食料・肥料輸出を制限し始めたロシア:日本の食料価格値上がりは序章に過ぎない

2022/03/14に配信した有料版記事[アボマガ No.204]の一部を編集したものです。
 
アボマガ・エッセンシャル(有料版)にお早めにご登録されると、当記事のフルバージョンをご覧いただけます。
→ご登録はこちら

今回は日本だけでなく世界のあらゆる人々が最も心配する話題の一つである、食料事情についてです。
 

現在の穀物価格はウクライナ情勢の影響が一時的であるとの楽観に基づいている

以前の記事で、ロシアのウクライナ侵攻が世界の穀物供給、特に小麦の供給に深刻な影響を与え得ると書きました。
 
ロシアとウクライナが世界に供給する穀物のシェアはおよそ25%もあり、小麦は3割のシェアを持ちます(ロシア:およそ2割、ウクライナ:およそ1割)。
 

 
先週、大きな動きがありました。ウクライナは小麦をはじめとした穀物や砂糖、肉の輸出を停止することを発表しました。
 
そしてロシアも、EEU諸国(アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス)への小麦等の穀物輸出の一時停止を決定しました。
 
両国からの穀物が輸出される黒海の港湾は封鎖されており、西側諸国の企業はロシア産商品の輸送を自主的に拒否していましたから、食料輸出停止の発表は時間の問題だったと言えます。
 
ロシア・ウクライナ産の小麦への依存が大きいのは、下図のように中東、アフリカ、中央アジア、東南アジアの国々です。
 
ウクライナからの小麦輸入が途絶えただけでも影響は大きいですが、ロシアからの輸入が途絶えると一部の国は絶望的な状況に置かれます。
 
ロシアからの小麦が途絶えるカザフスタンやアルメニアはほぼすべての輸入をロシアに依存していますから、深刻な食糧危機に見舞われそうです。
 
トルコとエジプトはロシアから小麦をそれぞれ65%、55%輸入しています。両国への輸入はいまのところ継続ですが、すでに供給網は大きく混乱しており、十分な小麦を調達できるか不透明です。
 
東南アジアは米が主食、サブサハラアフリカはジャガイモを主食とする国が多いのでマシですが、中央アジア・中東・北アフリカの国々は小麦が主食ですので、小麦輸入量が減ることは特に貧困層にとって死活問題になります。
 
中央アジア・中東・北アフリカを中心に、国家備蓄がすぐに枯渇し、2011年の「アラブの春」に起きたような食糧暴動が起こり、大混乱に陥りそうです。
 

ロシア・ウクライナからの小麦輸入依存が大きい国々

 

ロシアからの小麦輸入依存が大きい国々

 
小麦輸出の救世主とみられているのが、世界第2位の小麦生産国であるインドです。
 
インドは5年連続で記録的な豊作で、小麦の大量在庫が発生しており、小麦価格高騰のなか輸出を700万トンに増やす計画です。
 
しかしロシアとウクライナを合わせた昨年の小麦輸出量5500万トン(小麦輸出を全面停止したウクライナだけでも1800万トン)と比較すると、700万トンという数字は頼りになりません。
 
インドのような国は例外です。食料価格が高騰しているとき、各国は食料輸出を控えることが普通です。ハンガリーは穀物輸出を全面禁止にしました。この動きに他国も追随すると予想されます。
 
世界最大の小麦生産国である中国では、昨年の大雨で小麦の作付けが遅れ、作付けが20%も減り、冬小麦の生産量は歴史的低さとなりました。
 
中国は小麦在庫が少ない状況ですので、輸入を大きく増やさざるを得ません。食料安全保障は中国政府にとって極めて重要な政策であり、他国を押しのけてでも小麦を買い占めようとする動きに出ることは十分考えられます。
 
現在、小麦価格は2008年の最高値とほぼ同じ水準にありますが、これはウクライナで収穫された小麦が短期的に世界に供給されないことを織り込んでいるにすぎません。
 
以下のリスク・可能性はまだ現在の小麦価格に十分織り込まれていません:
 
・2021穀物年度のウクライナ産小麦が春から夏にかけて収穫されないリスク
 
・今夏にウクライナで小麦の種まきが十分行われないリスク
 
・ロシアが小麦輸出停止措置の対象国を拡大したり、措置が長期化するリスク
 
・ハンガリー以外の国々が次々と食料輸出停止措置を講じるリスク
 
・中国が小麦輸入をますます増やす可能性
 
顕在化した場合の小麦市場への影響がかなり深刻になりそうなリスクは、ウクライナで収穫・種まきが十分行われないことと、ロシアの小麦輸出停止措置の拡大・延長です。
 
このうちウクライナに関して、数百万人が国外脱出していき農業や関連産業の担い手が減ったり、肥料・エネルギー価格が高騰している状況を考えれば、収穫・種まきが不十分となるリスクは顕在化する可能性が高いと言わざるを得ません。
 
小麦価格のさらなる急騰は現実的であり、世界の深刻な小麦不足は少なくとも1年間は続きそうです。
 

 
問題は小麦だけではありません。ロシアとウクライナは世界市場にトウモロコシのおよそ2割を供給しています。
 
中国ではアフリカ豚熱を克服し豚肉需要が増加しただけでなく、ブタ一頭あたりに多くの飼料を使う大規模畜産業者の増加により、トウモロコシ需要が急増しています。
 
昨年、価格が高値水準だったなか、中国のトウモロコシ輸入は記録的に急増しました。需要拡大と悪天候により国内生産が減ったためであり、在庫は不足気味と考えられます。
 

 
本格的な種まきまであと5ヶ月ある小麦と異なり、トウモロコシの種まきは春に行われます。戦地のウクライナで果たして種まきする余裕はあるのでしょうか?
 
小麦だけでなく、トウモロコシも少なくとも1年間は深刻な供給不足に見舞われ、価格はもっと高騰してもおかしくありません。
 

 

肥料需給も急速に逼迫へ

続いて作物の生育に欠かせない肥料市場について見ていきましょう。
 
カリ、窒素、リンという三大肥料の価格は、中国・インドの旺盛な食料・生産需要やパンデミックによるサプライチェーンの混乱、天然ガス価格の増加、肥料輸出制限により一年で2~4倍程度に値上がりしました。
 
いずれの肥料も現在まで高値水準が続いています。ロシアのウクライナ侵攻後の3月の肥料価格は、2月より5%以上値上がりしているようです。
 
(下図はウクライナ侵攻前のものです)
 

 
北米ではウクライナ侵攻前から、肥料価格以上に穀物価格が上昇し、利幅が非常に大きくなっています。
 
ロシアのウクライナ侵攻で穀物価格はますます高騰し、世界的に深刻な穀物不足が懸念される中、北米の農家にとって利益を増やす大きな機会が訪れています。
 
北米での肥料需要は今後大きく増えることが予想されます。
 

 
中国、インドでは旺盛な食料生産需要やパンデミックによるサプライチェーンの混乱で、カリ在庫は昨年に減少しました。特にインドは在庫がほとんどありません。
 
ウクライナ侵攻が起こる前から両国のカリ肥料は在庫が減ったのですから、小麦やトウモロコシの不足が深刻化すると予想されるなか、両国はカリ肥料の輸入を大幅に増やさなければならないでしょう。
 

 
供給について、ロシア、ウクライナ、ベラルーシはいずれも世界有数の肥料輸出国で、特にカリ肥料はロシア・ベラルーシが世界有数の生産国です。両国の塩化カリウム生産量は世界全体の37.5%を占め、ロシアは20%程度です。
 

 
先日、重要な報道が出ました。ロシア政府は欧米の経済制裁への報復として、国内肥料メーカーに対し一時的に輸出を停止するよう勧告したようです。
[2021/03/10 WOWO]Russian Ministry Halting Fertilizer Exports
 
これから春の作付けが本格化し一年で最も肥料需要が増すなかで、最悪のタイミングです。
 
ロシアが肥料輸出を停止した場合、各国の肥料供給にどの程度の影響があるでしょうか。
 
下図は各国・地域のロシアからの肥料依存の大きさを示したものです。3種類の肥料について示されており、左から窒素、リン、カリです。
 
最もロシア依存が大きいのは欧州で、いずれの肥料もロシアから2割以上を輸入しています。アフリカもロシア依存が大きいです。米国もロシア依存は決して小さくありませんが、比較的少ない方です。
 
また中国とブラジルはカリ肥料のみロシア依存が大きいです。カリは窒素やリンと異なり、生産国と需要国が大きく異なり、需要国の大半は輸入に依存しているためです。
 
すでに米国とEUは昨年からベラルーシのカリ輸出に制裁を科しており、EUはなんと今年3月初め、ウクライナ侵攻でロシアに協力したことへの報復として、ベラルーシからのカリ輸入を禁止しました。
 
ロシアの肥料輸出停止により、これまでも供給不足気味だったカリ需給はますます逼迫し、カリ価格は暴騰することになります。特に欧州ではロシア・ウクライナ両国からの供給が途絶え深刻なカリ不足となり、作物の生育不良で歴史的な食料危機に発展しそうです。
 

 
日本も例外ではありません。塩化カリの25%をロシアとベラルーシから輸入しています。
 
ロシア・ベラルーシだけでなく、世界的食料危機となれば、肥料輸出国は自国での生産を優先するために肥料輸出を控える動きが出てくることも考えられます。
 

 

日本の食料価格値上がりはまだ始まったばかり

今後、小麦やトウモロコシなどの食料や肥料の価格高騰が起こりそうですが、日本の場合はこれに円安が加わり、日本の家計を直撃していきます。
 
日本の投資家たちは、食料・エネルギー・資源の輸入インフレ長期化への懸念から日本円を売る動きを加速しています。
[2022/03/11 日本経済新聞]円5年ぶり安値 一時117円台、経常赤字拡大で一段安も
 
先日、日本政府は4月からの輸入小麦価格を17.3%引き上げ、過去2番目の高値になります。
 
しかしこの改定にウクライナ侵攻の影響はあまり含まれていません。この影響は今年10月の改定に反映されることになります。
 
小麦価格改定や春に植えた作物が収穫・出荷される今夏~秋以降、日本でパン、麺、豚肉、牛肉、野菜の価格が本格的に上昇していきそうです。
 
昨年から現在までの食料や調味料の10~20%程度の値上がりは、ほんの序章に過ぎません。これから、もっと強烈な値上げが控えています。これが食料自給率が37%の日本に迫り来る未来です。
 
★今回のアボマガ・エッセンシャルでは食料危機やインフレで、株価がドル建てで3~10倍に(円建てならもっと)上がりそうな銘柄を扱っています。購買力低下を防ぐために、家計を守るために。