Sunk Cost Fallacyとトップの人たち-膨大な二次コストを払うのは私たち-

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Sunk Cost Fallacyとトップの人たち-膨大な二次コストを払うのは私たち-

   自分が今まで多くのリソースを投入してきたものに対して過度に期待を込めてしまう人間の残念な性質である、Sunk-Cost Fallacy。


   Sunk-Cost Fallacyは時に、Sunk Cost(埋没費用。事業撤退等によって生じる確定損失のこと)を遥かに上回る新たなコスト、二次コストを生むこともあります。 早めに損切りすればSunk Costだけで済んだものが、損をしたくないという気持ちによって強引に開発等を進めようとすると、Sunk Costの何十倍、ときにプライスレスなコストを生み出すことになるのです。


   特に顕著なのは大企業の経営者や政府といった、社会のトップの人たちにSunk-Cost Fallacyが働いたときです。 彼らは巨額のお金や人を動かせる立場にあるため、ちょっと感情的にSunk-Cost Fallacyが働く結果、さらなる巨額の損失や損害を生む可能性があるのです。

コンコルドプロジェクトとSunk-Cost Fallacy

   (→参考文献:The Concorde Supersonic Transport)


   イギリスとフランスによって共同開発された、超音速旅客機コンコルドの開発プロジェクトはまさに典型的です。


   物語の始まりは1956年。 イギリスの軍需・運輸・航空省(The Ministry of Supply, Civil Aviation and Transport、以下MOSCATと略す)が、当時航空機開発の先頭を走っていたアメリカを抜き去り、次世代航空機のトップに躍り出たいという強い願いのもと、超音速旅客機の開発プロジェクトを立ち上げスタートさせました。


   数年後、イギリスの内閣や財務省は採算が合わないとしてこのプロジェクトに反対しましたが、MOSCATはこの反対を無視しました。 そして「国際的なプロジェクトにしてイギリスの内閣や財務省の発言力を弱める」という意味合いも込めて、同じく超音速旅客機開発を進めていたフランスと1962年から共同開発を進めることになったのです。


   共同開発後もプロジェクトはどんどん進められました。 途中でイギリス財務省が非公式にコンコルドプロジェクトを中止するよう要請しましたが効果なし。 まさにゴリ押しで進められていったのです。


   コンコルド開発プロジェクトの特徴は「プロジェクト中止に関する取り決めがなかった」こと。 つまりどんなにコストがかさもうが、絶対にプロジェクトを完遂させるというトップの強い気持ち、Sunk-Cost Fallacyが露骨に反映されていたのです。


   こうして勢いのままコンコルド開発は完遂されましたが、ゴリ押しで開発したツケは次のように悲惨なものでした:


項目 計画、見積もり、理想 現実
開発コスト 7800-9500万ポンド(イギリス単独による当初見積もり)
1.5-1.7億ポンド(共同開発時)
10億ポンド超(~1973年)
20億ポンド超(~1980年)
受注 500機(イギリス単独による当初予測)
250機(採算ライン)
16機(原型機4機を含めると20機)
アメリカを抜いて航空機業界のリーダーに躍り出る 購入したのはエールフランス(フランス)とブリティッシュ・エアウェイズ(イギリス)の2社のみ。アメリカは遠かった...

   当初の見積もりコストの10倍以上という多大なコストを掛けたプロジェクトの結末は悲惨であり、2003年にコンコルドは営業を終了しました。


   どんなにコストがかさんでもSunk-Cost Fallacyによって決してプロジェクトを中止しなかったために、こんなにもの汚点を残してしまったのです(そのためSunk-Cost Fallacyは"Concorde Fallacy"とも呼ばれています)。

戦争とSunk-Cost Fallacy

   しかし何といってもSunk-Cost Fallacyが最も働いてはいけないフィールドは、間違いなく戦争でしょう。 何故なら戦争に対してSunk-Cost Fallacyが働くことは、戦局が悪化すればするほど、さらに多くの人員を戦火に送り込み大勢の尊い人命を失うことを意味するからです。


   戦争は国や権力者の威信を賭けて行うものです。 ですから権力者にとって、負けることは絶対に許されません。 もしも途中で「もう無理だ」と早々に諦め、降伏することは国や権力者のプライドをズタズタに引き裂くことになりますから。


   つまり皮肉にも、甚大な損を被る可能性が高いからこそ、よりSunk-Cost Fallacyが働きやすくなるのです。


   実際、太平洋戦争の末期はSunk-Cost Fallacyが蔓延していることが見て取れます。 1943年の途中から相次ぐ敗戦で軍事力がどんどんと衰えていく中でも軍の中枢はさらに権力を強めようとし、決して早々の負けを認めませんでしたから。


   その結果、東京大空襲や広島と長崎に対する原爆投下といった、最悪の出来事を招いてしまったのです。 甚大な損を被る可能性のある戦争という状況で、トップの人たちに対してSunk-Cost Fallacyが強く働くと、こうした惨劇を招く恐れがあることを見事に証明してしまったのです。

二次コストのツケを払うのは私たち

   社会のトップの人たちに対してSunk-Cost Fallacyが働くと、上のようにさらなる膨大な二次コストが生じ得ることを説明しました。


   忘れてはならないのは、場合によっては膨大な二次コストを払うのは私たち国民であることです。


   コンコルドプロジェクトは国家プロジェクトだったため、膨大なコストのツケは税金として国民が払わされることになりました。


   太平洋戦争に至っては300万人以上もの尊い命が奪われたのです。 それだけでなく復興をするための労力、時間コスト、それに巨額の財政赤字を資産税(=国民の個人財産に課す税金)によって賄われたことも忘れてはいけません。


   国民に課された膨大な二次コストのツケの元凶に、Sunk Costを失いたくないという一部の人々のちっぽけなプライド、人間心理の弱さが関係していることは決して見逃してはいけないでしょう。

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