間違った投資判断を促す一つの要因:感情
投資を行う上では、不確かな未来に対する意思決定が欠かせません。将来株価が上がる下がる、将来企業が安定的にキャッシュフローを得続けられるかどうか、また配当金を出してくれるかどうか。こうした不透明な未来に対して、信頼できる情報をもとに株価やキャッシュフロー、配当金などの要因の上昇期待を自分なりに信じることで、投資を行っていくわけです。
人間はそもそも基本的に何事も信じやすい生き物であり、信念や確証をもとに判断したり行動につなげるしかないのです。投資でも同じです。
ここで信念というのは決して100%正しいと自覚している場合にかぎりません。突発的に頭の中から離れなくなったイメージや妄想、潜在的な記憶なども含めて信念とみなしています。
それでは私たちの判断や行動に影響を与えるような信念や確証とは一体どこから来るのでしょうか。どのような要因が私たちの中に信念や確証を生み出すのでしょうか。
例えば企業分析によって得られた数字、マクロ経済データ、各国の金融政策、こうした客観的なデータや事実をもとに、将来に対する合理的な信念や確証を得ることだってできるでしょう。
しかし信念や確証というのは必ずしも客観的なデータや事実に基づいて得られるとは限りません。人間が何らかのきっかけで生み出す信念や確証というのは、場合によっては客観性や合理性などとは関係のないところから生まれるものです。
その大きな要因の一つが「感情」です。私たちは意識的、無意識的問わず、実は感情から信念や確証を生み出しているものなのです。
例えば気になっている銘柄が3ヶ月でジワジワ上昇して10%程度上昇すると、何だか今後も値上がりしそうだから今のうちに購入しておこうという気になってしまいますよね。上がりそうな「気がする」という感情が「いまは購入のチャンスだ」という信念を生み出しているのです。
また市場で訳も分からず株価が下落すると焦ってしまいますよね。下がっている原因がわからないと株価暴落のサインだと不安になって、ついつい購入を控えて押し目買いのチャンスを逸してしまったりしてしまうものです。ここでも「不安という感情」が「暴落が起こるかもしれない/に違いない」という信念や確証を生み出し、購入を手控えてしまうのです。
投資に限らず、例えばクリーンな政治家を期待できる政治家だと勘違いしたり、子供のことに犬に噛まれたトラウマから犬を見るとすぐ逃げ出してしまうなど、あらゆる場面で感情が判断を決定づけているものです。
このように実は私たちはあらゆる場面で感情を利用して信念や確証を得たり、それらをもとに判断や行動に移しているのです。
人間は誰しも情報を与えられると、感情を利用した瞬間的な思考プロセスが働いて、信念や判断、行動といったアウトプットを生み出します。こうした感情を利用した一連の思考アルゴリズムのことを、心理学の世界では感情ヒューリスティック(affect heuristic)と呼ばれています。
ヒューリスティックとは、私たち人間が多少の正確性を犠牲にしてでも瞬時に適当な判断できるよう、進化論的に人類に受け継がれているとされる、大雑把な思考手続きや思考ルールを意味する用語です。よって感情というのが進化論的に人間の意思決定に欠かすことができないことを示唆します。
感情能力に乏しいと適切な判断が出来なくなる
現代のような複雑な社会では、感情を利用して得られる信念や判断は必ずしも私たちにポジティブに働くわけではありません。上に示したいくつかの例のように、場合によっては適切とは言えない信念や判断を導く場合もあるものです。
しかしそれでも感情は意思決定には欠かせないのです。感情能力に乏しいと、それはそれで適切な判断が出来なくなってしまうのです。
感情が意思決定に欠かすことが出来ないことを示す重要な事実の一つして、感情を扱う脳の箇所に損傷があると判断能力へ影響があることがわかっています。
脳に局所的な損傷を受けてしまったことで、推論能力は正常なものの感情をコントロールする能力が衰えてしまった人は、他の人々が簡単に避けることのできる破滅的な賭けに参加してしまう傾向があるのです。
感情能力が欠如していて推論能力が正常であれば、何でも理性的に判断できるようになれると思うかもしれません。そうであれば当然破滅的な賭けなんて絶対に乗るはずがないと思うでしょう。しかし実態は全く異なるのです。
実は破滅的な賭けへの参加を思いとどまらせるのが感情なのです。感情能力が正常な人は、恐怖心といった損失に対する感情的反応が引き起こされることで破滅的な賭けを回避できます。一方感情能力が欠如している人は、時間が経つと損失に対する感情的反応が十分現れなくなり、怖いもの知らずで破滅的な賭けを何度も行ってしまうのです。
このように私たち人間は、理性だけで合理的な意思決定を行うなどということは出来ないのです。投資のような世界では理性だけで客観的、合理的に判断することが重要であると考えがちですが、違うのです。感情というのは意思決定に絶対に欠かすことが出来ないのであり、感情をなくそうと思っても無駄です。仮に感情をなくしたとしても、常に適切な判断ができないことには変わりないのです。
**********
まとめると、次のようなことが言えます:
- 感情による意思決定はマイナスに働く場合もあり得る
- 感情を伴わない意思決定は、何かしらの障害を持つものでない限り不可能である
- 仮に感情を利用せずに理性だけで意思決定できたとしても、そのときの判断は感情ありの場合よりもむしろ悪い方向に働く可能性が十分ある
投資で意思決定をする際にも、感情を抑圧して常に理性的に判断するよう努めても無駄であるということです。むしろ感情を上手くコントロールして最悪の損失を抑えるようにはどうすれば良いか、このような視点をもつことが大切となるのです。
関連ページ
- 株式投資だけ、金投資だけではリスクがある
- 長期投資に関わるリスクの時間的影響による分類
- 高インフレに対処するにはどうすればよいだろうか...?
- 高い配当利回りに潜むリスク
- 何故長期投資では株式メインなのか、何故債券ではダメなのか
- 株式・債券の分散投資の有効性とインフレ
- 国債の本当のリスクは歴史を知ることで初めて分かる
- 人間の認知能力は投資環境に適応できていない
- 人間は何事も信じることから始まる
- 間違った投資判断を促す一つの要因:感情
- 間違った投資判断を促す一つの要因:利用可能性
- 無知は危険である:ヒューリスティックと上手く向き合うために
- インフレ率急上昇中に企業がキャッシュ不足に陥りやすくなる理由
- FCF=企業の価値を決定付けるもの
- 悲報...多くの日本株は長期投資に向いてこなかった
- 株の購入スタイル:一つの銘柄を分割で購入するほうが良い