異常気象増加と物流クライシス

ふと、国際貿易の約8割を占める海上輸送について改めて考えてみました。

最近の海上輸送の状況は2021年の混乱ピークに比べれば大分落ち着いているようです。

世界の工場である中国がゼロコロナ政策を堅持していることで、貿易量が低下し、2020~21年にかけて急騰した中国発のコンテナ船運賃はみるみる低下しパンデミック前の2割増し程度になりました。バルチック海運指数はパンデミック前の水準にまで暴落しました。

海上輸送の物流混乱はこれにて終息したと判断して良いのでしょうか?

最近の物流事情を観察すると、現在のグローバル物流の安定化は一時的なもの、台風の目に入っただけであり、今後再び悪化していくと考えなければなりません。

ロシアのウクライナ侵攻や台湾海峡情勢の悪化という地政学的リスクはもちろん考えられますが、もっと確実な物流混乱要因があります。異常気象の増加です。

今年日本では至る地点で線状降水帯が発生し大雨災害が頻発していますが、欧州でも米国でも中国でも、世界的にはラニーニャ現象による旱魃が猛威を振るっています。

その典型的な被害国がドイツです。国内海上輸送の主要ルートであるライン川の水位が低下し、石炭をはじめ石油製品、鉄鉱石、化学製品、自動車部品などを運ぶことが難しくなっています。特に石炭輸送の停滞は電気料金のさらなる高騰を招き、市民生活を破壊しかねません。

旱魃による水位低下がすでに問題となってきた地域は他にもあります。

例えば世界第3位の大豆輸出国であるアルゼンチンでは、南米で全長がアマゾン川に次いで長いパラナ川の水位がここ数年低下しており、大豆をはじめとした穀物輸出の障害となっています。

海上交通の要衝であるパナマ運河では近年、エルニーニョ現象による旱魃で水位が低下し、航行する船舶のサイズ制限を一時導入したこともありました。

世界のどこかの地域で旱魃が増えれば、別の地域で洪水や嵐が発生しやすくなります。洪水や嵐が生じれば、港湾に被害を与えます。港の1/3は熱帯的気圧の発生しやすい場所にあります。

いまの水上輸送サプライチェーンの仕組みは旱魃やハリケーンの発生に全く対応できません。

その象徴は船舶の大型化です。ここ20年のあいだに船舶の大型化が進んできました。一度に大量の物資を輸送することで、1航行あたりの利益を高めるためです。

しかし大型だったり積載量が増えれば、それだけ深く沈むため、旱魃による水位低下により通行できないルートが増えてきます。将来、パナマ運河で多くの船舶が通行できなくなる日がやってくるかもしれません。

また小回りが利かなくなり、強風や大波でコントロールを失い座礁したり転覆するリスクも増えます。昨年のスエズ運河封鎖事故のような出来事がより頻繁に起こるかもしれません。

異常気象による水位低下や強風のリスクを減らすには、船の積載量を減らしたり小型船の運航回数を増やして対応するしかありません。

(内陸輸送用の船1隻が輸送できる用は約100~150台のトラックに相当するため、陸上輸送に切り替えることなど当然論外です。)

しかしこうした対応は簡単ではありません。そもそも小型船が不足しています。また物流システムは極めて複雑であり、どこかを変更すれば予期せぬ悪影響が別の箇所で発生するものです。渇水時に最善の策を講じても貨物輸送量が6割減少した例もあり、小手先の対応では解決しないどころか混乱を助長しかねません。

対応するには小型船の建造はもちろん、物流の自動化も含めて抜本的に物流システムを変更せざるをえないでしょう。

船会社、港湾や運河の運営会社、物流会社などが連携して効率的な輸送システムを築かなければならず、構築が一段落し運用が軌道に乗るためには5年、10年とかかることは確実です。

資金面の問題もあります。COVID-19パンデミック後の財政支援で世界中の政府は財政が悪化し、金融引き締めにより借入コストが増えており、船舶建造や物流システムの抜本的改革のための資金調達は厳しさを増しています。世界的なインフレで資材価格や賃金が上昇している点もネックです。

今後、異常気象に悩まされて物流の混乱が続き、燃料費や港湾使用料、運河通行料などの費用が高まる状況は何年も続かざるを得ません。

インフレが進み、労働市場が逼迫し、労働組合の結成が進んで労働者の力が強くなっている現状、物流関係者の賃上げ要求が強まり、場合によってはストライキに発展することさえ考えなければなりません。

燃料については、世界中の石油会社が新規投資に消極的なため、需給逼迫が少なくとも3年、5年程度続くことが現実的になっています。

今年スエズ運河は、パンデミックにより航行する船舶が増えて混雑していることを理由に、通航料金を少なくとも6%引き上げました。パナマ運河でも来年から2025年にかけてコンテナ船通航料が6%増えるなど値上げが決まっています。

米国では西海岸港湾の労使契約が失効し、現在労使交渉が行われているところです。この労使交渉はしばしば1年以上掛かり、港湾作業に支障が出て政権が介入する場合もあります。

物流クライシスを回避するのはどうも難しい気がしてなりません。