スタグフレーション時代を彷彿とさせる景気後退期の賃上げ

[アボマガお試し版 No.171]逼迫、逼迫、逼迫の記事(一部)です。2021/06/28に配信したものです。
 
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実はパンデミックに端を発した景気後退は、米国の賃金上昇率に関して、グローバリゼーションが本格化した1980年代以降と全く異なります。
 
1980年代から2010年代までに景気後退期は5回ありました。このうち、スタグフレーションの末期であった1980年に始まった景気後退を除く4回は、景気後退期だけでなくそれを脱した後も数年間にわたって賃金上昇率の減少が続きました。
 
これは景気後退期に、利益や利益率を高めるための構造改革の一環として、中国やインドなど、労働力の安い国々に工場が進出したり非コア業務を外注するようになっていったためです。
 
しかし今回の景気後退期において、賃金上昇率は一度急激に低下した後、瞬く間に反騰しました。
 
これは1970年代、スタグフレーション時代と似ています。当時、景気後退期に賃金上昇が起こったのは人手不足が原因だと考えられています。
 

 
過去数十年にわたり、どの先進国でも、高スキル職種と低スキル職種の就業者は増えてきた一方で、中スキル職種の就業者は減少してきました。
 
中スキル職種は一般に、事務補助員、サービス・販売従事者、農林漁業従事者、技能工及び関連職業の従事者,設備・機械の運転・組立工を指します。
 
中スキル職種には、認知的または手作業であり、正確な手順に従う必要がある日常的な仕事が多く含まれます。
 
中スキル職種は、それ自体が消えたというよりも、専門的で課題解決型の高スキル職種または定型的業務の低スキル職種に置き換えられていきました。
 
中スキル職種から低スキル職種に転落したのは、低賃金の新興国の労働者に割り当てられたり、自動化が進んだことが影響しています。
 
要するに、過去数十年間のグローバリゼーションが、職種の二極化を進めてきたわけです。
 

 
COVID-19パンデミックは、中スキル職種の就業者に追い打ちをかけました。
 
下図の青色は、COVID-19パンデミック前後で各職種人口がどの程度下がったのかを示しています。
 
最も影響を受けたのは、事務補助員、設備・機械の運転、サービス・販売従事者で、すべて中スキル職種に該当します。
 
いずれも人との接触が多い、そこまで高度なスキルが必要ない、リモートワークに対応できない、ロボットに代替可能という特徴を二つ以上持ちます。
 

 
注目すべきことは、パンデミックで中スキル職種就業者が最も多く減少したという現象は、先進国・新興国に関わらず、基本的にどの国でも共通だという点です。
 
低スキル職種も多くの国で就業者数は減りましたが、中スキル職種ほどではありませんでした。
 
逆にリモートワークに対応しやすい高スキル職種は、大半の国で就業者が増えました。一般的に高スキル職種は課題解決型のためAIやロボット等への置き換えも難しいです。
 

 
中スキルや低スキル職種で働いてきたであろう、15-24歳の多くの若者は、単に失業しただけでなく、職探しも諦めている状況です。
 
若者は、景気後退などで失業したときに、トラウマとなり働く意欲を失い、景気が回復しても雇用意欲がわかなくなるという「後遺症効果」に陥りやすいと言われています。
 

 
世界の労働環境は、今後ますます高所得の高スキル職種と、低所得の低スキル職種に二分化していきます。これは、賃金面で大きな変化を生み出すことになると考えられます。
 
現在、雇用者が求めるスキルを持つ人材を探すことは以前にも増して難しくなっています。
 
クラウド、AI、ビッグデータ、5G、IoT、ロボットといった最新テクノロジーが進展・浸透し、知識経済が急速に成長しているなか、教育などの学習環境が追い付いていないためです。
 
米国では小規模事業者の多くが廃業の危機にありますが、最大の理由は人材が見つからないためです。
 
下図はEUにおける各職業の置き換え需要の大きさを示したものです。
 
専門職、技術者、サービス・販売員を始め、多くの職種で置き換え需要が高まっています。おそらくこれは他の国々でも同じでしょう。
 
教育が追い付かず高スキル人材が不足する中、各職業の置き換え需要が大きいということは、企業は高スキル人材を雇うために相当高い賃金を支払う必要が出てくることになります。
 

 
米国でパンデミックから経済が急回復しているにも関わらず、雇用がパンデミック前に戻っていないことは以前配信記事で書きましたから皆様もご存知のことでしょう。
 
その理由を以前まで私は、米国での給付金や失業保険の上乗せにより、多くの人々の労働意欲が削がれているためだと考えてきました。
 
しかし実は、雇用が元に戻っていないのは米国だけでなく、OECD加盟国全般に言えることです。
 
給付金や失業保険の上乗せといった「ベーシックインカム導入実験」とも言える財政政策を大規模に実施したのは米国だけですので、これだけが雇用者の回復を遅らせたと説明することはできません。
 
他方、「企業が求める人材不足」と「職探しを諦めた若者の急増」は世界的な現象です。
 
これら2つが、雇用の回復の遅れに大きく関係していると考えています。
 

 
新たなスキルを身に着けるには時間が掛かります。新たなスキルを教える教育者は不足しており、場合によっては自主的な学習が必要になります。
 
後遺症効果は、若者の学習意欲、新たなスキルを得る意欲を長い間喪失させる可能性があります。
 
そう考えると、今後の知識経済にとって必要なスキルを持つ人材を多数生み出すまでに、かなりの年数が掛かるものと思われます。
 
つまり、高スキル職種の賃金はかなり高い水準で長い間伸び続けることが予想されるのです。
 
一方で、低スキル職種について、最低賃金を引き上げる動きが米国から出始めています。
 
すでにバイデン政権は連邦政府と契約する企業で働く労働者の最低賃金を時給15ドルに引き上げる大統領令に署名しています。またアマゾンは倉庫従業員の時給を引き上げています。
 
EUでも、労使間の団体交渉の組織率が低い国々において最低賃金引上げのための枠組みを導入することを検討しています。
 
最低賃金が政策により引き上げられなくても、インフレが進み人々の購買力が落ちていけば、労働者は低賃金に不満を持ち、企業に対し賃上げを強く要求するようになります。
 
低スキル職種においても、賃金上昇の種はすでに植えられています。
 
人材不足とインフレが賃上げを招く…50年前とそっくりです。