日銀のETF買いは「貯蓄から投資へ」移行する家計を罠に陥れる
2017/08/24
【2017/08/24 日本経済新聞】ETF買いの功罪
「あんなに大量になってしまって、どうやって売るんだろうか」。為替ディーラー歴40年超の男性がこうつぶやいた。「大量」とは日銀の上場投資信託(ETF)買いだ。日銀が購入をやめるか売却に動けば円相場への影響も必至だ。円高、円安のどちらに動いても取引機会にはなるが、株式市場の「官製相場」には強い違和感を覚えるという。
日銀がETFの保有残高増加ペースを年間3兆3千億円から6兆円へと引き上げてから1年。...8月は北朝鮮リスクやトランプ政権のつまずきで米株に続いて日本株も下落する日が続いた。「午前に値下がりすると買う法則」と認識されている日銀の月間買い入れ額は今年最大だ。日銀の存在感は高まっている。
日銀のETF買いは「リスクプレミアムを下げるため」とされる。ニッセイ基礎研究所の井出真吾氏は「投資家を楽観的にさせて株価を上げ、消費などを促して物価上昇率を高める」と解きほぐす。
最近は「貯蓄から投資へ」というスローガンのもと、家計による資産運用を奨励する流れとなっていますが、日銀のETF買いは多くの無知な投資家を資産運用の罠にいざなうお膳立てと言えるでしょう。
日銀のETF買いは「貯蓄から投資へ」移行する家計を罠に陥れる
理論上、株式の利回りは、理論上無リスクのレートとされる「リスクフリーレート」と、株式の価格変動リスクに応じて期待される上乗せ収益である「リスクプレミアム」の足し算で表現されます。
日銀は、マイナス金利政策を通じてリスクフリーレートを下げただけでなく、ETF買いを通じて株式市場の価格変動を意図的に抑圧することでリスクプレミアムをも下げています。
つまり日銀は意図的に日本株の利回りを下げ、日本株を長期運用に適さない金融商品に仕向けているのです。
何も株式といった金融資産の利回りが下がっているのは日本に限らず世界的な現象であり、世界中で長期資産運用の環境は以前と比べて悪くなっています。
例えば米国の大半の公的年金の予定利率(約束している運用利回り)は7-8%のあいだに設定されていますが、米国の10年債利回りが2%台前半、米国のジャンク債の利回りですら5%台であり、リスキーな資産で運用したとしても予定利率を下回るリターンしか得られないのが現状です。
その結果、ムーディーズの試算によれば、米国の公的年金の未積立年金債務の総額は7兆ドル(約764兆円)もあるとされています。
未積立年金債務の総額がここまで膨れ上がるまでリターンが減ってしまった理由は、中央銀行の金融政策。ゼロまたはマイナスにまで金利を下げてしまい国債や投資適格債権への投資ではリターンがほぼ得られない状況の中、量的金融緩和政策により印刷された不換紙幣が、少しでもリターンを求めて株式市場に流れ込むなどして、世界的な低リターン環境が生まれてしまったのです。
しかし世界的な低リターン環境を生み出してしまった、世界の中央銀行による悪しき金融政策の中でも、日銀のそれは群を抜いています。何故ならマイナス金利政策を導入しているのみならず、自国の株式をETFを通じて購入し続けることで株価の操作までしてしまっているからです。
一般の世界の市場では、何らかの出来事をきっかけにいずれ市場の調整機能が働いて適正な価格以下にまで価格は下がっていくでしょうから、また長期運用に適した金融商品もどんどん現れてくることでしょう。
しかし日本の場合は日銀が債券市場も株式市場も官製相場化させていますから、日本の債券はもちろん、日本株ですら長期運用に適さない期間が今後何年も続く未来を可能性として考えなければなりません。
貯蓄から投資への流れの一環として、2018年からつみたてNISAが始まり、以前つみたてNISAに関する記事を書きました。
そのなかで、つみたてNISAで運用する場合は、株式関連投資信託・ETFといった、比較的ハイリスク・ハイリターンの商品を、米国・欧州・中国・日本など世界的に分散させながら20年間コツコツ積み立てて最終的に売却すれば、非課税で大きなリターンを得られるチャンスはあると書きました。
付け加えるならば、最初の10年で価格が低迷し続け、後半の10年で価格が上昇するような投資商品を購入していくことが、つみたてNISAで大きなリターンを得るためにとても大切となります。
逆に最初に価格が上昇ないし高値停滞し続け、つみたてNISAの終了年である2037年にかけて価格が低迷するような金融商品ばかり購入することは、一番やってはいけない行動となります。
日本株の場合、日銀がこれからもETF買いを続ける限り、しばらくは株価が上昇ないし高値付近で推移していくことが一つの現実的な可能性となります。
いずれ日銀は保有ETFを売却していくことになりますが、一気に売却すれば株式市場を奈落の底に突き落とし日銀の責任問題に発展しかねないので、売る場合は株式市場をできるだけ刺激しないように、長期で少しずつ売却していくことになるでしょう。
ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストはこんな試算を出しています。
【2017/07/31 NHK】“日銀が大株主”って どういうこと?
<試算の前提>
(1)物価目標の実現に向け2019年度末まで、現在のペース(年間6兆円=月間5000億円)でETF買い入れを継続。
(2)物価上昇率が2%に達した2020年4月以降、買い入れ額を月間200億円ずつ減らし、2年間で毎月の買い入れ額を0まで減らす。
(3)物価目標の達成を受け、2022年4月以降、毎月2000億円ずつ売却する。
以上の前提に基づいた試算では、日銀のETF保有額は2018年3月末に18.5兆円、2019年3月末に24.5兆円、2020年3月末に30.5兆円と膨らみ続け、2022年3月末に36.5兆円のピークに達するとします。
そして、日銀のETF保有額がゼロになるのは今から20年後の2037年になるとします。
あくまで試算ですが、それでも2020年から買い入れ額を減らし、2022年からETF売りを始めたとしても、売却完了には15年も掛かり、つみたてNISAの終了期間と重なるというものです。
毎年日銀が2000億円売却するという仮定は、現在の毎年6兆円の買い入れ額と比較すれば大したことがないように思えますが、日本株に与えるマイナスの影響は無視できないかもしれません。
仮に現在「日銀が毎年2000億円(毎月166.7億円)の株式ETFを売却」「海外投資家による売買はなし」だとし、日本取引所グループの2016年1月から2017年7月の投資部門別売買状況のデータとあわせて売買状況を見てみると、下図のようになります。個人投資家の売買動向が将来の日本株の動きを決めるのかもしれませんが、果たして日銀がETFを長期売却している最中に個人投資家は日本株に手を出す気になれるのでしょうか...?
こうしてみると、日本株というのは「最初に価格が上昇ないし高値停滞し続け、つみたてNISAの終了年である2037年にかけて価格が低迷するような金融商品」という、つみたてNISAを利用した積立投資において最もふさわしくないものになりさがる可能性は否定できません。
要は「貯蓄から投資へ」と奨励している期間が、日本の金融商品による長期資産運用が最も不適切な時期と重なる可能性が否定できないということです。
すでに年金システムが崩れ始めており、政府も家計による資産運用を推奨することで年金運用を家計に任せたいというのが本音でしょうが、日銀のETF買いは、資産運用を任された、投資知識に欠ける家計が将来無視できない損失を被るリスクを高めてしまっているかもしれません。
あまり投資知識のない人は、自国の金融商品に過剰に投資してしまう「ホーム・バイアス」にかかり、日本の金融資産へのエクスポージャーが高くなりすぎる危険があるからです。
もし日本が貯蓄から投資への流れを長期的に続けたいのであれば、日銀は早くETF買いをストップし売却し、現在の官製相場を早く解消させないと、将来の資産運用における潜在的な被害者をどんどん増やすことになるかもしれません。
黒田さんの総裁期間中は金融政策の大々的な変更は期待できませんので、2018年に日銀総裁が交代したときにどうなるか、ですね。
もし総裁が交代しても日銀の株式ETF買いが続くようであれば、少なくとも長期資産運用を考えている人であれば、特別事業が優れている企業の個別銘柄等でないかぎり、日本の金融商品に手を出しても長期で報われる可能性は高そうにありません。
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