投資家の激しい売りに晒された金・銀

金・銀価格は銅・アルミなどの金属価格と同じく、今年3月から現在にかけて調整が続いてきました。

2月末のロシアのウクライナ侵攻後に有事の金買いが急増し金価格は3月に一時、1年8か月ぶりに1トロイオンス2000ドルを突破しました。しかしその後ウクライナ侵攻前の1800ドルを下回り、一時1700ドル割れしました。

銀価格も似たような値動きですが、ウクライナ侵攻による銀買いはそこまで進まず1トロイオンス26ドルに届かず、その後ゴールド以上に激しく急落して一時19ドル割れしました。

その後7月中旬から底打ち反転し、金価格は1766ドル、銀価格は20.36ドルです。金価格は昨年3月の底値に到達する前に反発しましたが、銀価格は深い下落からの回復途上で2020年8月以降で最安値付近が続きます。

金・銀価格については、次のように考えてきました。

・投資家の間でインフレ不安に火が付けば、金融引き締めと関係なく金価格は値上がりしやすくなる

・それまでは金融引き締めや流動性危機の発生により、値動きは不安定で価格急落もあり得る

最大の焦点はいつ投資家の間でインフレ不安に火が付くかどうかですが、これを正確に予測することは困難です、3~4月の時点でインフレ不安がくすぶり始めたようにも見えましたので、貴金属関連銘柄は基本的に将来に備えるという意味で買いスタンスを維持してきました。

残念ながらここ数ヶ月は金・銀価格の急落が目立ってきました。その要因として考えられることは次の3つです:

・ウクライナ侵攻による有事の金買いが一転して売りに転じ消失してしまった

・インフレ退治のための金融引き締め強化と期待インフレ率の低下により実質金利がプラス圏に上昇してきた

・ドル高の進展により、安全資産としての金需要が落ちたほか、現地通貨建ての金価格の高値感が続いてきた

金ETFの需要をみると、ウクライナ侵攻後の3月に188トンの買い越しがあった後、需要が急減し、5月以降は売り越しが続いています。ウクライナ侵攻による有事の金買いが蒸発したことは下図から一目瞭然です。

ウクライナ戦争は英米によるロシアとの代理戦争という意味合いはあるものの、地域紛争の域を脱していないため、有事の金買いは早々と消失してしまいました。

有事の金買いが消失したなかで、インフレに火がついていない状況で、金・銀需要は短期的に実質金利やドル指数を反映しやすくなります。

実質金利やドル指数が上昇すると、安全資産として保管料のかかる貴金属よりも米国債や米ドルが好まれるため、貴金属価格は低下します。また新興国通貨建て金価格の下げペースを鈍らすため、宝飾品・地金・コイン需要を抑制します。

2020年春のコロナショック以降、サプライチェーンの混乱やエネルギー、原材料価格の上昇を反映して期待インフレ率が名目金利以上に上昇し、実質長期金利(インフレ指数連動10年物米国債利回り)はマイナス1%を下回りました。

しかし今年3月からの「名目金利の上昇加速+期待インフレ率の横ばい化」、5月からの「期待インフレ率の低下」により実質金利は6月中旬に一時プラス0.89%にまで上昇しました。ただその後実質金利は再び下がり始めています。

Fedの利上げで米国と欧日との金利差が開いたことや、利上げを行う新興国からマネーが流出し一部が米ドルに流れ込んだことから、ドル指数は上昇が続き2002年以来の高値水準にあります。

有事の金需要が焼失したなか、実質金利とドル指数の上昇が続いたため、金・銀価格はウクライナ侵攻前の水準を割ってなお調整を続けたわけです。

最近金・銀価格は反発しています。7月のFOMCでパウエル議長は「いずれ利上げペースを落とすことになる」と発言したことと、米国経済が2四半期連続で前期比マイナス成長となったため、利上げペースが今後緩み、来年初めからの利下げ期待が高まったためです。

しかし前年比では4~6月期の米国GDP成長率は1.6%でプラスですし、これは実質です。インフレ率を加えた名目の成長率は10%を超えており、リセッションどころか「超過熱経済」です。

労働市場はタイトで、名目個人消費は過熱しており、世論は不況ではなくインフレへの対処を望んでいます。

11月に中間選挙を控える中、バイデン政権、民主・共和両党は不況よりもインフレ退治を支持するでしょうし、パウエルFed議長は引き続きの(0.75%以上の)大幅利上げを排除していません。

今年残り3回のFOMCで1.00%の利上げにとどまるとする市場の見方は楽観的過ぎると言わざるを得ません。現在の金・銀価格の反発・回復が今後も続くかどうかは不透明です。

金需要大国である中国とインドに目を転じると、両国の金需要もここ数ヶ月は低調です。

中国ではオミクロン株の拡大で上海市をはじめとした都市でロックダウンや厳しい外出制限措置が導入されたことで、ゴールドショップの閉鎖や来店客の減少が起こり、宝飾品、地金、コインの需要が落ち込んできました。

インドではウクライナ侵攻後のドル建て金価格の上昇とルピー安ドル高で現地通貨建て金価格が一時大きく上昇し、宝飾品、地金、コイン需要が落ち込みました。同時にモンスーン前の結婚式需要が落ち込みました。

中国、インドともに現地通貨建て金価格が大きく調整したことから、金需要は多少回復かもしれません。

しかし中国ではパンデミックによる移動制限がなお続いており、住宅ローン支払い拒否問題で不動産業界の悪化が銀行システムにも波及しそうな危険な状況です。

景気刺激策の導入に積極的だった李克強首相でしたが先日、「高すぎる成長目標のために、大型の景気刺激策や過剰に通貨を供給する政策を実施することはない」と語りました。習近平氏の緊縮方針が通った形であり、中国経済は景気のさらなる悪化を心配しなければいけなくなりました。
[2022/07/20 日本経済新聞]中国首相「大型景気対策とらず」 成長目標未達も容認か

インドでは金輸入増加による貿易赤字の悪化を改善するため、6月30日から金の基本関税を7.5%から12.5%に引き上げました。これは小売価格に上乗せされるため、金買い抑制につながります。

そのため短期的に中国、インドの金需要回復にあまり期待することもできません。

市場の想定以上に積極的な金融引き締めが続き実質金利が上昇する可能性や中国・インドの金需要増があまり期待できないことから、しばらく金・銀価格は不安定な値動きを続け、さらなる調整も十分考えられます。

ただこれまでの価格下落で金・銀に割安感が出てきたことも事実です。