半導体の物価上昇抑制効果の維持可能性

[アボマガお試し版 No.149]姿を現しつつある新たなスタグフレーションリスクの記事(一部)です。2021/01/18に配信したものです。

 

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これまでの物価上昇を抑制してきたものとは?

下図は米国の都市部における、消費者物価指数の前年比伸び率(食料・エネルギー除く)です。

スタグフレーション期を克服した後の1980年代から消費者物価指数は先の金融危機まで下落傾向が続き、その後現在まで2%前後でほぼ平坦に推移してきました。

しかし消費者物価指数は様々な商品・サービスの価格を加重平均したもので、商品・サービスごとの価格のバラつきを教えてくれません。

実際に各商品・サービスの価格推移をみると、それぞれ大きくバラつきがあることがわかります。

下図は以前の記事でもお見せした、1998年から20年間における、米国の賃金および各製品・サービスの価格推移を示したものです。1998年を100としています。

20年間で病院サービス、教科書代、大学の学費、自動車保険料、医療介護サービス料、薬価が賃金を上回る値上がりをみせました。

一方でテレビ、玩具、ソフトウェア、携帯サービス料金などが大きく下落してきました。これらが物価の伸びを抑制してきたわけです。

特に、テクノロジー価格の値下がりは物価上昇抑制に大きく寄与しました。

下図が示すように、直近およそ20年のあいだ、テクノロジー価格は毎年10%程度ずつ下がっていきました。

テクノロジー価格が大きく値下がりした直接的な理由は2つあります。一つは通信事業者間の競争により、携帯サービス料金が値下がりし続けたことです。

もう一つはパソコン、スマートフォン等の電子製品のコンピューティングとストレージのコストが大幅に下がってきたことです。

現在、iPhoneの端末料金は古い機種であれば数万円台、最新機種でも10万円以下で購入できますが、1991年のiPhoneのストレージとコンピューティングのコストは1台あたり144万ドル(1億4400万円超)に相当しました。

通信サービスや電子製品の価格の下落を引き起こした最大の要因は、もちろん技術革新です。

またグローバリゼーションのもと、電子製品の製造・組み立てやソフトウェア・システムの開発を、台湾や中国、インドなど、人件費の安い新興国に委託したことも、テクノロジー価格の下落に寄与しました。

さらにテクノロジーは、労働力の置き換えによる生産性向上や、電子商取引の普及でより安く商品を購入できるようにしたことで、間接的に物価下落に寄与しました。

それでは、テクノロジー価格を引き下げ続けてきた最大の要因とは何でしょうか?

これは結局のところ、ムーアの法則に行きつくでしょう。ムーアの法則にしたがって半導体の微細化が進み、同じ性能の半導体価格が右肩下がりに減少していきました。

半導体の費用は「トランジスタ1個あたりの費用」で決まり、これは「面積当たりウェハー加工費用」と「トランジスタ素子1個当たり面積の大きさ」の掛け算で決まります。

ムーアの法則に従い、同じ面積の半導体ウェハー上のトランジスタ素子構成数が18ヵ月に2倍になり、半導体の性能が2倍になっていきました。

言い換えれば、トランジスタ素子1個当たりの面積の大きさは18カ月ごとに半分になっていきました。

面積当たりウェハー加工費用は微細化が進む中で右肩上がりに上昇してきましたが、それを上回るペースでトランジスタ素子1個当たり面積が小さくなっていきました。

結果として、微細化が進むほど、トランジスタ1個あたりの費用は指数関数的に下がっていきました。

半導体はロジックチップやメモリ等の形として、スマートフォンやパソコン、家電製品、センサーから自動車、医療機器、ミサイル、レーザー光線まで、ありとあらゆるモノになくてはならない部品になっています。

現代社会においてハイテク技術を活用した新しい製品・サービスを安価に使えるようになり、生活が豊かになったのは、ムーアの法則にしたがった半導体の劇的な進歩があったためです。

しかしチップの微細化が進むにつれ、2000年代ごろから徐々にムーアの法則が成立しにくくなっていきました。

現在、最新のトランジスタのサイズは10ナノメートル未満となっており、TSMCとサムスン電子は今年から5ナノ半導体の量産を行う予定です。これは分子の数倍程度のサイズに過ぎない、極めて微小なものです。

トランジスタは分子でできた材料で構成されていますから、その数倍のサイズでは、物理的な障害が生じやすくなります。

微細化が進みすぎた結果、電子回路の内部で、電流を流れるべき箇所で電流が流れず、本来電流が流れない絶縁された箇所から漏れ出るように電流(リーク電流)が流れる出来事が起こりやすくなりました。

リーク電流が増大すると素子に誤った信号が伝わり誤作動の原因となるほか、本来回路の動作に必要な水準を超える電力が消費されるようになります。また発熱も増大するため熱暴走や回路の劣化や破損の原因となることもあります。

そのため、取り込む電圧の量を減らすか、使用中のトランジスタの数を減らして過熱を防ぎ、チップの処理能力を制限する必要が出てきました。

しかしこうした制限は微細化の目的の一つである性能向上に反する行為となります。

ムーアの法則に従ったチップコストの低減効果が小さくなる一方で、微細化が進むごとに半導体の研究開発・製造コストは右肩上がりに増えていきました。

各企業や研究開発機関の努力の甲斐あって半導体の性能は指数関数的に向上してきましたが、研究開発コストは、1971年から現在までおよそ18倍増加してきました。

下図はTSMCの最新鋭半導体製造工場(ファブ)における、1つのウェハーを処理するために必要な毎年の投資額の推移です。

最先端のチップを製造するファブへの投資額は年間約13%で上昇しており、2022年までに160億ドル以上に達すると予想されています。

ファブへの投資額が増えているのは、微細化が進むにつれて最先端半導体製造装置の価格が高まっているためです。

半導体製造装置で最も高価なのは露光装置です。現在、オランダのASMLが製造する最先端EUV露光装置が導入されています。

露光装置の価格は、1979年の1ユニットあたり45万ドルから2019年には1億2300万ドルに上昇しました。40年間で273倍(年率平均約15%)の上昇です。

さらなる微細化が難しくなっているなか、半導体製造コストがますます上昇していくことは間違いありません。

平面での微細化が2020年代に限界を迎えるとみられるなか、ムーアの法則を再び強く働かせるために、積層型半導体の研究開発が進められてきました。NAND型フラッシュメモリはすでに量産できています。

しかしCPU、GPU、ASIC等のロジックチップは現在も研究開発段階にあります。いままでとは全く異なる技術での開発・生産が必要であり、低コストでの量産化はまだ何年もかかるでしょう。

ムーアの法則によるチップのコスト低減効果が弱まっているなかで、ウェアハー処理費用は今後も伸び続け、トランジスタ1個あたりの価格の下落幅が以前よりも小さい状況はしばらく続きそうです。

今後、技術革新による物価の低減効果が以前ほど大きく働かないことが予想されます。言い換えれば、低インフレを縁の下から支えていた一つの要因がグラついていくということです。

半導体サプライチェーンのボトルネック

半導体の技術面から、サプライチェーンに目線を移しましょう。

よく知られているように、半導体サプライチェーンはとても複雑な構造となっています。

半導体のサプライチェーンは大きく原材料生産、設計、製造、組み立て・テストに分けられますが、それぞれの工程の分業化が大きく進んできました。

世界中に何千もの専門企業が関与しており、16,000のサプライヤーがあり、そのうち8,500以上が米国外にあります。

エヌビディア、クアルコム、AMD、アップル、グーグル、アマゾン等の大手半導体ベンダーは、自社に工場を持たず、台湾や韓国の半導体受託製造会社に製造をすべて委託しています。

半導体製造会社は、オランダのASML、米国のアプライド・マテリアルズ、日本の東京エレクトロンなど、主に先進国の企業から半導体製造装置を購入します。

半導体の原料であるシリコンは中国、ロシア、米国、ブラジル、フランスなどで採掘されます。

これを日本の信越化学工業などが調達し、結晶成長技術を駆使して一定の原子配列を持った直径約30センチ、長さ約1mという大きなシリコンの結晶をつくり、その塊を薄くスライスしてシリコンウエハーをつくり、半導体製造会社に供給します。

製造した半導体は、台湾、中国など主にアジアで組み立て・テストを行います。

半導体のサプライチェーンが細分化されており、非常に多くの企業がグローバルに関わっているのは、それだけ半導体が非常に複雑で、各コンポーネントごとに高い専門性が必要とされるためです。

製品の複雑さと、それに起因するサプライチェーンの複雑さから、半導体は商品の発注から納品に至るまでの時間(リードタイム)が平均して2~3ヵ月と長いことが特徴です。

リードタイムが長いと、サプライチェーンに含まれる各企業は、顧客が注文する前に、可能な限り正確に需要を予測して生産を行う必要があります。

需要予測に見合った生産が出来ないと、在庫が増えたり、逆に供給不足に陥ることになります。また突発的な需要の変動に柔軟に対応することは困難です。

そのため、半導体のサプライチェーンは需給や地政学等の突発的な変化に脆弱であると言えます。

それでも、原材料生産、設計、製造、組み立て・テストの各工程が世界的に分散しており、ボトルネックが存在しなければ、サプライチェーンの混乱をある程度抑制することが期待されます。

しかし残念ながら半導体サプライチェーンには大きなボトルネックが存在します。

・・・(省略)・・・

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