・PHVシフトに慎重なトヨタの新チャレンジとその事情
2017/12/20
【2017/12/18 日本経済新聞】トヨタ、部品・素材に構造転換迫る 全モデルに電動車
トヨタ自動車は18日、2025年ごろまでに世界で100程度あるとみられる全車種に電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などの電動モデルを設けると発表した。HVを今後も主軸と位置づけるが、車載用電池の開発や生産で30年までに1兆5000億円を投じ、EVの品ぞろえも強化する。
トヨタ単体で30年の電動車の販売を全体の半分にあたる550万台以上にする。内訳は450万台がHVやプラグインハイブリッド車(PHV)で、EVと燃料電池車(FCV)が100万台。EVは20年代前半に10車種以上を投入しFCVも商用車などに車種を広げる。台数ベースで現在16%の電動車比率を約3倍に引き上げる。
電動化を進める背景に各国の環境規制強化がある。米国の一部の州や中国はHVを環境車の対象外とする新規制を順次導入。英仏政府は40年までにガソリン・ディーゼル車の販売を禁止する方針だ。各国の規制は流動的で、長期的にHVの販売が継続できるかは読めない。EVについても「商品化を急ぐ必要がある」(トヨタ幹部)。
先ごろ、電動車普及に向けた新チャレンジを公表したトヨタ。しかし数字をみると、表現とは裏腹にトヨタのEV・PHVシフトに慎重な姿勢がうかがえる。その慎重の背後には、全固体電池の技術開発で壁にぶち当たってしまったトヨタの苦悩が伺える。
EV・PHVシフトに慎重なトヨタの新チャレンジの中身
トヨタは先ごろ電動車の開発・展開を軸とした、2020年代~2030年までの電動車普及に向けたチャレンジを公表しました。
その実態は、どうやらトヨタはこれからもHV(ハイブリッド車)主体で、徐々にPHV(プラグインハイブリッド車)やEV(電気自動車)にシフトしていくという、慎重なもののようです。
直近まで、トヨタは147万台のHVとPHVを販売してきました。このうちPHVは5万台で、残りの142万台はHVです。EVやFCV(燃料電池車)は現在まで販売されていません。
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最初の日経の記事の数字とつき合わせると、2030年までにHV+PHVの毎年の新車販売台数を300万台程度増やす一方、EV+FCVは100万台増えるにとどまるのです。
さらにHV+PHVの販売台数を300万台増やすというのも、HV主体となりそうです。
現在のトヨタのHV+PHVはほぼすべてをHVが占めています。トヨタは米国に5年間で100億ドル規模の投資をする計画を立てていますが、HVの基幹部品の生産工場の建設が主となる模様です。
またHVではなくPHV主体でいくのであれば、現在の環境規制の流れからPHV単独の販売台数目標を掲げるのが投資家へのアピールになるはずですが、それをせずにHV+PHVの合算という括りでPHV単独の販売台数目標を曖昧にしました。
こうした事実や見通しを考慮すると、今後もトヨタはしばらくHV主体でいくようです。
富士経済の市場予測によると、世界自動車市場の販売台数で2030年にはEVがHVを抜き、2035年にはPHVもHVを抜きさるそうです。2016-35年までの20年間でPHVの市場規模は18倍、EVの世界市場は13.4倍増えるそうですが、HVの市場規模は2.5倍しか増えないそうです。
PHVやEVの販売台数が増えるのは2020年代に入ってであり、そのときにはHVの販売台数も増えると見込まれていることから、トヨタはHVからゆっくりとPHVやEVにシフトしていくことで、売上の低下を最小限に抑えたいようです。
画像ソース:富士経済
HVに対する風当たりは環境規制という形で徐々に強まっています。2018年からは米カリフォルニア州が、2019年からは中国がそれぞれ、環境に優しい車を一定比率以上製造・販売するよう自動車メーカーに求める規制を改正、導入します。環境に優しい車の定義にHVは含まれていないことから、事実上のHV製造・販売規制といえます。
米国ではカリフォルニア州のような環境規制が他にも10の州で採用されており、これらの州でも規制強化でHVを環境に優しい車とはみなさなくなる可能性もあります。
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HVの市場は日本と欧州が大きい(下図、ただし2013年のデータなので少し古い)ですが、現在のところこれら市場でのHVへの向かい風は吹いていません。日本は環境後進国ですし、欧州の現在の環境規制は排出量に関する規制でトヨタ製のHVには影響はないとみられているからです。
ただ今後欧州でもカリフォルニア州や中国のように環境規制を通じたHV抑制の動きが起これば、上の予測よりもHV市場規模の拡大幅はさらに縮まる可能性もあります。そうなった場合、HV主体でPHVやEVへのシフトを比較的緩やかに行いたいトヨタにとっては厳しい状況が待ち受けるでしょう。
画像ソース:icct
世界最大の自動車市場である中国ではEVの開発・販売が進んでいますし、海外勢も例えばフォルクスワーゲンは2025年までに500億ユーロ以上の電池を調達し、50車種以上のEVを計500万台以上販売するという野心的な計画を持っています。
フォルクスワーゲンと比較すると、2030年までに1.5兆円の電池関連投資をし、100万台のEV販売計画を立てるトヨタのEV製造・販売意欲は低いものだとの印象を受け取らざるを得ません。
では何故トヨタは強気のEVシフトに打ち出せないのでしょうか。その大きな理由の一つに、トヨタがこれまで技術開発を進めてきた全固体電池開発の苦悩が関係しているように思われます。
トヨタの全固体電池開発の苦悩が伺える最近の流れ
2016年3月に東京工業大学教授の研究室やトヨタの研究員らからなる研究グループが全固体電池の開発に成功しました。全固体電池は従来のリチウムイオン電池と比較して出力、容量、寿命、急速充電、安全性等の性能面すべてで上回ると見られており、あと数年、5年、10年で技術的限界を迎えているといわれるリチウムイオン電池の代替電池として期待されています。
画像ソース:ニュースイッチ
トヨタは現在まで全固体電池の技術開発に取り組み、リチウムイオン電池の2倍の容量を備え、リチウム・コバルト・マンガン・ニッケル・アルミニウム等の部材をそれほど必要としない、EV駆動システム全体のサイズを縮小できる電池の技術開発を進めてきました。
しかし大きな課題の一つにバッテリー寿命の問題があり、一般的な自動車で必要と見込まれるバッテリー需要を備えた全固体電池の量産方法がわかっていませんでした。
【2017/10/31 ロイター】アングル:トヨタ、次世代EV電池技術の開発急ぐ
また全固体電池は電池開発の低コスト化が実現できると言われていますが、上の表をみるかぎり実際のところは不明のようです。
今回、トヨタとパナソニックの連携で歩み寄ったのはトヨタとのことです。トヨタはこれまでモーター、パワーコントロールユニット、電池を三種の神器と位置づけ、内製化を基本とし、特に電池の内製化には強いこだわりをもっていたようです。
【2017/12/19】HV王者のトヨタがEVにアクセル踏み込む理由
トヨタとパナソニックの協業は角型電池事業についてであり、全固体電池ではありません。全固体電池での協業も模索していきたい考えが少なくともトヨタ側にはあるですが、パナソニックはこれまで全固体電池の量産化やコスト面で疑問符をつけていたそうです。
こうした事情を踏まえると、トヨタは自社内での全固体電池の量産化や低コスト化技術の確立が非常に厳しいものであることを悟ったと同時に、現時点で車載用電池の自前での開発・生産方針の達成が困難もしくは高リスクであると考えたようです。
そこで電池の内製化というプライドを脇に置いて、まずは他社と連携して電池の供給を受けるなどして、リスクを抑えた現実的なEV・PHVシフト路線を取ることを選択したように見えます。
トヨタはパナソニックとの角型車載電池事業の協業を発表する前の今年11月にも、スズキとインドでのEV事業連携で合意、中国メーカー2社とも現地合弁会社で生産する検討に入っています。スズキからはEVの供給を受け、中国メーカー2社にはEVの開発を任せる異例の形をとるものとみられており、トヨタはEV開発のノウハウを他社から盗みたい思惑が見えます。
【2017/11/17 日本経済新聞】トヨタ、中国2社とEV 19年の環境規制対応急ぐ インドではスズキと連携
トヨタは全固体電池の自前での量産化、低コスト化に固執してEVシフトに乗り遅れてしまった
→しかしその近々の達成が困難であるという現実に直面し、受け入れざるを得なくなった
→他社と連携せざるを得なくなった
このように考えると、トヨタの新チャレンジの中身が慎重なのもわかります。何故なら、トヨタは低コストで航続距離の長い車載電池量産化技術の開発が難しいことを肌身で感じており、技術・生産面におけるEV・PHVシフト化の具体的な戦略を細部まで描けていないことがうかがえるからです。
低コストの車載用電池の供給にメドが立てば、トヨタはPHVシフトを鮮明に出すのかもしれません。パナソニック製の角型リチウムイオン電池は2012年からプリウスPHVに採用されてきたわけですし。
HV+PHVという、現在の環境規制基準の流れにそぐわない括りで将来の目標を掲げたのも、メドがたつまでは慎重な姿勢でいたいトヨタ側の本音の現れのように見えます。
最後に、トヨタは今後2030年までに1兆5000億円規模の電池関連投資をしていく予定のようですが、トヨタはフリーキャッシュフローだけでは足りず一部借入で配当金支払いをしているような財務状況ですので、トヨタは今後も借入依存体質が長く続くことになります。
ソース:Morningstar
さらに仮にトヨタが電動化シフトに失敗すれば、何十年も財務的に苦しい状況が続くリスクもあります。
トヨタの財務面をみれば、確かに文字通りの新チャレンジとなります。
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