米国の対ロ制裁強化法は米ドル離れの流れを決定付けるだろう
(本記事は私のブログ記事の複製です)
2017/08/09
【2017/08/07 Reuters】Moscow to cut dependence on U.S. payment systems: RIA
Russia will speed up work on reducing dependency on U.S. payment systems and the dollar as a settling currency, RIA news agency cited Deputy Foreign Minister Sergei Ryabkov as saying on Monday.
【2017/08/07 Bloomberg】Indonesia Barters Coffee and Palm Oil for Russian Fighter Jets
Indonesia said Monday that it will barter coffee, palm oil and other commodities for 11 Russian-made Sukhoi fighter jets, calling U.S. and European sanctions against Russia an opportunity to boost the Southeast Asian nation's trade.
Indonesian Ministry of Trade spokesman Marolop Nainggolan said that a memorandum of understanding for the barter was signed Aug. 4 in Moscow between Russia's Rostec and PT. Perusahaan Perdagangan Indonesia, both state-owned companies.
Coffee, tea, palm oil and defense equipment will be exchanged for the Sukhoi Su-35 jets.
Trade between Russia and Indonesia, the largest economy in Southeast Asia, has tumbled since 2012, but Lukita said the wide-ranging European Union and U.S. financial and trade sanctions against Russia are an opportunity for Indonesia to revive trade through barter deals in other industries.
米国のロシアに対する新たな経済制裁措置は、またしても世界のドル離れを加速させそうです。しかも今回はより目に見える形でかなりアグレッシブに推移していくことでしょう。
ロシアへの経済制裁は米ドル離れの流れを生んできた
引用した二つの記事について、前者はロシアのセルゲイ・リャブコフ外務副大臣が米ドル決済の依存度を縮小すると発言した報道、後者は今月4日にインドネシアがロシアとのバーター取引(物々交換)に合意し、コーヒー・紅茶・パーム油等を対価にロシアのスホーイS-35戦闘機を購入するという報道です。
後者の報道では、インドネシア通商大臣がロシアとのバーター取引を合意した背景として、欧米によるロシアへの経済制裁がバーター取引合意の良い機会であると述べています。
米国では先月の終わりに議会上・下院でほぼ全会一致の賛成票を得て対ロシア制裁強化法案が通過し、同法案にかねてより懸念を表明していたトランプ大統領も今月2日にしぶしぶ署名したことで同法案は成立しました。
ロシアへの経済制裁強化決定から一週間も経たないうちに、ロシアやロシアとの二国間協定における、米ドル離れ・米国系決済システム離れの報道が出てきたわけです。
実はロシアや関係各国の米ドル離れ・米国系決済システム離れの動きは、2014年3月にロシアがウクライナ南部のクリミア半島を併合したことへの報復として、同年3月17日に欧米がロシアへの(追加)経済制裁を発表したときにすでに始まっています。
ロシア国内の動きを見てみると、欧米の対ロ追加経済制裁発表から4日後に、Visaとマスターカードがロシアの銀行に口座を持つクライアントに対する決済サービスを事前通告なしで中止しました。
この対応に怒ったプーチン大統領は、ロシア国内の独自の決済システム構築に向けてすぐさま動き出しており、5月には関連法案を成立、7月にはNSPKという決済システム運営会社をロシア中央銀行の子会社として設立しています。
2015年には「ミア(Mir)」という名称のNSFK運営決済システムが完成し、同年12月からロシアの7つの銀行でミアカードが発行されています。
ミアはその後ロシア国内で急速に普及しており、2016年末には176万枚のミアカードが発行、2017年7月のある時点で計1390万枚のミアカードがロシア人に対して発行され、ロシア人口の約1割に普及ようです。
さらにプーチン大統領は今年5月、ロシア企業の商取引や国営企業従業員への給与支払い、社会保障や年金受給者に対しても順次ミア決済を義務付ける法案に署名しており、今後3-5年程度でほとんどすべてのロシア国民はミアによる決済を利用していると思われます。
【2017/05/02 TASS】Лента новостей Платежные карты "Мир". Досье
【2017/07/20 TEMPLE FINANCE】Russia’s Mir Payment Cards Compete With Visa And MasterCard
このように2014年3月の欧米のロシアに対する経済制裁が、ロシア国内での米国系決済システムへの依存低下を促していったのです。
さらに今年に入って、中国のアリババが運営するアリエクスプレスが、海外企業として初めてミア決済システムを導入することを決定しました。ロシア決済システムの海外展開もすでに始まっているのです。
2014年3月の欧米のロシアに対する制裁の発表→実行は、ロシアだけにとどまらず、ロシア関係各国の米ドル離れ・米国系決済離れの動きも引き起こしています。
2014年、欧米による経済制裁のあとにはロシアとイランが原油のバーター取引協議を開始していること、ロシア企業がドルに代え人民元を初めとしたアジア通貨での決済の準備を進めていること が報道されました。
イランについては2017年5月にイラン-ロシア間の原油-商品によるバーター取引が署名されましたし、ロシアとの協定以外に目を向けてもイランは2015年1月に、貿易決済通貨として米ドルの使用を取りやめ、今後は中国の人民元、ユーロ、トルコリラ、ロシアのルーブル、韓国のウォンなどによる決済を行うと発表、2016年2月にはイラン産原油の取引をユーロ決済に移行すると発表しました。
中国については2015年に習近平国家主席のモスクワ訪問中、ロシア企業と中国企業はいくつもの大型契約を結びましたし、2017年に入って中国最大の商業銀行である中国工商銀行(ICBC)はモスクワでの人民元クリアリング銀行の運営を開始し、先のアリエクスプレスのミア決済システム導入の話と合わせて、ロシア-中国間の独自の決済システムを利用したルーブル・人民元建て決済への移行が着々と進んでいます。
さらに重要なのは、米ドル基軸通貨体制の基盤であるIMFと世界銀行の中国版、BRICS版とも言える、新開発銀行(BRICS銀行)、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立日も、それぞれ2014年7月15日、2014年10月31日と、ロシアに対する欧米の追加制裁発表からそう時間が経たない日なんです。ついでに言えば、中国が一帯一路構想を打ち出したのも2014年11月です。
今年7月、ロシア最大の商業銀行であるロシア貯蓄銀行は、スイスにある子会社が上海金取引所のゴールドを利用した商業決済業務を開始したと発表しました。これはBRICSゴールド決済経済圏形成の一里塚だとされています。
以上のことから得られる一つの視点として、2014年3月の欧米のロシア経済制裁をきっかけに、ロシアのみならず、中国、イランを中心に、その他新興国を巻き込みながら、米ドル離れ・米国系決済離れの流れが加速度的に生じてしまったことがあげられます。
しかもそれは単純にルーブル、人民元といった各国通貨を二国間・多国間貿易で利用しましょうというものではなく、バーター取引、ゴールド決済といった、商業決済手段の多様性を生んでいるのです。
こうした流れを踏まえて、今年8月初めに対ロ制裁強化法にトランプが署名し、それから一週間も経たないうちにロシア外務副大臣が米ドル決済縮小を宣言したという事実を見てください。
米国基軸通貨制度の衰退が加速し、新たな金融システムの構築がよりダイナミックに進むことを暗示しているようにしか見えません。
しかも今回の対ロ制裁強化法は、ロシアの天然ガス輸出パイプライン建設に関与している企業も制裁対象に指定することが可能になる内容となっています。
つまり「ノルド・ストリーム2」パイプラインの建設に関与するドイツ等の欧州企業にも制裁を加えられるのです。
メルケル首相はじめ欧州の首脳は以前から、欧州企業への制裁も可能とする当該法案に反対表明をしていました。欧州の反トランプ世論の大きさも踏まえれば、場合によっては欧州の米ドル離れが進む可能性すら出てきたのです。
米ドル国際決済の中心は欧米間決済ですから、もし仮に欧州で米ドル離れ・米国系金融システム離れの動きが出てくれば、既存の国際金融システムにも中長期で相当な影響が出るものと思われます。
トランプも「国の団結のために」しぶしぶ署名した対ロ制裁法案について、次のような懸念を述べています。
ホワイトハウスのトランプ声明文Since this bill was first introduced, I have expressed my concerns to Congress about the many ways it improperly encroaches on Executive power, disadvantages American companies, and hurts the interests of our European allies.
(この法案が初めて議会に上程されてから、俺はこの法案が不適切に大統領権限を侵害し、米国企業を不利にし、欧州同盟国の権益を傷つけるという多くの点について、議会に懸念を表明してきた。)
今回の対ロ経済制裁の強化は、米国権益に致命的なダメージを与えそうですね。
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先月の終わり、国際金融取引のベンチマークとして世界的に利用されてきた金利であるLIBORが、2021年をもって廃止される見込みであることが報道されました。
現在LIBORを参照するグローバル資産は総額400兆ドル(4京4000兆円)にものぼると言われており、その大半はデリバティブ資産です。
LIBORは1986年に最初の金利が公表され今日に至りますが、指定された複数のグローバル銀行(リファレンスバンク)が提示した金利をもとにLIBORが決定されるという、極めて不透明で閉鎖的な金利決定方法が取られていたことから不正の温床となり、2008年以降、LIBORの不正をめぐる報道が長年続いてきました。
LIBORに関する不正行為の規模の大きさから2012-13年にかけて改革が行われ、LIBORの対象となる通貨と期間は大幅に削減されましたが、それから4年程度で廃止方針が流れたのです。
グローバル金融時代の一つの象徴ともいえるLIBORがあと4年ちょっとで消える見込みなのですから、グローバル金融時代の終わりを暗示します。
ロシアや中国を中心とした非米ドル決済の流れが加速している事実、暗号通貨やその仕組みを利用したキャッシュレス決済の流れも加速している事実、そしてLIBORが2021年末に廃止予定であること。
あと5年もしたら、少なくともトップレベルにおいて、決済の環境はガラッと様変わりしているかもしれませんね。
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