P&G委任状争奪戦の背後にチラつくウォーレン・バフェットの影

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P&G委任状争奪戦の背後にチラつくウォーレン・バフェットの影

2017/10/11

 

【2017/10/11 日本経済新聞】P&G、物言う投資家の取締役就任ならず 株主投票でペルツ氏が敗北

 

米日用品プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は10日、会社本拠地オハイオ州シンシナティで株主総会を開いた。株主投票の結果、大株主のトライアン・ファンド・マネジメント主宰者のネルソン・ペルツ氏が要求していた同氏の取締役就任の提案を退けた。

 

ペルツ氏はP&Gの株価が低迷するのは経営陣の怠慢と主張して投資家に賛同を求めていたが、委任状争奪戦の結果、過半数は獲得できなかったもようだ。

 

だが同氏は投票結果は非常に接戦で結果を納得できないとし、独立した調査が入るまで最終結果とはいえないと表明した。一方、P&Gは今回の結果は暫定的なもので、独立調査の詳細は米証券取引委員会(SEC)に提出する報告資料内で開示すると説明した。

 

2015年にもペルツ氏は同様に化学大手デュポンの役員就任を要求し、否決された。直近では米ゼネラル・エレクトリック(GE)に投資し、同社取締役にトライアン幹部を送り込んだ。

 

 P&Gの取締役会に潜り込もうとしたトライアン・ファンド・マネジメントの主催者ネルソン・ペルツ氏。背後には投資の神様ことウォーレン・バフェット氏の影がチラつく...

 

ペルツ氏、クラフト・ハインツ、バフェット氏

 ペルツ氏は1980年代のレバレッジド・バイアウトブームのときから、企業買収→売却を通じて資産を築き上げてきた人物です。

 

 1991年のイギリス不動産危機でペルツ氏が買収していたイギリス不動産開発会社が倒産し、ペルツ氏は投資していたすべての企業の売却を迫られますが、その後すぐに復活し、いまでは17億ドルを超える純資産を持つ富豪です。

 

 ペルツ氏は1997年に当時経営難に陥っていた米国の飲料メーカースナップルを3億ドルで買収し、すぐさま経営を立て直し2000年9月に14.5億ドルで売却しました。

 

 スナップル建て直しの成功体験もあってか、ペルツ氏は2005年に投資会社トライアンを共同設立してから、クラフト、ハインツ、ペプシコといった(当時の)大手食品・飲料メーカーにも投資し、投資家の利益に沿うよう経営に口出しし、株価を上昇させ、売却することで利益を得てきました。
【Investopedia】Who is Nelson Peltz?
【Wikipedia】Snapple

 

 今回のP&Gの委任状争奪戦の話も、いままでのペルツ氏の経歴が示すような出来事だと言えるでしょう。

 

 ただ調べていて気になったのは、ペルツ氏の背後に投資の神様ことウォーレン・バフェット氏の影がどうもチラつくことです。

 

 ペルツ氏はトライアンを通じて2007-09年と2010-11年にクラフトに、2006-13年までハインツに投資していました。クラフトとハインツといえば、バフェット氏が会長兼CEOを務めるバークシャー・ハサウェイとブラジルの投資会社3Gキャピタルにより、2015年にクラフト・ハインツとして合併したことで有名です。

 

 これら2社のいずれにもペルツ氏が以前、トライアンを通じて投資していた面は気になるところ。

 

 さらに興味深いのは、トライアンは2013年にハインツ株を280億ドルで売却していますが、その売却先が実はバークシャー・ハサウェイと3Gキャピタルなのです。

 

 トライアンは今年2月にP&Gの株式を全株式の1%にあたる35億ドル購入し、今回の委任状争奪戦の話につながっていきましたが、P&Gといえばバークシャーがジレット時代から長年保有してきた銘柄です。ただしバークシャーは昨年にP&Gの全株式を売却し、その分をP&Gの電池部門デュラセル買収に充てています

 

 また今年2月と言えば、バフェット氏がクラフト・ハインツを通じて、P&Gのライバルでもある非耐久消費財大手のユニリーバに1430億ドルの敵対的買収を仕掛けた月でもあります。

 

 他にもあります。例えばトライアンは2014年に投資銀行のBNYメロン株を当時の全株式の2.6%にあたる10.5億ドルで購入し、今年8月18日に保有株の1/3を5.3億ドルで売却したという報道が出ましたが、BNYメロンもまた、バークシャーが保有する銘柄です。バークシャーは今年3月にBNYメロン株を追加購入しています。

 

 また2016年にトライアンの社員がGEの取締役に就任しましたが、GEもまたバークシャーが保有していた銘柄です。バークシャーは今年4-6月の間にGEの全株式を売却したようですが。

 

 このように見ていくと、トライアンおよびそのCEOであるペルツ氏は、バフェット氏の代理人として活動しているように思えてきます。

 

 バフェット氏が興味のある企業に、ペルツ氏やトライアンの幹部が取締役として潜り込んで、バフェット氏にとってメリットのあるように経営を改造していく。改造が上手く行きそうならバフェット氏は追加投資し、ダメそうならバフェット氏は早めに売り抜ける。売り抜けた金額の一部は何らかの形でトライアンに流し、トライアンの損失を防ぐ。一つの可能性に過ぎませんが。

 

 実態はどうなのか知りませんが、少なくともペルツ氏とバフェット氏が二人三脚で動いているという蓋然性は、数々の事実から高いと言えそうです。

 

 特にバフェット氏が好む、安定したキャッシュを生み出すことが得意な非耐久消費財業界で、バフェット、ペルツ両氏の動きが最近盛んに見えますが、バフェット氏は一体どんな野望を抱いているのでしょうか?

 

 

 最後に、P&Gについてちょっとだけ書いて終わりにします。

 

 2015年11月にP&GのCEOに就任したテイラー氏は、非コア事業の売却などを通じて経営のスリム化を図ってきました。

 

 170個あったブランドのうち、60%を売却し65個のブランドにまで数を減らしました。事業カテゴリーも16から10に減らし、利益率の低いブランドや事業を売却しコア事業に集中する戦略を取りました。

 

 また米国の複雑なサプライチェーンの整理や、組織の構造のシンプル化も断行し、2015年度以前は20%を下回っていた営業利益率が現在は21.5%に上昇、社員1人あたりの生産性も45%上昇、経営のスリム化は上手くいってきました。

 

 2017年度から2021年度までの間に、生産性の向上や費用の削減により、さらに最大100億ドルのコストカットを達成するという中期目標を掲げています。
→P&Gのスライド(PDFファイル)

 

 一方で、テイラー氏がCEOに就任したときから投資家からの要望が根強かった、P&Gの売り上げ増加は、為替等の影響を除くとプラス2%ですが、伸びは鈍いです。為替等の影響を入れると売り上げは減少を続けています。

 

 P&Gの売り上げは少なくともここ5年は減少基調にありました。2018年度は為替等の影響を除いて3%程度の売り上げ増を目標として掲げていますが、プレゼンテーションを見ても具体的な売り上げ増の戦略がはっきり見えないので、テイラー氏がP&Gの売り上げをどこまで伸ばせるのか不透明です。

 

 さらにテイラー氏は買収による事業拡大には消極的で、既存ブランドの売り上げ増や利益増を目指す地味な戦略を取っていますので、これらもP&Gの売り上げ増を求める投資家にとっては不満に映ったかもしれません。

 

 P&Gの売り上げが長年伸び悩み、今後も伸び悩むのではないかと不安に思った投資家たちの多さが、今回、ペルツ氏の取締役就任まであと一歩となる投票結果につながったのは間違いないでしょう。

 

 報道ではペルツ氏の敗北と扱われていますが、本当に痛手を被ったのはテイラー氏はじめP&Gの経営陣です。株価も2%下がりましたし、P&Gの経営陣は投資家を満足させるために、近々大胆な経営戦略を立てて早急に実行せざるを得ないでしょう。

 

 ユニリーバがクラフト・ハインツの買収提案を断ってからおよそ1ヶ月半後、EBITDAに対するレバレッジ倍率を2倍に高めてブランドの買収を積極化するといった、強気な中期経営戦略を発表したようにね。

 

 またP&Gは、リーマンショック後から売り上げの伸び悩みによりフリー・キャッシュフロー(FCF)の成長も止まってしまい、増配余地も昔ほど大きくありません。今年度は前年度と比べると1株あたり配当金は1.5%増の2.7ドルにとどまります。1株あたりFCFの8割近くにも達するので、下手な増配はできません。

 

 来年度以降、資産売却分のキャッシュが入りますしいざとなれば自社株買いを減らせるので減配の心配はなさそうですが、今後も売り上げが下がり続けるなどして利益が伸び悩むようなら、減配とはならずとも増配できない時期が続くことがなります。いままで数十年増配し続けてきたP&Gにとって、正念場であることには違いありません。

 

 こうした事情を考えると、近々P&Gはコストカットのみならず、売り上げ増を柱とした中期経営戦略を出さざるを得ないように見えます。また非耐久消費財業界全体にも影響を与えるかもしれませんね。

 

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