世界大恐慌の頃の市場・経済・金融の推移を改めて振り返ってみた

最近、世界大恐慌の頃の歴史を改めて振り返っていた。特にダウ平均株価が何をきっかけに下げたり大底を打ったのか、どのように推移したのかを改めて辿ってみたかった。

ダウ平均は1929年9月3日に終値で381ドルのピークを付けた後、1932年7月8日の41.22ドルまで89%暴落した。

以下、暴落の流れを簡単に書いていく。この間に市場・経済・金融に起こった大まかな流れはこうである。

Fedの利上げ
↓(利上げ開始から1年7か月後)
信用取引をしていた投資家たちの米国株投げ売り

米国で景気悪化

米国で銀行破綻

ドル枯渇で欧州金融危機

英国の危機→金本位制離脱、通貨引き下げ

米国の金融危機が本格化

米国は金本位制のもとで金融危機対策を講じるも不十分

不況・金融危機が混迷を深める

ルーズベルト大統領が誕生し金本位制離脱、通貨引き下げ

大恐慌を脱し始める

以下、もう少し詳しく書く。備忘録としての意味合いもあるので少し読みにくい点があるかもしれないがご了承願いたい。

まず信用取引を行っていた投資家が株価下落で追証を求められたことで、売りが売りを呼ぶ展開となった。

1928年からFedが利上げを始め、証券会社から投資家への株式担保融資(コールローン)の金利が20%に上がり、証拠金率が45~50%に引き上げられていった中で起こった。

コールローンは貸し手が一日以内に返済要求できる融資だったから、株式相場の売りが売りを呼ぶ展開が瞬く間に起こるのは無理のないことだった。

ウォール街の大暴落が起こったのもこの頃だった。

その後ダウ平均は上げては暴落し、上げては暴落しの繰り返しで趨勢的に大底まで下げていくことになる。

景気悪化や企業収益悪化が意識され始めたのは1930年からだった。

当時を象徴するのは多くの銀行で取り付け騒ぎが起き、営業停止・閉鎖に追い込まれていったことだが、これが本当に意識され始めたのは1930年12月である。

この時、バンク・オブ・ユナイテッドステーツ(当時預金者が米国最大の銀行)が潰れるのではないかという誤った噂が広がり、預金者が一気に預金を引き出して取り付け騒ぎが起こり、政府・Fedが救済せずに瞬く間に閉鎖に追い込まれた。

これを聞くとダウ平均は暴落しただろうと思われるかもしれないが、1930年12月の安値~31年2月末に掛けてダウ平均は20%以上値上がりした。景気回復の楽観論に市場が覆われたからだった。

その後舞台は欧州へと移る。1931年5月にオーストリアの銀行クレジット・アンシュタルトが破綻し、欧州から米国(主に米国債)に資金流出していくようになる。

フーバー関税をきっかけにした貿易戦争で米ドル所得を稼ぐことが難しくなったことでドル資金が流出したことは、米国からの資金に大きく依存していた欧州の経済・金融にとって致命的となった。

特に巨額の賠償債務を抱えていたドイツで資金流出が酷かった。

英国の銀行はドイツに巨額の融資をしていたため引き揚げを試みたが、すぐさまこれが困難になった。

これを見て英国の銀行に預金していた外国人たちはこぞって預金を引き揚げた。これにより英国で取り付け騒ぎが起き、英国からの資本流出が止まらなくなり、英ポンドが下落し、にっちもさっちもいかなくなった。

英国はこの危機を鎮めるために、1931年9月に金本位制から離脱し通貨引き下げを行った。一部の諸外国もこれに追随して金本位制を離脱した。

これにより米ドル高が一段と進み、米国ではデフレ不況が深まった。通貨切り下げの恐怖も重なり、米国では取り付け騒ぎが一段と広がり、米国債すらも売られるようになり長期金利が上昇した。

31年9月の一か月でダウ平均は30.7%暴落した。英国の金本位制離脱・通貨引き下げが市場に与えた衝撃の大きさを物語る。

その後フーバー政権は1932年にかけて、銀行破綻を食い止め信用を供与するために様々な施策を講じた。

有名な復興金融公社を創設したのはこの頃で、銀行法を改正しFedが国債買い入れ(現代で言うところのQE)を拡大できるようにしたのもこの頃だ。

こうしたなかでダウ平均は1932年7月に大底を付けた。

ということはこの後米国の経済や金融の状況は好転したと思われるかもしれないが、そうではなかった。

銀行破綻はさらに深みを増していったし、失業率は25%に達し、米国政府は増税・支出削減による緊縮財政を強め、GNPが最悪を記録するのは1933年に入ってからだった。QEもすでに終了していた。

ルーズベルト大統領が就任しすぐに金本位制から離脱し、紙幣増刷で市場に十分な流動性を供給し、ドルの引き下げを実施したことで米国は大恐慌から脱出していったが、これも1933年のこと。

つまりダウ平均が大底を付けたのは、米国の経済や金融がますます混迷を深めていく渦中にあった。

株価が大底を付けて反騰するのは、不況や金融危機が底打ち反転するタイミングより前であり、不透明感が和らぎ始めたときであることは良く知られている。

当時もそうであった。しかし不透明感がいつ和らぎ始めたのかどうかを歴史から正確に読み解くことは困難である。その時代を生きていた人々でさえ、不透明感の和らぎを正確に把握できるのはほんの一握りの先行者だけなのだから尚更である。

ダウ平均の株価が何を直接のきっかけに下がりだし、何を直接のきっかけに大底を打ち反騰したのかを探りたかったが、それは無理だった。

ただFedの金融引き締めがその後の株価下落へとつながり、QEが株価回復に作用したことはこの事例からも分かる。

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新興国各国はアジア通貨危機とリーマン危機を経験したことで、米国の金融政策により自国経済が翻弄されないために、二国・多国間貿易協定を結んだり金準備を増やすなど、脱ドルを進めています。

先週の記事にも書いたように、ゴールドは米国債を抜き世界最大の準備資産になりました。それゆえ、米国が金融危機に陥っても新興国は経済・金融面で影響を受けにくい体質に変わっています。

世界大恐慌で欧米が苦しみあえぐなか、ソ連は当時の国際金融システムの外にいたおかげで重工業を中心に急速に経済が発展しました。

米国、米国財政、米ドルの行く末が定まらないなか、今こそ米国株以外にも真剣に目を向けるときではないでしょうか。