債券市場崩壊の礎を築いた人物に「ノーベル経済学賞」授与

[2022/10/10 毎日新聞]ノーベル経済学賞にバーナンキ氏ら FRB議長経験者では初

スウェーデン王立科学アカデミーは10日、2022年のノーベル経済学賞を、元米連邦準備制度理事会(FRB)議長で米ブルッキングス研究所のベン・バーナンキ氏(68)ら3人に授与すると発表した。銀行と金融危機の関係を解き明かしたことを評価した。

同アカデミーによると、FRB議長経験者がノーベル経済学賞を受賞するのは初めて。

バーナンキ氏は経済学者出身で、06年にFRB議長に就任。08年に米証券大手リーマン・ブラザーズが経営破綻に追い込まれ世界経済が大混乱に陥った金融危機の際に、事実上のゼロ金利政策の導入や金融機関の救済などに踏み切った。リーマン・ショック後に落ち込んだ米経済を下支えするため、住宅ローン担保証券や米国債などをFRBが買い取り、市場に大量のマネーを供給する量的緩和策を実施。日銀や欧州中央銀行(ECB)も追随し、主要中銀による金融緩和を主導した。

経済学賞は他の5賞とは全く違い、「ノーベル賞」ではないことを、知っている人は知っているかもしれません。

通称「ノーベル経済学賞」の正式名称は、直訳すると「アルフレッド・ノーベルを記念した経済学におけるスウェーデン国立銀行賞」です。

スウェーデンの中央銀行であるスウェーデン国立銀行が、創立300周年を記念して賞金などの諸費用を負担し、1969年に創設されたものです。

通称「ノーベル経済学賞」の存在に批判的な声は昔から根強くありました。

2001年にはノーベルの兄弟のひ孫が地元紙に寄稿し、「ノーベルは事業や経済が好きではなかった。経済学賞はノーベルの遺言にはなく、全人類に多大な貢献をした人物に贈るという遺言の趣旨にもそぐわない」などと批判したこともありました。

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さて今回、通称「ノーベル経済学賞」を受賞したベン・バーナンキ氏は、マネタリストとして有名な方です。

Fed議長に就任して量的緩和政策を導入したことはもちろん、物価下落で景気が低迷するデフレからの脱却には思い切った金融緩和や財政出動が必要と主張し、「デフレ克服にはヘリコプターから紙幣をばらまけばよい」と発言したことから「ヘリコプター・ベン」との異名があります。

彼が実施した量的緩和政策は、確かにリーマン危機でAIGが経営破綻しCDSの保険金を支払えなくなり、世界の金融機関が連鎖倒産し金融システムが崩壊する危機に直面したときに、全世界を危機から救いました。

しかしその後、金融危機の嵐が過ぎ、すでに米国の景気が回復した2010年以降にQE2、QE3と2回の量的緩和を行ったことは、完全な間違いでした。

これにより量的緩和やゼロ金利・マイナス金利政策が「ニューノーマル」とみなされ、債券やレバレッジドローンの発行額は激増し、世界の財務・財政規律は完全に失われてしまったと言ってよいでしょう。

世界にはゾンビ企業が増殖し、目先のカネに目がくらんだ投資家、経営者、政治家、官僚ばかりとなり、実体経済や人々の生活を地道に底上げする気概のある人物は影響力を失っていきました。

いまの金融市場は、バーナンキ氏が築き上げたと言ってよい、金融緩和主導の経済金融政策のツケを払わされようとしている段階です。

現在の高インフレは現象面ではエネルギーや原材料価格の上昇、サプライチェーンの混乱、賃金上昇が原因ですが、その根っこに量的緩和によるマネーの大量供給があることは否定できません。

世界の国債・社債市場の利回りは1年間で数倍に上昇し、金融危機はまだ始まっていないのに、債券市場の流動性はリーマン危機・コロナ危機の水準にまで低下しています。日本国債は3営業日連続で買い手がつきませんでした。

債券ディーラーはリーマン危機後に債券在庫のほとんどすべてを売り払ってしまったため、投資家が債券を一斉に売却しようとしても買い手はまったくつかない状況です。

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通称「ノーベル経済学賞」は、1997年に金融工学の手法を開発した2人の経済学者に授与されたものの、翌年のアジア通貨危機の結果、この手法を用いて運用していたヘッジファンドのLTCMが破綻したことから、権威が著しく落ちたことがありました。

今回のタイミングでのバーナンキ氏への通称「ノーベル経済学賞」の授与は、25年前と似たような過ちになるかもしれません。

もっとも、経済好きではなかったとされる「ダイナマイト王」アルフレッド・ノーベルにしてみれば、こんな賞など爆発して木っ端微塵になってしまえと思っているかもしれませんが。