「我々には堀がない」:第4次AIブームで開発競争はさらに熾烈に

チャットGPTが登場して、生成AI・対話型AIに対する関心が世界的に広がっています。

経済成長、企業の収益性が改善すること、人間社会の仕組みそのものが大きく変わり得ることなどへの期待がある一方で、生成AIの普及で3億人が職を失うとか、対話型AIの精度の低さや人の思考力を奪うといった懸念が早くも出てきています。

生成AI・対話型AIの登場というAI業界での大きな変革はユーザー側からの視点で多くが語られていますが、実はAIの開発者側にとっても大きな変化が生じているようです。

あなたは「We Have No Moat, And Neither Does OpenAI(我々には堀がない、そしてオープンAIにもない」という文書をご存知でしょうか。グーグルの匿名の研究者が書いたものとされるリーク文書です。

グーグルやオープンAIといった大手企業によるAI開発の独占が終わり、世界中のオープンソース開発者がAI開発に参入し、大手企業の優位性が失われていくことを警告する内容となっています。

2010年代のAI開発の主役はディープラーニングでした。精度の高いAIを作るために、多層構造のニューラルネットワークに大量の画像、テキスト、音声データなどを入力して学習させる必要がありました。

大量のデータというのが重要で、例えばGPT-3では1750億のパラメータ数があり、GPT-4ではパラメータ数100兆を目標にしています。この数字は人間の脳の神経接続数にほぼ匹敵すると言われます。

学習に膨大なパラメータ・データが必要なことから、大規模言語モデルの場合、トレーニングには数か月かかり、数千万ドルの費用がかかりました。

そのためこうした大規模なAIを開発できるのは、豊富な資金力を持つ大手ICT企業や、大手企業やベンチャーキャピタルなどから出資を受けるAIベンチャーに限られてきました。

しかし最近、低ランク適応(LoRA)と呼ばれる技術が大規模言語モデルにおいて登場しました。

LoRAとは、GPT-3、GPT-4を始めとした事前学習済みの大規模言語モデル(基盤モデル)に対して、ごく少数のパラメータを加えて追加学習することで、特定の目的に特化したAIを「微調整」して開発できる技術です。

基盤モデルの変更は不要で、追加の訓練に関わるLoRA層だけを用意すればOKです。少ないパラメータ数・データ数で訓練出来るため、数週間以内に100ドル程度で「微調整」できます。

つまりAI開発が個人レベルでも出来るようになり始めているのです。リーク文書によれば、オープンソース・コミュニティの研究者が無料のオンラインリソースを使用して、最大規模の独自モデルに匹敵するAIの開発に成功した事例もあるそうです。

AI開発における大企業の堀が完全になくなるかはわかりませんが、これまで大企業が独占していたAI技術開発が、一般大衆にも門戸が開かれはじめ、AI開発競争がますます熾烈になっていくことは間違いなさそうです。

これはICT企業のビジネスにどのような影響を与えるでしょうか。実際どうなるかは蓋を開けてみないとわかりませんが、技術力がビジネスモデルの核心にある企業にとって、最悪存亡の危機に立たされるかもしれません。

真っ先に思いつくのはアルファベットです。アルファベットは独自の検索アルゴリズムの優位性で収益を上げてきた企業です。マイクロソフトの検索エンジンBingがチャットGPT技術を導入したAIチャットサービスを開始しましたが、万一グーグル検索より優れた検索サービスが生まれれば、アルファベットにとって大変なことになります。

アルファベットのAI技術が優れているのかどうかよく知りませんが、翻訳ソフトをよく利用する方であれば、グーグル翻訳よりもDeepL翻訳の方が文脈に合った自然な邦訳を返してくれる印象を持っているのではないでしょうか。

一方で今後も生き残り発展していきそうな企業として思いつくのはマイクロソフトです。マイクロソフトは技術力を売っている会社ではなく、アジュールとマイクロソフト365という有料サービスを売っている会社だからです。

これらは一度使用を開始し操作・運用に慣れると、他のサービスに移行するのが難しくなります。これらサービスに組み込まれていくAI技術に多少難があっても、サービス自体の使い勝手が良くなればユーザーは気にしないはずです。ユーザーが勝手に適応してくれます。

アルファベットも検索、メール、クラウドなど様々なサービスを提供していますが、いずれも無料で使えそれが当たり前になっています。検索やメールの操作性は他サービスとそこまで大差ないので、技術力の優位性が縮小すれば他サービスへの乗り換えも増えるでしょう。

「技術力で稼ぐか有料サービスで稼ぐか」「スイッチングコストの大きさが技術力に裏付けられたものか否か」が、今後の第4次AIブームでICT企業の生き残りやすさに関わる大きな要因になるかもしれません。

▽アボマガ・エッセンシャルで最近配信した記事

アボマガ・エッセンシャル(有料)にご登録されると、以下の記事を含め直近50記事をご覧いただけます。

●No.258(2023/05/22配信)
2銘柄の非米国株のフォローアップです。業績は2桁成長で、長期的成長のための投資を積極的に進めており、配当利回りが高く割安にも関わらず、株価が正当に評価されていません。投資妙味がとても大きいということです。

●No.257(2023/05/15配信)
製薬会社のメルクについてです。紹介から1年9か月で株価は53.5%値上がりし、キイトルーダとガーダシルが業績を牽引しています。しかし2028年までにキイトルーダを始めとした数々の特許切れが迫っています。メルクは将来の特許切れリスクに現状どれだけ対応できているのでしょうか。

●No.256(2023/04/25配信)
ストレージ市場にパラダイムシフトと、それにより恩恵を受ける銘柄について書いています。この銘柄への投資はAI市場拡大の波に乗ることにもつながります。

●No.255(2023/04/24配信)
景気悪化、金融混乱、インフレ、財政悪化、迫る債務上限…これから米国では経済・金融・財政における数々の修羅場が待ち受けています。

→アボマガ・エッセンシャルのご登録方法