平均回帰の無視-客観的事実を無視して直近を将来に当てはめる-
世の中にはあまねくサイクルや波というものが存在します。 株式市場はブル(上昇)相場もあればベア(下落)相場もありますし、私たち自身もその日によって体調が良いときもあれば悪いときもあります。
様々な物事には平均回帰という性質があります。 平均回帰とは良いことも悪いことも、長い目で見れば本来落ち着くべき平均的なところに近づいていく現象のことです。
例えばめちゃくちゃ仕事が上手く行った日の翌日は、大抵前日ほどの成果をあげられないものです。 寝不足で仕事にまったく手が付かなかった日の翌日は、気分が晴れていつも通り仕事に取り組めるものです。
仕事が良く出来る日も出来ない日もずっと続くことはなく、長い目で見れば自分の平均的なパフォーマンスに落ち着く。 これが平均回帰の一種です。
ちなみに平均回帰は最終的に必ず平均的なところに落ち着くという意味ではないので、そこは誤解しないようにしてください。
さて本題です。 平均回帰は気分や株式市場などいろんな場所に存在しますが、私たちの心理は平均回帰を念頭に置かない傾向にあるのです。 つまり私たちは平均回帰を無視しやすいのです。
平均回帰の無視と野球
私たちが平均回帰を無視する典型的な分野がスポーツです。 私たちはある選手が数試合にわたって絶好調なときにはその後も大いに期待する一方で、数試合絶不調の選手に対しては期待薄、ベンチに外れてほしいと思うものです。
しかしこうした感情はまさに平均回帰の無視が引き起こすものです。
例えばプロ野球のシーズンが開幕すると、一部のバッターがめちゃくちゃ打ちまくることがあります。 4月の間に打率.400越え、ホームラン12本、打点30という驚異的な成績を収めるバッターがいるものです。
こうなると驚異的な成績をあげているバッターが所属するチームのファンは、このバッターがこの調子で今後も活躍する姿を大いに期待してしまうものです。
ネット上では現状の成績を称賛したり、今後も期待する多くのコメントが書かれます。 メディアも「年間250安打ペース」だとか「このままのペースでいけばホームラン80本」というように視聴者に伝えてきます。
解説者が行う「ボールをしっかりとミートできている」「スイングの始動が遅くボールをしっかり見極められているので、甘いボールだけを打ちにいける」といった技術的な解説を聴くと、だからこんなに好成績を残せているんだと納得して、現状の成績が必然だと無意識に考えてしまいます。
しかし普通に考えてこの選手がこれからも驚異的な成績を残し続けることはありえません。 イチロー、王貞治、長嶋茂雄、落合博満といった超一流の選手でさえも、打率は.400に到達することはないし、ホームラン50本前後、打点150前後が限界です。 ましてや普通の選手だったら、打率.300、ホームラン20本、打点80あげられたら十分称賛に値します。
そういうことを考えると、4月に驚異的な成績を収めた理由は"たまたま"なのです。 むしろそのバッターの元々の実力に近づくために、その後スランプに陥ってがっかりした成績を収めることが普通です。(これが平均回帰)
物凄いスランプに陥って、打率が.250に落ち込みホームランも全く打てず、最悪二軍落ちする選手だって普通にいますから。
しかしそういうことを気にせず、多くの野球ファンは4月に驚異的な成績を収めた選手がその後も打ちまくることをどんどん期待していきます。 その後数試合打てなくても、ちょっといま調子が悪いだけだと考えてこれからまた打ちまくるだろうと考えるものです。 平均回帰を無視しているのです。
そしてしばらく経って、打率が.300を切ってきたあたりから、ようやく4月までの活躍が"たまたま"だったと気づくのです。
客観的なデータはインパクトが薄い
私たちは客観的なデータをインパクトの薄いものと判断してしてしまいがちです。 これが平均回帰の無視を引き起こす一つの要因となります。
上の野球の例をもう一度考えてみましょう。 私たちは「4月の間に打率.400越え、ホームラン12本、打点30」という情報を知っています。
するとその選手をすごいと思ってしまいます。 メディアでも大々的に報道されるので、無意識のうちにこの選手に対するポジティブな気持ちが生まれます。 そして何より大きなインパクトを受けます。
野球に詳しい人であれば、こういった成績があまりにも良すぎることは知っています。 こういった選手がその後スランプに陥る様も数えきれないくらい見てきています。
しかしこうした事実は、現在の驚異的な成績を上げているという事実に比べればあまりにもインパクトが弱すぎます。 人は統計的な数値や客観的な情報に対しては、いくら頭の中に記憶していても感情が伴いためインパクトが薄いのです。
人間は将来の可能性をリアルさ、それっぽさで判断する生き物です。 人間の直感は、客観的な事実に基づいた可能性ではなく、具体的でイメージしやすく、インパクトの強いリアルに感じられるものを最もあり得る可能性と認識します。(→参考)
実際、人間にはAvailability heuristicと呼ばれる意思決定におけるルールが本能的に備わっています。 将来の可能性、リスクといった意思決定をするときに、インパクトが強く頭に鮮明に残っている記憶やイメージを無意識のうちに優先的に判断基準に用いてしまいやすいのです。
そう考えると、私たちが平均回帰を無視して現状の好成績が将来も続くと考えるのはとても自然なことです。 例え絶好調な選手がその後埋没するという統計的な事実を知っていたとしても、インパクトが弱すぎるため私たちの直感はこうした事実を"見て見ぬ振り"するのです。
このようにして平均回帰の無視が起こるのです。
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