市場のワクチンへの期待が裏切られようとしている

[アボマガお試し版 No.176]サイクルの潮目の記事(一部)です。2021/08/02に配信したものです。
 
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現在、米国市場は楽観の極みのような状況にあります。
 
米国のCAPEレシオはおよそ30倍あり、過去20年で最も割高な状況にあります。普通に考えれば、もういつ米国株は大幅調整してもおかしくない状況にあります。
 
米国の企業収益の改善への期待はものすごく大きくなっています。なんと市場は、今年の米国企業の利益が前年より36%も増えると予想しています。
 
昨年のロックダウンが招いた景気後退からの反動はもちろん、ワクチン普及と消費者の貯蓄が大きく増えたことから、消費が急拡大し、それが企業業績を大きく高めると市場は考えてきたわけです。また来年も企業利益は13%増えると予想しています。
 

 
先週IMFは最新の経済見通しを公表しましたが、依然として「ワクチン接種の普及が経済成長率を左右する」という見方を払拭できていません。
 
確かに、ワクチン接種がある程度進んだ米国では、巨額の財政出動の支援があったなかで個人消費が大きく増え、GDPはパンデミック前の水準を超えました。
 
ワクチン接種の進展とソーシャルディスタンス措置の緩和により、米国消費者の買い物やレジャー活動はパンデミック前の水準にほぼ回復しています。主要欧州各国でもパンデミック前の水準にかなり戻っています。
 
しかしサービスセクターへの消費はパンデミック前に戻っていません。
 
車修理、航空機の利用はパンデミック前の8割以上回復しましたが、スポーツ観戦はほとんど戻っておらず、他にも車や鉄道での移動、ホテル、駐車場、美容・衣服、保育園・幼稚園などへの消費はパンデミック前の6割前後しか回復していません。
 

画像ソース: Zero Hedge

 
米国、英国、EU諸国、イスラエル、カナダなどでは必要回数のワクチン接種率が40%台~60%台となり、大分頭打ちになってきました。
 
「ワクチンの普及が世界をパンデミック前に戻し、経済を成長軌道に乗せる」という見方が正しいのかどうか、その審判が近々下されようとしています。
 

画像ソース: Financial Times

 

ワクチンの普及でパンデミック前の世界に戻すことは無理である

ワクチン接種と新型コロナウイルスの感染との関係、そしていま世界がどこに向かっているのか、確認してみましょう。
 
まずウイルスの新規感染とワクチン接種の関係についてですが、残念なことにこれらはデータを見る限りあまり関係ないようです。
 
英国ではワクチン接種が進んだ中で新規感染者が急増し、現在はピークアウトしているものの、一時昨年秋に匹敵する水準にまで膨れ上がりました。イスラエルでは新規感染者数の増加が止まりません。
 
一方でワクチン接種率が低いインドでは、デルタ株の新規感染が急速に鎮静化に向かい、人口当たり新規感染者数はワクチン接種が進んだ国々よりも遥かに低くなっています。
 
以前と変わらず、新規感染の波や振幅の大きさは、変異株の感染力、そして人々のマスク着用・人々との間の距離を取るなどの感染拡大防止のための行動を全国民がどれだけ取れるかによって決まるようです。
 

画像ソース: Our World in Data

 
CDCは先月終わりに内部資料を公表し、水ぼうそう並みの感染力を持つデルタ株が蔓延する中、ワクチンの感染抑制効果は1/3程度しかないことを認めました。
 
米国の州で2番目に必要回数のワクチン接種完了割合が大きいマサチューセッツ州(64%が必要回数分接種済み)では、7月の新規感染者数の74%がワクチン接種者でした。
 
感染力が非常に強く、従来の新型コロナウイルスとは性質が大きく異なるデルタ株が蔓延しているなかで、ワクチン接種が感染拡大を抑えるとの期待はもはや捨て去らなければならないようです。
 

画像ソース: CDC

 
ワクチン接種で新規感染を十分抑制できないのは、ワクチンが変異株に有効でないことを意味するとは限りません。むしろワクチンの有効性の仕組みによるものだと考えられます。
 
免疫には「液性免疫」と「細胞性免疫」の2種類があります。
 
液性免疫とは、血液中にあるウイルスを抗体がやっつけて感染そのものを抑える免疫のことです。
 
細胞性免疫とは、宿主(ここでは人間)の細胞から複製されたウイルスを、免疫細胞がやっつける免疫のことです。
 
ポイントは、液性免疫が体内に入ったウイルスそのものを攻撃対象とするのに対し、細胞性免疫では体内に入ったウイルスそのものを攻撃するわけではなく、体内にウイルスが残る可能性が相対的に高いことです。
 
そのため細胞性免疫ではウイルスの感染を100%防げるわけではないのです。その代わり、ウイルスが100万倍、10億倍と爆発的に増えることを防ぐことで、重症化を防げます。
 
ワクチン接種が普及した国々では、変異株への有効性の大きさと致命的な副反応の少なさから、ファイザーやモデルナなどのmRNAワクチンが主に打たれました。
 
mRNAワクチンは液性免疫と細胞性免疫の両方を体内に形成しますが、液性免疫よりむしろ細胞性免疫を十分に形成する特徴があります。
 
そのため、ファイザーやモデルナ製ワクチン接種が進んだ国々で、変異株の拡大と同時に新規感染者が増えても何ら不思議ではないのです。
 

画像ソース: デモクラシータイムス

 
焦点は、mRNAワクチン接種により重症患者や死者の発生を抑制できるかどうかです。
 
CDCの調査によると、米国においてワクチン接種者の入院患者数は入院患者全体の25分の1、ワクチン接種者の死者数は死者数全体の25分の1とのことです。
 
これをみるかぎり、mRNAワクチンの重症化・死亡リスクを抑制する効果は十分期待できそうです。
 

画像ソース: CDC

 
重症化や死亡リスクを減らす上で有効性が高いとみられるmRNAワクチンが普及してきた点で、COVID-19をめぐる状況は良い方向に向かっている可能性があります。
 
しかし残念なことに、各国政府は感染の収束やパンデミック前の日常へ戻すことを拒んでいるのかと言いたくなるくらい、愚かな政策を打ち出しています。
 
いま世界は欧州を中心にワクチン証明(いわゆる「ワクチンパスポート」)を導入し、段階的に証明書提示を求められる人々や場所が広がりつつあります。
 
特に厳しいのはフランスで、8月から成人はレストランやバーへの入場だけでなく、飛行機や電車に乗る際にもワクチン証明書の提示が必要となります。これではワクチン証明書のない人々は仕事すらままなりません。そのため大規模デモが起こっています。
 
ワクチンパスポートははっきり言って愚策です。ワクチン接種者と非接種者との間に社会的差別が生じることはもちろんですが、そもそも論理的な整合性のない政策です。
 
多くの国で、ワクチン接種証明書は「ワクチン接種者」「直近の検査で陰性」「直近に感染から回復した」という3つの条件のうち、いずれか一つを満たした人に発行されます。
 
しかし変異株に有効性のあるmRNAワクチンを接種しても感染を完全に防ぐことは期待できませんし、感染者が他人に感染させる能力はワクチン接種の有無に関わらずほぼ同じだとみられています。
 
ここで、ワクチン接種率は年代ごとに大きく違います。ワクチン接種が進んだどの国でも、高齢者はほぼ全員かワクチンを少なくとも一回以上接種しましたが、40歳未満の比較的若い世代は接種率は相対的に低いです。
 
米国では40歳未満のうちワクチン未接種者の割合は4-5割程度あります。ワクチン接種率が高い英国でも、40歳未満のワクチン未接種率は3-4割程度あります。
 

米国

画像ソース: USAFacts

 

英国(イングランド)

画像ソース: BBC

 
しかし、誰でも知っていることですが、新型コロナウイルスでは若い世代の重症化率、死亡率は高齢者と比べて圧倒的に低いです。
 
デルタ株は重症化リスクがこれまでより大きく、40-50代の重症化例は増えているようですが、すべての年齢の死亡者全体で見れば、死者の9割超は60歳以上であり、40大未満の死者は全体の1%にも満たないものです。
 

画像ソース: information is beautiful

 
そのため、元々免疫が強い若い世代は無理してワクチンを接種する必要はなく、希望者だけ接種すれば良いのです。若い世代は高齢者に比べて副反応の重症化リスクが高く、中長期的に抗体依存性増強などで重篤な症状が出るリスクがあるからなおさらです。
 
感染による重症化・死亡リスクが遥かに低いため医療の逼迫を生み出す原因とは考えられない若い世代に対して、副反応や将来の健康リスクがあるワクチンではなく、治療薬主体で重症化や死亡を防ぐことが社会的・科学的に適切です。
 
これまで若い世代が社会的に問題視されたのは、混雑した場所に出向くことなどでウイルスに感染し、それを重症化リスクの高い人々(主に高齢者)に感染させることでした。
 
しかし高齢者のワクチン接種が進んだのであれば、そしてmRNAワクチンに重症化・死亡リスクを減らす効果があれば、若い世代のワクチン接種有無に関わらず、この問題は大きく後退したことになります。
 
新型コロナウイルスワクチン接種の意義は「重症化・死亡リスクの高い人々のリスクを減らす」ことと「これにより医療の逼迫を抑え、より多くの(コロナ感染者だけでなくあらゆる)患者が適切な治療を施せるようにする」ことにあるのです。
 
ワクチンが普及しても新規感染自体を収束させられないのであれば、これまでと同様、検査・隔離・治療体制を維持し、ワクチン接種有無に関わらず感染リスクの高い場所でのマスク着用・人同士の距離を取ることを続けなければなりません。
 
しかし政府・マスコミ・御用学者がワクチン接種は感染抑制効果が十分でないことを国民にきちんと説明しないままワクチンパスポートを導入すれば、どうなるか。
 
「ワクチン接種したから感染しない」との誤った認識を持った、マスクを付けず至近距離で会話する人々を大量に「野に放ち」、燎原の火のように新規感染者数が増えていくことは目に見えています。
 
 
米国はいまのところワクチンパスポートを導入しない方針ですが、連邦政府職員へのワクチン接種義務化を検討するなど、ワクチン接種は感染を抑えるとの立場を崩していません。
 
一方で、最近CDCはマスク着用に関する方針を転換し、ワクチン接種者でもウイルスに感染・伝搬する可能性があるため、ワクチン接種者にウイルスが伝搬しやすい屋内でのマスク着用を推奨しました。
 
これでは米国民は「何故ワクチン接種者がマスクをつけなくちゃいけないんだ!」「ワクチン接種しても自分や他人へ感染させる可能性があるのに、何故ワクチン普及に執着するのか?」と考えてしまい、混乱させてしまいます。
 
バイデン大統領は、ワクチン接種やマスク着用が進まなければ再ロックダウンもあり得ることを示唆する発言をしています。
 
 
各国政府やマスコミ、御用学者は共通して「ワクチン接種は重症化・死亡リスクを防ぐ効果はあるとみられるが、新規感染予防効果は限定的であまり期待できない」ことをきちんと国民に知らせないという大失態を犯しています。
 
市場や市場関係者はこれまで「ワクチンの普及でパンデミックを克服し、パンデミック前の世界に戻る」ことを信じ続けてきました。
 
しかし感染者数のデータと欧米の各国政府の方針から、「ワクチン接種が普及してもパンデミック前の世界には戻らない」と考えるのが自然です。
 
市場の期待が見事に裏切られようとしています。