電気自動車普及の流れ。原油需要はまだ伸びるが産油国にとっては絶望

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電気自動車普及の流れ。原油需要はまだ伸びるが産油国にとっては絶望

2017/07/31

 

【2017/07/28 日本経済新聞】ガソリン需要鈍化懸念、原油相場上昇の重荷

 

原油市場はガソリン需要の鈍化懸念が相場上昇の重荷になりそうだ。世界最大の消費国、米国では低燃費車や電気自動車(EV)の普及を背景にガソリン需要が伸び悩む。

 

米国以外でも、フランスに続き英国が2040年までにガソリンなど化石燃料で走るエンジン車の販売を禁じる方針を発表し、世界的にEVへのシフトが加速している。「原油がエネルギーの中心というイメージが乏しくなった」(SAアセットの寺田和弘氏)との声が上がる。

 

電気自動車が想定以上のスピードで普及しても、原油需要はあと10年は伸びるだろう

 日経の記事では欧米のガソリン離れが原油需要を押し下げるのではと不安視する内容となっていますが、原油需要に関して最も気になるのは欧米ではなく中国やインドの動向です。

 

 BPのエネルギー動向に関するレポートによると、2015年から2035年にかけて、先進国の原油需要が減少することはすでに予測されていることです。

 

 先進国に代わって、中国とインドを中心とした新興国での原油需要、特にガソリンといった輸送用燃料需要が今後の原油需要の原動力だと考えられています。これは中国やインド等での内燃機関搭載の自動車の保有台数の増加を当然前提としています。

 

今後の原油需要予測

画像ソース:BP

 

 つまり中国やインドで今後、買い替えではなく新規購入分としてどれだけ電気自動車といった、脱内燃エンジンの自動車が普及するかどうかが、原油需要の見通しを大きく変えることになります。

 

 中国は現在でも、そして将来でも最大の電気自動車市場です。IEAによると2016年の電気自動車の新規登録数は33.6万台で、第二位の米国に2倍以上の差をつけています。

 

電気自動車の販売台数推移

画像ソース:IEA(PDFファイル)

 

 中国では政府も電気自動車の普及に力を注いでいます。

 

 中国では2013年から電気自動車等の新エネルギー車に対し、免税措置や補助金提供、ナンバープレートの無条件提供などの購入支援策を打ち出したことが、2014年からの電気自動車販売台数拡大につながっています。

 

 中国政府による電気自動車等の購入支援策は、バッテリーコストの減少等に伴い補助金減額といった支援規模を減らしながら、2020年まで続く予定です。

 

 また中国はガソリン車やディーゼル車の生産投資を抑制する方針も示しています。

 

 さらに中国は今後経済・金融・IT等の分野で世界を牽引する気満々であり、温室効果ガスの削減を謳ったパリ協定の推進をアピールしていることからも、電気自動車の普及に向けた動きは今後も長期的に続いていくと思われます。

 

 一方インドではまだ電気自動車のシェアはないに等しいですが、2030年までに、ガソリン車およびディーゼル車の国内販売を禁じ、インドで販売される自動車を電気自動車のみに制限する方針を示しており、こちらも電気自動車の早期の普及に前向きです。

 

 このように今後の新車販売台数増加の牽引役である中国やインドでも、電気自動車の普及に前向きであり、内燃機関搭載の自動車の生産制限や将来の販売終了方針を示していることから、原油の時代はもう終わりだ、もう衰退待ったなしだ、そんなイメージをなんとなく持ってしまうかもしれません。

 

 BPは今後2035年にかけて原油需要が伸び続けると予測していますが、それよりも早くから原油需要が衰退し始める可能性はあります。

 

 しかし電気自動車が予想よりも早いスピードで普及しようとも、まだまだ原油需要はしばらく伸び続けると思われます。

 

 補助金や免税措置等の何かしらの支援、インセンティブがない場合、電気自動車が広く普及するためには、少なくともバッテリーコストが消費電力量1キロワット時あたり100ドルを下回る必要があるようです。こうなってようやくガソリン車とコスト面で太刀打ちできるようになるからです。

 

 (いろいろ情報をみると、確かなことはちょっと私もわかりませんが、電気自動車のコストの4-6割程度はバッテリーコストのようです。バッテリーコスト削減が電気自動車普及の絶対条件です。)

 

 IEAの報告書にあるグラフから読み取ると、現在のバッテリーコストは大体1キロワット時あたり250-60ドル程度のようですので、さらにバッテリーコストを半額以下に落とす必要があります(テスラやGMはバッテリーコストが200ドル/kWhを下回るレベルにまで達したようですが)。

 

 こうみると1キロワット時あたり100ドル未満のバッテリーコストが達成されるのはずっと先の話のように思えますが、過去6-7年でバッテリーコストは7-8割程度は下がっており、当時の予測を大きく上回るスピードでコストカットが実現できています。今後も意外と早く100ドル/kWhを下回るバッテリーコストを達成できるかもしれません。

 

 2020年代前半には、製造コスト面で電気自動車は従来のガソリン車にひけを取らないレベルに達している可能性もなきにしもあらずなのです。

 

 とはいえそれまでは高価格の電気自動車には中々手が出せないですから、中国やインドでは内燃機関搭載の自動車がしばらく売れるでしょうし、それに伴いガソリン需要も堅調に伸びるはずです。

 

 2020年代前半ごろから価格面で電気自動車が普及しだしても、そこから軌道に乗るまでさらに5年は掛かるでしょうから、2020年代後半まではガソリン需要も堅調に伸びるでしょう。

 

 そういうわけで、堅く見積もっても今後10年は原油需要はそれなりに安定して伸びると思われます。電気自動車の普及が遅れれば15-20年程度は原油需要増が続くでしょう。

 

 またイギリスやフランス、インドがガソリン車やディーゼル車の販売を2030、40年に禁止にする方針だとアナウンスしており、原油需要が大幅に減少するのではと思うかもしれませんが、アナウンスの内容はあくまで販売の禁止であり、内燃機関搭載の車自体の使用禁止とまでは言っていませんので、現状ガソリン需要が2030-40年ごろから急減することはないでしょう。

 

 電気自動車がかなり普及すれば、いずれ内燃機関搭載の自動車の利用を全面禁止する動きも出てくるかもしれませんが、それまでは原油需要がピークアウトしてもダラダラ衰退するような流れとなるでしょうね。

 

 いずれにせよ、需要面での原油の時代はもう少し続きそうです。

しかし産油国にとっては絶望だ

 今後少なくとも10年は原油需要はピークに向かって伸びていくと思われますが、電気自動車の普及が原油産油国にとって厳しいものになることは間違いありません。

 

 下図は原油産油国における、財政収支がブレークイーブンとなる原油価格を並べたものです。どの国でも少なくとも1バレル60ドルあたり、国によっては1バレル80ドルとか100ドルとかにまで原油価格が上がらないと、財政赤字を垂れ流し続けることになります。

 

産油国の財政収支がブレークイーブンとなる原油価格

画像ソース:Zero Hedge

 

 正直、ひどい有様です。サウジアラビアをはじめ多くの産油国はオイルマネーの安定感がその国の信用に直結しますから、原油価格の低迷を理由に財政赤字や経常赤字を垂れ流し続ければ、国家の崩壊にもつながります。

 

 昨今は原油の供給過剰が続いており、今後も原油需要は増える見通しですが、原油供給も伸びる見通しであり、供給過剰状態はまだ続きそうです。

 

 今後米国のシェールオイル増産が見込まれており、2017年第1四半期から2018年第4四半期までに米国は日量150万バレル以上増産する見込みです。OPEC諸国がいくら増産を制限しても、少なくとも2018年の終わりまでは供給過剰が続きそうです。

 

 需要が生産量を上回っても在庫調整が必要ですから、在庫が落ち着くまで原油価格は上がりません。少なくともあと2-3年は原油価格の上昇にはあまり期待できそうにありません。

 

 さらに米国はいままでの世界覇権をやめる、ポスト9.11の時代は終わったとも話しており、CIA(戦争屋)によるシリア反体制派に対する武器供与(つまりアサド転覆陰謀プログラム)は中止となり、これまでの原油価格上昇の原動力であった米国による中東での無茶苦茶な戦争という時代も終わりを迎えたようです。

 

 そう考えると、今後の原油需要増加局面が続いたとしても、各国の財政収支のブレークイーブンのレベルまで原油価格が回復する期間はあまり長くないような気がします。

 

 せいぜい1バレル60ドルとか70ドルとか、その程度での推移が続くことが限度なのではないでしょうか。

 

 もちろん、どこかの産油国が政治や経済で大混乱して、原油の生産にも支障をきたせば原油価格も短期的には上がるかもしれませんが...

 

 今後は原油価格が昔ほど、少なくとも1バレル100ドルとかそんな水準にまでは増えず、ボチボチの水準を行ったり来たりしながら、電気自動車の普及等によりいずれ原油需要はピークアウトしていくと同時に、もはやあの頃の価格には一生戻ることはない...という動きになるような気がします。上下動はあるにせよ。

 

 原油メジャーなどのように、自助努力でコストカットやビジネスモデルを改善できる企業であれば原油需要の今後のピークアウトは現段階ではそこまで大きな問題ではありません。

 

 現にオイルメジャーは2014年の原油価格暴落以降、生産コストの高い油田資産を売却したり、今後需要が見込めるガスに力を入れるなどして、現在のブレークイーブン原油価格は1バレル40ドルを下回っています。

 

オイルメジャーで利益がブレークイーブンとなる原油価格

画像ソース:OILPRICE.COM

 

 しかし原油だけに依存して胡坐をかいてきたほとんどの産油国では、民間企業のように収益構造を大転換させるなんて到底期待できませんから、このまま衰退していくのではないでしょうか。

 

 今後は産油国の末路が世界に大きな影響を与えていくでしょうな。特にサウジをはじめとしたGCC各国が、少しでも生きながらえるために米国債や海外の株式等を大量に売却して世界の市場を大きく揺らしながら、自らも大きく揺れ動いて死を迎える未来も、考えなくてはならないでしょう。

 

**********

 

 フランスとイギリスが内燃機関搭載型の自動車の販売を2040年までに禁止すると発表したタイミング、印象的です。

 

 トランプがシリアのCIAプログラムを終了するといい始めた後であり、サウジアラビアがサウジアラムコのIPOを行う前のタイミングです。

 

 国際政治的に見れば、フランスやイギリスの動きというのはまさに「産油国の終わり」「ペトロダラーシステムの終わり」を象徴する出来事だと私には見えますが、皆さんはどう思いますか。

 

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