改善されないPlanning Fallacy-計画の目的はプロジェクトをスタートさせること-

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改善されないPlanning Fallacy-計画の目的はプロジェクトをスタートさせること-

   今回はPlanning Fallacyについての続きです。


   Planning Fallacyとは、過去の似たような事例を無視して楽観的な計画や予測を立てやすい人間の残念な心理的欠陥、誤謬のことでした。


   仕事を行っているときに「ホントにこの計画大丈夫かよ?」と思ったことがある人はたくさんいると思いますが、その根源には人間心理の間違った働きが作用していることが挙げられます。 「楽観バイアスが働く」「過去を例外扱いする」といった人間心理の特徴が知らぬ間に計画に反映されているのです。


   しかしPlanning Fallacyの背景はこうした人間の一般的な心理的特徴だけにはとどまりません。


   複数の人間が計画に携わることによって、Planning Fallacyはもっともっと深い問題を露わにします。


   それは政治的な問題です。 大規模プロジェクトともなると、まともな計画立案者がどんなに客観的データに即した信憑性の高い計画を立てようとも、楽観的に計画を立てざるを得ない場合があるのです。

プロジェクトをスタートさせることが計画の目的

   そもそも計画を立てる目的とは何でしょうか? 表向きには事前に期間や金銭的コストを知ることで、想定外の問題を防ぐことでしょう。


   しかし計画には裏の目的があります それは「プロジェクトをスタートさせる」ことです。 言い換えれば「お偉い方の要望に沿った、お偉い方が承認してくれる計画をつくる」ことが隠されているのです。


   考えて見て下さい。 計画立案者が福島原発の廃炉に100年掛かるなんて見積もって、お偉い人たちが気の遠くなるような廃炉計画を素直に受け入れると思いますか。(ちなみに福島原発と同規模のイギリスのトロースフィニッド発電所の廃炉には90年掛かると見積もられています)


   こんな廃炉計画を承認して表に出したら、たちまち国民から原発の安全性や責任を問われることになり、脱原発の世論醸成や関連企業の存続問題に発展してしまうでしょう。


   また大規模プロジェクトに対しシビアな見積もりをしてしまうと、コストや採算の問題で中々プロジェクトの開始に踏み込めなくなります。 政府から承認が得られず、予算を組んでもらえなくなりプロジェクトが凍結してしまいますから。


   すると計画を立てた側としても、プロジェクトスタート後に受注できるはずだった仕事がなくなり追加の利益を得られなくなりますし、お偉い人から厳しい目で見られて二度と依頼されなくなるという問題だって考えられますよね。


   ですから計画は見栄えをよくしないといけないのです。 前向きで楽観的にしておかないと、様々な利益が失われることになるのです。


   上のような推測が現実にはびこっていることを示唆する、一つの学者によるインタビューを紹介しましょう。


   都市計画の学者であるMartin Wachs氏は、アメリカの大規模プロジェクトの計画に携わった複数の人にインタビューを行い、楽観的な計画を立てることを良しとする文化が形成されている実態を報告しています。 例えば...


  • 鉄道開発プロジェクトを計画した人は、地元の有力政治家の「見積もり利用者数を増やして、コストを減らしてくれないか」という要望に応えるよう上の人から言われたが、自分の見積もりに自信があったので断った。するとプロジェクトから外されてしまい、別の人が要望に沿うように計画を変更した。
  • 別の鉄道開発プロジェクトを計画した人は、上と似たような状況に陥った結果、渋々要望に応じた。案の定、実際の利用者数やコストは計画と大きく乖離した残念なものだったが、この説明責任を問われた政治家は「私の責任ではない。見積もりに従っただけだ」と、計画を立てた人に責任を転嫁した。さらにこの政治家は、むしろ連邦政府の固い壁を破ってプロジェクトを完遂させた人物として称賛された。
  • あるコンサルタント会社の経営者は、プロジェクトをシビアに見積もってしまうと顧客に悪いイメージを持たせるだけだと述べた(例えばコストを高く見積もると、顧客が国民から多額の税金取りだと思われてしまい兼ねない)。要は楽観的に見積もることは必要悪なのである。
  • 別のコンサルタント曰く「コンサルティングビジネスで成功するためのコツは、顧客の要望に沿った見積もりを立てることだよ

   Wachsのインタビュー数はもちろん限られていますが、伝説の投資家で数々の企業の計画を目の当たりにしたウォーレンバフェット氏曰く「台所にゴキブリが一匹しかないことなどほぼありません。


   マイナスの事実が一つ二つでも見つかったら、もっと沢山の似たような事実が隠されていると考えるのが自然なのです。


   計画には権力者や計画に携わる数々の人たちの利害、さらには国民をどう納得させるかといった、様々な側面が複雑に絡み合っているのです。 そしてこうした絡み合いから引き出せる均衡状態、つまり"表向きにWin-Winとなる状態"が、ベストシナリオに沿った楽観的な計画を立てることなのです。

大規模プロジェクトの見積もりの精度は70年間全く改善されていない

   世界中の計画と実態との差の悲惨な現状を研究している、デンマークの経済地理学者のBent Flyvbjerg氏らも、世の中にあまりにも根拠に乏しい計画が存在することは「承認者を満足させるために計画立案者がウソをついている」ことが頻繁に起こっていないと説明がつかないと述べています。


   彼は鉄道、道路建設といった交通系インフラの事業計画の70年分(1920、30年あたり~1998年)のデータを集めて統計的に調査したところ、70年の間に計画の質がほとんど変わっていないことを発見しました。


   どんなに残念な計画を人間が立ててしまいやすくとも、人間には学習能力があります。 長年の経験によって計画立案者の能力が増したり、計画をまともに立てるための基本的な方法論が広く普及することである程度の改善がみられても良いですよね。


   実際、Flyvbjerg氏は"Reference Class Forecasting"という計画を立てる際に計画立案者が持つべき意識、心構えに関するフレームワークを提唱しました。 これを複数の人に実行してもらった結果、計画の精度がよくなったと報告しています。


   このフレームワークが普遍的に効果があるかは別としても、難しい理論やモデルに依存せずとも、計画を立てる際の基本的な心構えを変えるだけでも計画の質が改善されることは理解できます。


   にも関わらず、計画の質は70年間ほとんど変わっていない。 そのためFlyvbjerg氏は、計画立案者がしばしば承認者を満足させる計画を立てており、そのため表に出る計画の質が悪い傾向にあるままだと指摘しているのです。


   **********


   Planning Fallacyにはこのように中々根深い問題があるのです。


   ただし楽観的な計画を立てることによって世界が発展してきたことも忘れてはいけません。


   とにかくプロジェクトをスタートさえさせれば、どんなにその後コストが膨れ上がろうとも中々プロジェクトを途中でストップする気分にはなれないですから(こうした人間の性質をSunk-Cost Fallacyと言います)。 いざ始めればその後完成までの原動力は凄まじいものがあるのです。


   もしも常にシビアな計画を立てる必要があれば、多くの人から金の無駄と思われてほとんどの現在完遂済みのプロジェクトは計画段階でポシャッていたことでしょう。


   資本主義のもとで世界が発展するためには、楽観的であることが欠かせないのです。

参考文献

・M. Wachs (1990) Ethics and Advocacy in Forecasting for Public Policy

・B. Flyvbjerg, M. S. Holm, and S. Buhl (2002) Underestimating Costs in Public Works Projects Error or Lie?

関連リンク

   ・Planning Fallacyとは何か

   →Planning Fallacyとは-何故残念な計画が沢山存在するのか-


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