間違った投資判断を促す一つの要因:利用可能性
感情が人間の信念形成や意思決定に欠かすことができないことを話しましたが、もう一つ人間の信念や意思決定に大きく影響を与えるものがあります。それは「利用可能な情報」です。
ニュース等で度々扱われる話題、流行、子供の頃から信じている迷信、政治家が繰り返し発言する言葉やキャッチフレーズ、こうした私たちが日常生活を送るうえで何気なく繰り返し目にしたり耳にしてきた情報や言葉、印象、インパクトが大きくて中々頭から離れない出来事といった「利用可能な情報」が私たちの意思決定に大きく影響を及ぼすのです。
世界経済や金融に関する悲観的なニュースが続くとあまり積極的な投資行動が取りにくくなりがちですが、これはまさに連日の悲観的なニュースが利用可能な情報として、行動の硬直化を促しているのです。
世界が混乱に陥っているときは優良企業の株式を安値で購入するチャンス、などとはよく言われますが、大量のネガティブなニュース群が頭の中を支配してしまうと、こうした見方も無力になりやすくなります。
またネガティブなニュースが連日流れる中で、消費や設備投資の伸び率などのマクロ経済指標の改善といったポジティブなニュースがポツポツと流れていたとしても、頭の中がネガティブな見方でいっぱいだとポジティブなニュースの中身をあまり信じられなくなってしまうこともあるでしょう。
利用可能性ヒューリスティック
このように利用可能な情報をもとに、瞬間的に大雑把な判断を導く思考手続きのことを利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)と呼びます。
ヒューリスティックと呼ばれているだけあって、私たちは利用可能性を使用しないで合理的な判断や推定を下すことはできません。私たちは「利用可能でない(知らない、記憶に薄い)情報をもとに適切な推定や判断を下すことはできない」のです。
つまり利用可能性ヒューリスティックの裏も往々にして真なのです。
事実、心理学の実験結果を見てみると、適切な情報を知らない、与えられていないときは往々にして、感情や連想、妄想といった人間的手段に頼った根拠のない判断を導くことが見て取れます。現実世界でもあまり社会のことを知らない友人などに世界で起こっているニュースについて話を振っても、現実感の乏しい回答が返ってきてコミュニケーションできなくなりがちです。
つまり私たちは「利用可能な情報を利用してのみ意思決定が可能」であると同時に、「利用可能な情報なしに適切な意思決定はできない」のです。
ここから投資を行う上で重要だと思われる事柄を一点触れたいと思います。
事実や統計的データを利用して判断する癖をつけなければならない
事実や統計的データを利用して判断する癖をつけなければならない。多くの人はおそらくこの重要性を何となくわかっていながらも避けてきた事柄ではないでしょうか。
簡単な例を出しましょう。「年間の交通事故死亡者数」と「年間の糖尿病による死亡者数」のどちらが多いのかと訊かれると、交通事故による死亡者数の方が多い気がしませんか?糖尿病患者は多いことは知っていても、糖尿病による死者は交通事故死ほど多くはないと感じませんか。
もしこのように推定していれば、利用可能性ヒューリスティックによる推定をしているかもしれません。
交通事故のニュースは良く取り上げられ、脳裏に鮮明に残っていることもあるでしょう。一方糖尿病に関するニュースはあまり取り上げられず、取り上げられてても統計的な数字の紹介といった、無味乾燥したインパクトの薄い場合が多いからです。印象に残りやすいのは間違いなく交通事故のニュースですから、つい交通事故による死者の方が多いと考えてしまうかもしれません。
実際には糖尿病による死亡者数の方が、交通事故による死亡者数よりも3倍以上も多いです。
統計を見ればすぐにわかることなのですが、多くの人は統計の数字を知りませんし、あまり自分で調べようともしません。明白な情報がないとどうしても人間は別の関連しそうな(その多くは全く役に立たない)情報に依存してしまい、それが誤った判断を導くのです。
投資でも同じです。丹念に企業の事業や財政状況を調査して客観的な数字を知っていればいいのですが、そうして能動的な行動を取らないと企業に関する客観的な情報は中々知れないものです。
するとどうしても人間はニュースや株価といった、受動的によく目にしやすい情報に推定や判断が依存されやすくなってしまうのです。それがいつしか群集心理と結びついて、高値で買い安値で売るといった行動を引き起こすのです。
できるだけ的を得た判断や推論を行うためには、事実や過去の統計データといった不変の事実や、人口の趨勢的変化といった変動性の少ない予測、歴史的視座で俯瞰して得られたときに得られる原理・原則といった、不変であったり普遍的な情報をもとにして行うのが常套手段です。
しかし事実、統計データ、原理原則といった情報は、ネットや本などで半ば能動的に収集しないと基本的に得られません。また自分で多少なりとも頭の中で考えたり、内容をメモするといった作業をしないと、特に慣れないうちは頭にスッと入ってこないこともしばしばあります。
判断や推論に役立つ情報というのは、ただ受動的にテレビや新聞、ポータルサイトに並べられたニュースなどを見ているだけではほとんど利用不可能なのです。そのため受動的に情報を取得しているだけでは、適切な意思決定は出来ないのです。
しかも受動的に情報を取得するだけという人は、たとえ本来有用な事実、統計データなどを目にしても、心は動かされず気にも留めないものです。事実、統計、そんな無味乾燥とした情報よりも、感情に強く訴える、インパクトの残る情報を優先的に利用可能な情報として扱ってしまうものです。
メディア側もこうした人間の性質は当然知っています。だからこそ今後の動向を読むうえで重要な事実やデータの提示よりも、いかに読者のインパクトを与えるかに重点を置いているわけです。その方が売上げが伸びますから。
まとめるとこうなります。
- 人間は事実や統計的データといった、判断材料に有用だがインパクトに欠ける情報を重要視しないし、あまり調べようともしない
- 一方で事実ではなかろうが根拠が薄かろうが、感情に訴えるインパクトのある情報は大好物
- メディア側もこうした人間の性質を熟知しているので、事実やデータの紹介を最小限に済ませたインパクト重視の記事を中心にせざるを得ない
- よって事実や統計的データをもとに判断するには、自分で調べる癖をつけなければならない。メディアもそこまであてにできない
利用可能性ヒューリスティックをプラスに働かせるためには、事実や統計データ、原理原則などの不変的・普遍的な情報を利用可能状態にすることが大切です。そのためにはこうした情報を能動的に取得する癖をつけるしかないのです。
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