ベビーブーマーの本格的な高齢化がFDAによるアデュカヌマブ承認を促した

[2021/06/08 ブルームバーグ]エーザイとバイオジェンのアルツハイマー治療薬、FDAが承認
 
米食品医薬品局(FDA)は米バイオジェンとエーザイが共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」を承認した。FDAが7日、ウェブサイトで発表した。この承認でアルツハイマー病の治療は劇的に変わる可能性がある。
 
これを受け、7日の米株式市場でバイオジェンは急伸。一時、64%上昇して上場来高値を付けた後、取引が一時停止された。取引再開後、終値は38%高の395.85ドルと、2015年4月以来の高値となった。エーザイの米国預託証券(ADR)の終値は56%高の116.03ドル。
 
アルツハイマー病の根本的な原因に作用する治療薬としてFDAの承認を得たのはアデュカヌマブが初めてで、病状の進行を遅らせる効果があると認められた。FDAは今回、迅速承認したもので、バイオジェンとエーザイは今後も同薬の効果の確定に向け臨床試験を行う必要がある。
 
この治療薬はアルツハイマー病患者の脳内に蓄積する有害なタンパク質、アミロイドβ(ベータ)を標的とする。アルツハイマー病の治療では2003年を最後に承認された新薬がなく、これまでの治療薬はいずれも一時的な症状の緩和に寄与しても、根本的な原因に対処するものではなかった。

 
医療がまた一つ、大きな進歩を遂げたようです。
 
アルツハイマー病は認知症を引き起こす疾患の一種です。世界には認知症患者がおよそ5000万人おり、うち6-7割がアルツハイマー病だと言われています。
 
米国にはアルツハイマー病患者は600万人超います。日本には約600万人の認知症患者がおり、単純計算で360-420万人程度がアルツハイマー病患者ということになります。
 
アルツハイマー病またはその他の認知症患者はほぼすべて65歳以上の高齢者であり、年を重ねるほど罹患確率は高まり、症状は悪化する傾向にあります。
 
米国では前立腺がん、心疾患、脳卒中、HIVなどの死者数は年々減ってきましたが、アルツハイマー病による死者数は2000-2017年のあいだに累計で145%増加しました。年間平均4.6%の増加です。
 
今後高齢化が進展し、先進国を中心にアルツハイマー病またはその他の認知症患者は短中長期的に増えるのは確実です。
 
おそらく今後、世界中でアルツハイマー病またはその他認知症が死因トップになるでしょう(すでに英国ではトップとなっています)。
 
アルツハイマー病またはその他認知症の最大の問題は、罹患者だけでなく、周りの人々や社会を巻き込んで皆を不幸にさせてしまう点にあります。
 
アルツハイマー病またはその他の認知症患者は、最初は単なる物忘れから始まりますが、症状が悪化すると買い物や着衣、入力、排泄を単独でできなくなり、介助者なしに日常生活を送ることが困難になります。
 
最終的に会話が困難になり、歩行や座ることが困難となり、表情もなくなっていきます。
 
患者本人にとってはもちろん辛いですが、家族や友人等の介護者もまた同じくらい辛い思いをしなければなりません。
 
肉体的負担はもちろん、介護の甲斐もなく日に日に症状が悪化する姿を目の当たりにしたり、被介護者である両親や友人との意思疎通が上手くいかなくなり不和が生じ、精神的に追い詰められてしまいます。
 
介護者は、仕事を休んだり、場合によっては休職・退職して、患者の無償介護に迫られます。これは大きな経済的損失を生みます。
 
昨年の米国における、家族や友人等による、アルツハイマー病またはその他の認知症患者に対する無償介護の価値は、2567億ドルと試算されています。これはアップルの年間売上高にほぼ匹敵します。
 
重度のアルツハイマー病またはその他の認知症患者の多くは介護施設に入居することになります。
 
しかし世界的に介護従事者は不足しており、高齢化の本格化に伴う患者の増加を補いきれず、介護現場の人手不足は深刻化していきます。
 
またアルツハイマー病・認知症患者は、他の高齢者の2倍の入院期間があります。入退院を繰り返す頻度だけ入院期間は倍化します。
 
さらにアルツハイマー病・認知症患者は、冠動脈疾患、糖尿病、慢性腎臓病など他の慢性病を抱えやすいとされます。
 
介護施設入居率や入院期間が長く、他の病気を同時に抱えやすいことから、アルツハイマー病・認知症が重症化すればするほど、患者自身や家族・友人の金銭的負担が増えるのはもちろん、医療・介護保険からの支払いも大きくなります。
 
重度のアルツハイマー病・認知症患者が長期的に増えていけば、労働者や政府の保険料負担の長期的な増大へとつながります。
 
アルツハイマー病・認知症の拡大は、患者だけでなく、その介護者、介護・医療従事者、労働者、政府、あらゆる人々・組織の負担を意味し、皆を不幸にさせてしまうわけです。
 
 
これまで承認されたアルツハイマー病治療薬は、症状をわずかに改善するだけで、症状の進行を遅らせる効果はありませんでしたから、皆を不幸にさせる問題が和らぐことはありませんでした。
 
しかしアデュヘルム(アデュカヌマブの販売名)がFDAに承認されたことで、この問題の解決に向けて一筋の光が差し込んだことになります。
 
アデュヘルムはアルツハイマー病の進行を遅らせるバイオ医薬品であり、完治・寛解させるものではありません。
 
しかし少しでも症状の進行を遅らせ、重症患者を減らすことができれば、介護負担や入院頻度を大きく減らすことが期待されます。
 
患者自身で治療費を支払えるようになり、家族や友人の生活や仕事への影響は減り、介護従事者の負担は軽減されるでしょう。
 
アルツハイマー病・認知症治療薬が今後保険適用されたとしても、医療・介護従事者の人手がかかる入院費用や介護費用が減ることで、医療・介護保険制度への負担は和らぐかもしれません。
 
米国では2020年代にベビーブーマーが次々と高齢化し、20年代後半には80歳を迎える高齢者が現れ始めます。
 
アルツハイマー病・認知症対策を早急に講じなければ、間に合わなくなります。
 
アルツハイマー病・認知症の進行を遅らせる治療薬の誕生は、社会のあらゆる人々・組織の肉体的・精神的・経済的負担を軽減し、国家を存続させるうえで、喫緊の要求だったのです。
 
これが、多くの専門家が有効性に対する疑問を抱えるなかで、FDAがアデュヘルムの承認に踏み切った最大の理由だと考えられます。
 
今後、アデュヘルムの新たな治験や実際の患者への投与により、より詳細なデータが得られることで、有効性の詳細な分析や投与方法の改善などが可能になります。
 
アデュヘルムの承認により、アルツハイマー病向け候補薬剤を開発中の他の製薬会社の研究開発意欲が高まり、アルツハイマー病治療薬市場は活況に満ち、さらに進歩していくでしょう。